第44話 敵を味方にしよう・下篇
ここへ来ることは並み大抵の勇気が必要だった。
陸翔にとって、この人の存在をずっと気にしていた。自分の方は晴夏と20年近く付き合っていたのに、彼女が先に好きなった人は牧野先輩だということにずっと引っかかっていた。牧野先輩は卒業後でも晴夏と交流をし続け、いったいどんなことをしていたか、どんな話をしていたかをずっと気になってしょうがなかった。
昔の晴夏なら、陸翔を安心させるために、いつも牧野先輩と会うことを事前に陸翔に報告していた。しかし、二人の関係が悪化してから、陸翔はこのことを聞く度に必ず喧嘩になり、段々この話題は二人の間の禁句になった。陸翔にとって、この二人がお互いを呼ぶ名前は変わってきたことのもすごく気にしていた。大学時代は「牧野部長」か「牧野先輩」と「秋山」で呼び合っていたが、社会人になってからいつの間にか「匠さん」と「晴夏」になってきた。
慎也が言うように、晴夏との距離を縮めるために、牧野先輩の協力が絶対必要だった。でも、恋のライバルに頭を下げて協力を求めるというのは、陸翔にとっては屈辱的だった。しかし、自分のプライドと晴夏がどっちを選ぶとならば、彼は迷わず晴夏を選んだ。
牧野先輩は外で陸翔と会うのが彼にとって良くないと思って、自分の会社へ誘った。会議が伸びちゃったせいで、会社の人は陸翔を先に客室に案内した。牧野先輩を待っている間、陸翔は客室にあるポスターや展示品を見ていた。そしたら、ある台本のカバーに見覚えある名前を見つけた。
「脚本:秋山 晴夏」
晴夏はいつこの単発ドラマの脚本を書いたか、陸翔は知らなかった。彼は台本を展示スペースから取り出し、席に座ってそれを読み始めた。このドラマは地方テレビ局のもので、放送日から見るともう一年半前のものだった。内容はある地方から上京してきた女性は大都会で挫折を味わい、ボロボロになった後故郷へ帰り、そこにいた人たちに温かく受け止められて、最後は身近な幸せを見つけたものだった。ストーリー自体は結構シンプルだけど、晴夏は気持ちの描写が上手なので、主人公の心境の変化をうまく伝えられた。陸翔は台本を読み終えた時、牧野先輩は慌てて客間に入ってきた。
「悪い、前の会議が全然終わらなくてさあ、すまない」
「いいえ、忙しいのに会ってくれてありがとうございます」
「何年ぶりだっけ、最後に会ったのは?」
「正確に覚えてないですけど、多分最後は俺が初主演の映画のプレミアで会ったと思います。それなら、もう10年以上前になりますが」
「確かにそうね、当時の話題はあなたが30歳未満であの難しい役を挑んだからなあ。で、さっきあれを読んだか?」
「この台本のことですか?ええ、勝手に読んでしまって、すみませんでした」
「別にいいだけど、読んでもらう方がいいから。で、感想は?」
「よかったです。晴夏らしいスタイルの台本で、温かくて、そして人の心境をうまく書けると思います。でも、彼女はいつこれを書いたんですか?」
「まあ、数年前…いや、もう5年以上前か、晴夏から相談してきた。執筆活動を再開しようと思って、何から始まればいいかって。多分その時から、すでにマネージャーの仕事を辞めようと考えていただろう。その時から、晴夏は徐々にネットで小説を発表したり、うちの仕事も引き受けるようになった。あの単発ドラマはテレビ局のプロデューサーが晴夏の小説を見たから、うちにドラマ化の発注をして作り上げたものだった。去年の秋ごろ、晴夏は自分の事務所を立ち上げて、他のところの仕事も前より積極的に取り込もうとした」
「そんなに前からですか?」
「桧垣は自分のことで精一杯だから、周りを見えなくなるじゃないの?一番そばにいた人の変化を全然気づかないというのは本当に不思議だよ」
黙っていた陸翔と見て、牧野先輩は自分のコーヒーを飲んでから、また話の続きをした。
「俺から桧垣を説教するつもりはないし、その資格もない。だけど、20年間ってこんなに長い間を経て、この結末を迎えたことって、俺は残念としか思えない」
「それはよく分かります。俺はどんな言い訳をしてでも何も通用しないから、全部俺の責任です」
「その言葉を晴夏に言ったか?」
「まだです、今会ったら、彼女をまた苦しめるではないかと思って」
「じゃ、何をしに来た?」
「晴夏とまた一緒にいたいと思ってる。しかし、今すぐはできないと分かっている。お互いにとって、心の傷が治るまでの時間は必要です。俺は自分を見直す時間も欲しいし、そしてもっと晴夏のことを知りたいと思っている。特に俺は今まで見ていなかった晴夏のことを知りたいです」
「俺はあなたの役に立てると思わないけど」
「いいえ、牧野先輩なら、絶対に晴夏のことをよく分かりますから」
「おかしくない?赤の他人である俺に助けを求めて」
「ええ、それは痛いほど分かります。男としてのプライドにも傷つけます」
「それってどういうこと?」
「俺はずっと牧野先輩のことを敵視していた」
「はあ?何で?」
「先輩は知らないかもしれないが、晴夏は大学一年の時、あなたのことを片思いしていた時期があった。その時、俺は彼女を気持ちを知ったけど、それでも彼女に告白した。晴夏は明言で断らなかったが、いつも知らないふりをして、俺の気持ちを認めてたくなかった。何度も頑張った後、ようやく両想いになった。しかし、彼女は俺と付き合っていたのに、あなたとずっと仲良くしていることを気に入らなくて、特に別れる前の数年間、あなたのことを巡って喧嘩が絶えなかった」
「なるほど、だからクリスマスイブに俺たちを見た時、俺に対してそんなに強い敵意があるか」
「あの時はすみませんでした、俺はいけないことをしてしまった」
「しかしなあ、桧垣は本当に晴夏のことを愛しすぎたかもね、周りを見えなくなるぐらい」
「それは?」
「俺はずっと前から知っていたんだ、晴夏が昔俺に好きになったこと」
「それはいつの話ですか?」
「俺が卒業した時かな、確かに卒業祝いで晴夏と飯を食べに行った時だった。美鈴も同席していたが、途中で事務所に呼び出されて先に出たけど。その時すでにあなたと付き合っていたから、晴夏はそれを俺に報告した。そして、ついでにもう一つの秘密を教えますとか言って、まさか俺に片思いしていたとはなあ。美鈴もその話を聞かされて、俺のことをからかっていた。当時は笑い話として片づけたし、晴夏もはっきり言ったのは、俺にはもうそういう気持ちがなかったで、今は桧垣一人だけを見ているからって。あの時の晴夏はとても幸せそうに見えたから、今でもそれを覚えている。あなただって分かるだろう、不倫や浮気を一番許さない晴夏は、あなたと付き合いながら、他の男を思いを寄せるなんてまずありえない話だろう?それでも、彼女をこんなことで責め続けるとしたら、彼女はあなたに失望したのは納得だな」
まさかこんなことがあったとは知らなかった。陸翔は今更気付いたのは、自分にはそもそも恋のライバルがなかった。余計な嫉妬心、そして晴夏への信頼が足りなかったことが、二人の関係は自分の手でダメになった。
「今知ってたらまだ遅くないんだ、桧垣。これから考えるべきことは、あなたはどうやって晴夏の信頼を取り戻せるか、そしてあなたたちの関係をどんな形にしたいかを考えること。俺から見れば、彼女はあなたへの気持ちがまだ残っているけど、彼女の心はもう閉ざしている。だから、そう簡単にあなたをまた受け入れることはないだろう。それでもやりたいと思うなら、せいぜい頑張れよ!」
「ありがとうございます、先輩。これからどうするかをじっくり考えます。助けを必要とする時、よろしくお願いいたします」
牧野先輩の会社から出た陸翔はすっきりした。もう迷いはない、これから前を進め、晴夏がもう一度自分を受け入れるまで頑張るしかないと決めた。
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