第51話 二度目の告白

陸翔と晴夏は車であるところへ向かっていた。


さっきの発表で世間を騒がすのは間違いなかっただろう、移動中に陸翔の電話が何度も鳴ったことから分かっていた。マナーモードになっても、その振動の音があまりにもうるさくて、陸翔は自分の携帯を晴夏に渡した。晴夏は画面を確認して、すでに50件以上の不在着信とメールが届いた。


「出ないの?」

「運転中だから、出なくていい」

「でも、皆は心配するし」

「じゃ、晴夏が代わりに出ればいいよ」


そう言った途端、また電話が鳴り始めた。今回は陸翔の事務所の社長からの電話だ。


「もしもし、社長」

「ええ?これ陸翔の番号だろう?もしかして、晴夏なの?」

「そうです」

「あいつと一緒にいたんだ?」

「はい」

「今どこ?」

「高速道路、今は横浜あたりにいる」

「どこへ行くつもり?」

「分からない、運転しているのは私じゃないだから。行先も教えてくれない」

「陸翔に代わってくれる?」

「今運転中だって、電話を出たくないそうで」


自分の言葉でそのまま社長に伝えた晴夏はあまりのも可愛くて、それを聞いた陸翔は思わず笑い出した。


「おい、それを聞いたぞ。晴夏、スピーカーにして、あいつと話したいだから」


晴夏はスマホを操作し、スピーカーモードにした。


「陸翔、お前さあ、食い逃げ犯みたいなことをして、散々好き放題やって、後始末は俺たちに任せる気かよ」

「事前に言っただろう?記者会見で引退発表をしたいからって」

「てっきり冗談だと思って…」

「引退の件も、映画の件も真剣なんだから」

「で、今どこへ行く気?」

「駆け落ち中なので、行先を言わないから」

「はあ?!」


晴夏は目を大きく開き、陸翔を睨んでだ。彼は彼女の反応が面白いと思って、満面の笑みを彼女に見せた。その姿を見た晴夏はちょっとイラッとした。あんな言い方じゃ、やっぱり皆に誤解されるでしょう。いくら自分は今陸翔と特別な関係がなくても、二人きりで会場から抜け出したことはやっぱり怪しまれるでしょう。


「とにかく、この数日は元々休みだし、連絡しないで欲しい。俺たちの時間を邪魔しないでね」

「お前ってやつ…ああ、分かったから。週末のCMイベントまでは東京にちゃんと戻れよ」

「分かった、じゃね」


社長の返事を待たずに、陸翔はすぐ電話を切った。そしたら、隣にパッと見たら、すごく不機嫌そうな晴夏は運転席にいる自分を見ていた。


「そんなに怒らないでよ」

「何でそんなことを言ったの?」

「何を?」

「駆け落ちって何なんだよ?」

「ああ、でも今の状況ってそれに似てない?二人でどこかの秘密場所へ行ってさあ、世の中はどうなっていくかほっといて…」

「さっきはあまりにもショックだったので、連れ出された同然だけど。正確に言うと、これは誘拐でしょう!」

「でも抵抗せず俺について来たでしょう?だから文句言わないでくれよ」

「今からどこへ行くつもり?」

「静岡へ戻るんだよ」

「静岡?それに戻るって?」

「後で説明するから、今はゆっくりしてていいよ」


東京から2時間半ぐらいの運転をして、二人は静岡市内のマンションの3階にある部屋へ入った。ここは晴夏の店と自宅まで徒歩3分ぐらいの距離だ。晴夏はこの部屋を見渡し、今の状況を整理しようと思った。陸翔は慣れた様子でキッチンにある冷蔵庫を開けて、その中から2本の炭酸水取り出して、1本を晴夏に渡した。


「飲めよ、のどが渇いただろう?」

「ありがとう。でも、ここは?」

「俺の新居。いずれあなたの新居にもなるから」

「はあ?何を言ってるの?」

「まあまあ、ソファに座れば、ゆっくり話すから」


晴夏は陸翔を警戒しながら、3人用のソファの一端に座ったが、陸翔はすぐ彼女の隣に腰を掛けた。


「ちょっと、あっちに座ってよ。このソファは広いでしょう?」

「気にしないで」

「気にするよ」

「何で?」

「何でって、近すぎるだから」

「落ち着かない?」


晴夏は視線を逸らして窓のところへ見ながら、炭酸水を飲み始めた。しかし、飲んでいる最中、陸翔からの熱い視線を感じて、全然落ち着かなかった。


「さっきの話本当?」

「引退のこと?」

「そう。しかも、周りの人たちは全然驚かないみたい、私一人で動揺していた」

「まあ、事前に知ったのは一部の人だけだし」

「私にわざわざ隠していたの?」

「きちんとあなたに話したかったけど、でも発表前に言ったら、あなたはきっと俺を止めるはず」

「当たり前でしょう、せっかくここまで頑張ってきたのに、何で今更諦めようとするの?それに、何で私の小説を最後の映画にしたいの?」


陸翔は晴夏が持っている炭酸水のボトルを取り上げて、そのまま隣にあるテーブルに置いた。彼は自分の手で晴夏の両手を握って、彼女の目をまっすぐ見てこう話した。


「晴夏が居なくなってから、俺は何もしたくなかった。もう頑張れる理由はなくなって、今までの目標も全部失われたみたいに、頭も心も空っぽになった。それで、俺が気づいたのは、晴夏がいたからこそ、俺の頑張りには意味があった。あなたは俺の成功を誇らしげに思って欲しいし、あなとをいろんなところへ連れて行きたいし。何よりも、あなたが俺の隣にいる時の笑顔を見たかった。

でも、いつの間にか、俺たちは一緒にいても、笑顔がなかった。そして、喧嘩を重ねてお互いを傷つけただけ。まあ、俺はあなたを傷つけた方が多いけど。

もう20年近くこの仕事をしていて、やり残せることはもうないと思った。ただ一番残念だったのは、あなたとの夢を叶えられなかったことだけ」

「それをまだ覚えてるんだ?」

「もちろん、だから今回あなたの作品で映画を一緒に作りたいってわけ」

「この目的、まさか皆が知っててこのプロジェクトに参加したの?」

「ああ、皆に協力して欲しいとお願いした。牧野先輩にも頭を下げた、俺は彼に散々言われた、晴夏にひどいことをしたとか」

「私だけが知らないんだ、あなたの本当の目的…」

「そう、夢を叶えたい以外に、もう一つの狙いは、あなたともう一度一緒にいたい」

「リク…私たちはとっくに終わったけど?」

「じゃ、過去に蓋をして、新たなスタートでいいだろう?」

「勝手にそう思って、私の気持ちはどうって聞こうともしないし…」

「俺は待ってるから、どんなに時間をかけても待ってるからさ。秋山晴夏、俺はあなたのことが愛してる。あなたも同じ気持ちだということも分かってるさ。だけど、俺はあなたにひどいことをしてから、もう一度俺を信じることは時間がかかるぐらい分かっている。だから、いつまでも待ってる。それと、これから俺の演技であなたをもう一度俺に惚れさせるから、覚悟しとけよ」

「何でそこまで自信満々なの?」

「だって、俺たちの愛はそう簡単に消えないし、消せないだよ。だから、返事は今じゃなくていいあなたはもう一度俺を信じられる日が必ず来ると思うから」」


そう言った陸翔は晴夏を抱きしめて、彼女の耳元に囁いた。


「もう放さないからなあ」

「告白を受けたわけじゃないでしょう」

「はい、はい…」

「何なのよ、そういう返事…」

「抵抗は無駄だよ」

「あんたって自信過剰だよ、私は必ずあなたの気持ちを受けるわけじゃないでしょう?」

「そういう俺を好きになったのは誰かしらね~」


拗ねた晴夏は陸翔から離れようとしたが、彼の腕はすぐ彼女の腰に回し、彼女を自分の方へさらに密着させた。


「ちょっと、放してよ…」

「だから、抵抗は無駄だって」

「私を無理させないってさっき言ったじゃない?だから、こういうことをしないで、ちゃんと話したいから、放してよ…」

「こうやって話しをしても、特に問題ないだろう?」


こういう時の陸翔は絶対他人の言うことを聞かないので、晴夏は諦めるしかなかった。陸翔は晴夏の考えを察したように、ニコニコしながら、腕の力を緩めて、ようやく晴夏を解放した。彼女はすぐに姿勢を正し、またソファの端に座ろうとした。


「ところで、どうしてここのマンションを借りたの?」

「借りたじゃなくて、買ったの。」

「買った?ここはかなり新築じゃない?それに広いし、お金はかかるでしょう?映画の出資もしたし、あんたのお金をこういうふうに無駄遣いをしないでよ」

「だって、いつもあなたの店に行った時、終電の時間を気にしなければいけないだろう?ここに部屋があれば、遅くまであなたと一緒にいられる。もちろん、あなたの家で泊まられたら、それって最高だけど」

「それはなし、絶対あり得ないから」

「だと思った。だから、ここに住めば、問題は解決できる」

「そうだとしても、買う必要はないでしょう?」

「ああ、引退後はここへ引っ越すつもりだ」

「ええ?」

「だって、晴夏はここから離れないなら、俺はこっちへ来るしかないだろう?それに、俺の第二人生はここで始まる予定なんで」

「第二人生って…まさか天文学関連の仕事を?」

「よく俺のことを知ってるね~」

「もう準備を整えたってこと?」

「すこしづつ準備していった。まず、ここでの住宅確保した。それと大学時代の教授からすでに紹介状をもらって、この辺にある複数の天文台の面接へ行く予定だ。だから、あなたの近くにもいられるし、将来の職場にも簡単に通えるって、ここは拠点として悪くないだろう?」


これを聞いた晴夏は、複雑な思いが湧いて来た。陸翔は自分のためにここまでしてくれたことに感動しないわけがないけど、その同時に彼の決断の重大さと重みをよく理解し、そして彼の未来を心配した。いったいここまで自分のためにしていいでしょうか?今の自分は彼の強いの気持ちを応えられるか?


「リク、もし私のためにここまでしようとしたら、本当に必要ないだから」

「もちろん、晴夏のためとは言えるが、俺は自分のためにもこうしたかった。ただ一般人として、隠れもしないで、好きな人と一緒にいたいだけだ。それに、長い間いろんなこともしてきたし、この映画以外にやり残せるこがない。今はただあなたとこの映画を無事に完成したい。それができたら、自分が好きなように生きたい、もちろんそれはあなたと一緒にという前提だ。なので、俺の将来のことを心配しないで、そしてこの決断に負担も感じないで欲しい」


しばらく黙り込んでいた晴夏は意を改めまして、陸翔に向けてこう言った。


「分かった、この映画のことに集中して、有終の美を飾りましょう!」

「ありがとう、晴夏。俺たちの最初で最後の映画を成功させましょう~」


陸翔はそう呟きながら、晴夏を抱きしめた。しばらく躊躇していたが、晴夏も自分の腕を陸翔の背中に回し、彼を優しく抱きしめた。

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