第50話 恋の旅愁

2019年10月・静岡


暑苦しい夏が過ぎて、いろんなことの準備は整えた。


晴夏の初長編小説「恋の旅愁りょしゅう」は来月にある映画化制作発表の前に発売することになった。編集作業はほぼ出版社の編集者がやってくれましたが、作者とのやりとりが不可欠だ。しかし、作業量は思ったより多く、ぎりぎりまで頑張ってようやく締め切りまで何とか完成した。それからの二か月後、晴夏の元に一部の単行本が届けられた。


一般的に言うと、一冊の小説は出版するまでの時間は、場合によって結構長くになることが多い。ここまで早く物事が進めるというのはとても異例だった。晴夏は有名作家でもないのに、そしてこの作品は賞を取ったわけでもないから、ここまで早く出版できたというのはやっぱり陸翔と関係していた。映画化のスケジュールを考えると、原作本を早めに出したいというのは出版社と映画会社の意向で間違いなかった。要するに、このプロジェクトはもし陸翔の参加がなければ、晴夏一人の力ではここまでスムーズに進めないはずだった。


小説のタイトルは主人公の二人の恋愛を旅に隠喩いんゆし、その過程に感じる幸せとわびしい思いを表現したいという狙いだった。誰にも言わなかったけど、主人公のモデルは晴夏自身と陸翔であり、小説を完成した時は丁度陸翔とうまく行かなかった時期と重なった。当時は予測してなかったけど、結果的に現実の二人は小説と同じ結末を迎えた。


小説では主人公たちが別れたけど、映画版になるとハッピーエンディングにする方針になった。もちろん、制作チームは原作者である晴夏の意見を事前に求めた。晴夏は最初に小説の結末をそのまま映画にしたいつもりだが、牧野先輩と陸翔は彼女と相談した結果、晴夏は二人の意見をようやく受け入れた。それによって、映画版のエンディングでは、主人公の二人は一旦別れたけど、数年経ってお互いへの気持ちはまだ残っていたことを確認して、それでもう一度一緒にいることを決めた。


晴夏は自分の初単行本を手に取った瞬間、すごく感動しているような表情を見せた。数年前に書かれたもので、ネット上の発表だけになると思っていたが、まさかこの形になって世の中に見てもらうことができるなんて。そして、夢のような映画化も着々進んでいた。


丁度その時、真琴は仕事の打ち合わせから事務所へ戻った。


「それってハルの本なの?見せて!」


晴夏は真琴に一冊を渡した。


「初読者として、ご意見をよろしくお願いいたします」

「はい、じっくり読ませていただきます~」


このやりとりで二人は笑い出した。


「本当に長年の夢が叶ったね、ハル」

「まだまだこれからだよ。でも、これはまずファスト・ステージ・クリアってことかな?」

「すごく楽しみだね、映画のこと」

「まだまだ先だけど、撮影開始は来年冬だし、四季のシーンもあるだから、予定では夏が終わる時かあるいは秋ごろにクランクアップになりそう。それから、後期制作もあるし、いつ上映できるかは分からない」

「ええ、そんなにかかるの?慎也から聞いた話では、スケジュールはかなりタイトみたいで、彼はそれでいろいろやらなきゃいけないみたい」

「それがちょっと気になるところだよ。昔、リクのマネージャーとして働いていた時、どんなに急いでもここまで早く進まなかった。普通、原作本の出版や映画の製作ってもっと時間をかかると思うけど」

「何か焦るの理由はあるじゃないか?陸翔はかなり力を入れているみたい」

「私も分からない。でも裏にきっと何かあるけど、誰も私に教えてくれないみたいの感じだ」



2019年11月・東京


疑問を抱えたまま、映画の製作発表日がやって来た。やっぱり桧垣陸翔と関わると、マスコミや世間の注目が集めるということを改めて認識した晴夏は、余計に緊張してしまった。ステージへ向かう途中、危うく転びそうになった時、後ろに歩いていた陸翔はとっさに彼女を支えた。


「ありがとう」

「リラックスしよう」


陸翔は晴夏に笑顔を見せて、彼女を安心させようとした。しかし、こういうことをされた晴夏は逆にドキドキをし、全然落ち着かなかった。


記者会見中、陸翔へ向けた一つの問題で晴夏を混乱状態にさせた。


「桧垣さん、この映画の話はかなり短期間で決められたものだと思いますが、それはどんな理由がありますか?」


しばらく沈黙した陸翔はマイクを取り、息を吐いてこう切り出した。


「実はこれは私が引退する前に最後の映画になります」


これを聞いた報道陣はすぐ混乱し騒ぎ立ていた。隣にいた晴夏も自分の耳を疑って、驚いた顔で陸翔を見ていた。丁度この時、陸翔は晴夏の方へ見て、二人の目が合った。陸翔は小さな声で、「大丈夫だから、俺に任せて」を彼女に言った。そして、司会者は会場にいる報道陣に静粛するように呼び掛けた。


「先ほど言いましたが、この映画は私の最後の映画になります。私、桧垣陸翔は来年末に俳優を辞めることになります」

「引退の理由はなんでしょうか?この映画を引退作として選んだ理由も教えてくれませんか?」

「大学時代からずっとこの仕事をしていて、たくさんの人に支えられてここまでたどり着きました。もちろん、その人たちの中に、私と長年一緒に戦って来た元同級生、同じく演劇部出身の仲間、後に私のマネージャーになった原作者・秋山晴夏さんも含めています。

引退を考え始めたきっかけというのは、去年の年末から未来に何をしたいかを考えるようになったことです。もちろん、演技することは好きだけど、人生の半分ぐらいの長い年月にこの仕事をしてきたので、これからは一般人として自分が好きなことをしたいという結論をたどり着きました。事務所に相談してから、今の契約が満了する今年の年末に引退することを正式に決めました。

今年に入ってから、私は休暇中でラストの作品は何をするかを考えていた時、大学の先輩で今回の作品の監督でもある牧野匠さんから、秋山さんが昔書いた作品を紹介されました。これを読んだ後、私はこの作品をぜひ映画化したいことを牧野監督と相談して、それから秋山さんにもこの話を持ちかけました。この記念すべきのラストに、同じ大学の演劇部出身、そして同じ事務所の桑原美鈴先輩はヒロインとして出演することもできました。自分のキャリアの最後に、俳優デビューする前からずっと関わってきた人たちと一つの作品を作り上げることが、すごく有意義で幸せなことだと思います」

「では、桧垣さんはこれから何をしたいかという具体的な考えがありますか?」

「まだ先の話なので、それに一般人になるつもりなので、その答えを控えさせていただきます。ご了承ください」


陸翔の説明を聞いた晴夏は混乱状態から抜け出せないまま、記者会見が終わった。そして、会場から出て来た晴夏はずっとぼっとした。控室で話すのはあまり良くないし、そして引退発表でマスコミに追われることを予想されるので、陸翔は晴夏について来て欲しいと言って、二人は裏口から陸翔の車で会場から脱出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る