第38話 公私共のパートナー

2013年・東京


晴夏は陸翔のマネージャーになってから今年で6年目になった。


最初のころ、晴夏は右も左も分からない状態なので、事務所の先輩マネージャーからこの業界のノーハウを一から教われた。幸い、彼女が仕事を覚えるのは予想以上早かった。実は陸翔は無理矢理晴夏を事務所に入らせたことについて面白く思えない人たちがいって、彼女のことを「コネ入社」として揶揄された。だけど、晴夏は陸翔を知り尽くした長所を生かし、彼の扱いは誰よりもうまかったことで、自分の仕事ぶりは段々周りから評価されてきた。


陸翔の面倒を見るために、事務所が同じマンションにある別の部屋を借りて、それで晴夏は陸翔の隣人になった。陸翔にとって、これは好都合だった。周りの目を気にせず、お互いの部屋で泊まることができた。しかし、晴夏は自分のマネージャーとしての責任を全うする一心で、スキャンダルを起こしたらまずいと常に警戒していた。彼女は陸翔と一緒にいる時いつも周りの視線を気にしていて、なるべく周りに二人の恋人関係を気づかれないように注意を払った。


しかし、恋人同士が一緒に仕事をするといいことばかりじゃなかった。


大学時代の二人はいつも演技や台本のことで言い争うことが多々あり、今になって同じようなことが起こっていた。陸翔はデビューした頃、与えられた役のほとんどがロマンティック・ラブストーリー系のものが多かった。だけど、年を取るにつれて、やっぱり演じるキャラの幅を増やした方がいいと思い、晴夏は積極的にいろんなジャンルの脚本を陸翔に勧めた。それで、彼はアクションやシリアスの役をどんどん挑戦して、いろんな賞を取り、世間から彼の演技を認められるようになった。


30歳を過ぎた時から、陸翔は仕事の主導権を自分にあった方がいいと思い始めた。もちろん、晴夏の仕事ぶりと判断に異議や不満があるわけじゃないけど、ただ自分で自由にやりたいことをするだけという考えだった。しかし、陸翔の好き嫌いが多く、そして彼はある意味気分屋なので、特に理由がなくても、気に入らない役なら躊躇なくオファーを断ることが多少あった。せっかく取りに来た仕事だったのに、陸翔のわがままによって、晴夏に多大の迷惑をかけた。その上、宣伝のために、いろんなメディアの集材を受け、バラエティー番組も出なければならないけど、その本数が一定のレベルを超えると、陸翔は非協力的態度を取り始めることが多い。そういう時、彼はまた晴夏と言い争い始めた。


「俳優は私生活や本性をバラエティー番組で晒されるわけがいかないだ」

「今の時代では、ファンや視聴者との距離をもっと縮めるべきでしょう、親密感を増やしたいなら」

「バラエティーの色がついたら、もらえる役に影響を与える」

「だから、トーク番組ぐらいならは大丈夫でしょう」

「とにかく出たくないから、そういう番組」


このような口論がどんどん増えていて、二人の関係にも緊張感をもたらしていた。特に仕事で喧嘩した後、二人はプライベートの時でも口を利かなくなった。結果的に、陸翔の意向がいつも優先されて、晴夏にとってこの状況が全然面白くないと思い始めた。


自分はいつもプロの判断で陸翔のために仕事してきたのに、陸翔は自分の努力を遠慮なく台無しにしていた。それで、晴夏はマネージャーの仕事を辞めたいを考えるようになった。このまま続くと、陸翔との関係がダメになると思って、やっぱり仕事上の衝突を減らしたかった。それにもっと重要なのは、晴夏は別にやりたいことがあって、今の陸翔をサポートできるしたチームがあるから、自分が辞めても陸翔に何の影響にも与えないと思った。


だけど、これを陸翔に言ったら、彼は強く反発していた。晴夏と仕事で揉めたのは好きじゃなかったけど、やっぱり彼女が自分の傍から離れるんなんてもっと嫌がっていた。それから、毎年の恒例行事みたいに、晴夏は何度も辞表を出しても、社長は陸翔に忖度したので、それを受け取ることが出来なかった。しかし、二人の間の緊迫感がどんどん高まるというのもいけないので、晴夏は社長の意向でチーフ・マネージャーになって、新人マネージャーの育成に集中し、それで陸翔と一緒に行動する時間を減らした。


この対策はある程度功を奏したけど、だけどそれは陸翔と晴夏の関係を大きく影響する人が現れるまでの話だった。


2017年・東京


陸翔は初夏から新しいドラマの撮影を始める予定で、今回は久々の恋愛ドラマだ。しかも、相手役は今話題になっていた元アイドルの市倉いちくら七瀬ななせだ。市倉は陸翔より3歳年下だけど、14歳からアイドルグループのセンターとして活躍していたため、陸翔より芸歴の方は上だった。しかし、24歳の時グループを卒業し女優業を始まった頃、演技がそこまで良くないので、アイドル時代と比べて人気が衰えていた。数年間脇役から得た経験を活かし、2年前からようやく当たり役を手に入れ、それ以来人気の演技派女優として活躍していた。


陸翔と市倉が撮影前の本読みで初めて会ったけど、すぐに意気投合し、現場でもいつも二人きりで話していた。二人は最初から成功を手に入れたわけではなく、数年間のスランプを乗り越えて、今の地位に上り詰めた同じ経験をしてきた俳優だった。そして、出身地は同じく群馬県ということもあって、親しくなったのはそれほど時間がかからなかった。二人が仲良くしていたところを見たスタッフや共演者は、二人の仲を疑うのは当たり前だった。見た目がお似合いの美男美女がこのまま付き合えば、ドラマにとって最高の宣伝にもなるので、マスコミも二人の関係を注目し続けた。


最初、陸翔は市倉に対して異性という意識がなかった。彼女のことをただ同じ地元から同じ経験をしてきた同僚の感じでしか思わなかった。しかし、撮影が進んでいるうちに、二人はドラマを通じて疑似恋愛をしていたように、全力で芝居をした。今までの演技相手とは一番相性がいいだけじゃなく、市倉は同業者として彼の悩みや苦悩を理解していた。だから、撮影していない日でも、二人は一緒に外食するようになった。もちろん、二人が頻繁に会うところはマスコミにとって最高のネタになった。


今まで、陸翔は何度も共演者との熱愛噂が多くあったけど、晴夏が今回は昔と違うと思った。なぜなら、陸翔と市倉が一緒に出掛ける時、彼は自分のマネージャーを同行させない上、変装などもせず、まるでバレても平気という態度だった。まあ、彼は世間から見ると、独身だし彼女もいないだから、市倉とデートしても何の問題もなかった。しかし、晴夏は彼女としてこんな状況を見て見ぬふりすることができなかった。


陸翔が市倉に対する“本気度”は今までの噂相手とは違ったことを気付き、マスコミの報道をさらに過熱した方になり、そのせいで晴夏はマスコミ対応に追われていた。当の本人はまるで何も悪いことをしていなかったように、撮影が終わっても市倉とのデートは途切れることがなかった。


この状況はもちろん晴夏にとって面白くないはずだった。仕事で迷惑をかけられた以外、彼女はどうしても陸翔と市倉の関係を疑った。しかし、陸翔からろくな説明を貰えず、ただ自分の交友関係に口を挟まないで欲しいと言った。実際のところ、陸翔は晴夏の反応があまりにも冷静すぎて、それでわざと市倉との関係を曖昧のままにした。市倉とは撮影が終わった後、彼女に対する気持ちはただの友人で、自分にとって愛する人は晴夏しかいなかった。それでも、彼女として嫉妬するどころか、晴夏はマネージャーとしての業務用の言い方で彼を叱った。こうして、二人の関係は悪循環に陥り、だんだんお互いへの不満が高まった。


陸翔と市倉の恋愛噂が消えないまま、今度は二人を指名したCMのオファーが来た。依頼主は国際的な高級ブランドなので、陸翔の知名度を上げることができる絶好のチャンスだった。本音で言うと、晴夏は陸翔と市倉の再共演を実現したくなかったけど、事務所から見ればこのオファーを断るはずがなかった。二人の様子を気になって、撮影現場に久々顔を出した晴夏は、陸翔と市倉がイチャイチャしたところを目撃したことで、また陸翔と大喧嘩になった。


その年の冬、陸翔と市倉がダブル主演の映画の話が来た。晴夏は二人がそんなに短期間でまた共演することが良くないと判断したが、陸翔は強行突破してもこのオファーを受けるつもりだった。結論が出さないまま、二人は陸翔の部屋でまた口論になった。


「どうして分かってくれないかな?今回のオファーは断るべきだって言ったでしょう?」

「断る理由なんかない」

「あのドラマは夏に放送されたばかりで、半年も満たないのにまた映画の共演ってあまりにも早すぎるでしょう?」

「あなたがそんなに反対して、別の理由あるだろう?」

「他に何かあると言うの?」

「市倉への嫉妬」

「はあ?これはあくまでも仕事上の判断でしょう?」

「俺と市倉が一緒にいるところを見たくなかったから、それで今回の話を邪魔したいでしょう」

「私はそういうふうに思ってない。それに、これは私情を挟むの判断ではない」

「とにかく、このオファーを受けるつもりだから」

「どうして今回そんなに頑固なの?」

「晴夏こそ、意地でも阻止したいって、やっぱりプロがすることじゃない」

「ああ、そう思うんだ。私はプロではないなら、クビにしたらどう?」

「あんたはもう俺の専属マネージャーじゃないし、今回のことはほっといてよ」

「分かりました、もう二度とあんたのことに関わらないので、好きにして!」


そう言った晴夏は陸翔の部屋から出て、自分の部屋に戻った。別に今回の話にこだわる必要がないけど、陸翔にしてはただ晴夏の思うままにいきたくなかった。今まで彼女がしてきたことや下した判断は間違っていなかったと思ったが、陸翔にとって自分が何も決められないことに気に入らなくて、まるで束縛されたように息苦しかった。だから、今回は晴夏の言いなりになりたくなかった、意地でも自分の考えを貫きたかった。


その喧嘩以来、晴夏と陸翔は仕事以外の時口を利かなかった。仕事が終わり、一緒に同じマンションビルに戻っても、二人はただ自分の部屋に帰った。さすがに今回の喧嘩期間が長すぎると思い、そして晴夏の誕生日の前にどうしても仲直りしたくて、陸翔は花を用意し晴夏の部屋に行った。しかし、晴夏はその花を受け取ったが、陸翔とはプライベートでしばらく距離を置きたいと言い出して、二人はまた膠着状態になった。結局、晴夏の誕生日当日、陸翔は友達と遊びに出かけて、晴夏は真琴と一緒に過ごすことになった。お互いの誕生日にいつも過ごすことになったけど、今回は二人が付き合ってから初めて別々で過ごした。


新しい年が始まり、二人の関係に決定的なダメージを与えた事件が発生した。


晴夏は長年生理不順のことで悩まされていて、時々症状が酷い時に、仕事を休まなければいけない場合もあった。春に入って、晴夏は過多月経により、貧血、めまいや頭痛などの症状で体調が崩した。病院へ行こうと思ったが、どうしても自力で行けなかった。丁度この時、真琴は仕事で東京にいなかった。まだ仲直りしていないけど、晴夏は陸翔に助けを求めたかったが、彼は電話を出なかった。会社の人に知られたくないと思い、晴夏は仕方なく牧野先輩に電話をした。連絡を受けた彼はすぐ晴夏の家へ駆けつけ、彼女を病院へ連れて行った。


運好く、晴夏はホルモンバランスの乱れに診断され、手術をしなくて済むし、内服薬さえを飲めばよくなると言われた。しかし、出血の量が多すぎて貧血になり、輸血をしなければならなかった。家に帰っても一人だけになるだから、牧野先輩は念のため晴夏に一晩入院した方がいいと勧めた。そして、翌日彼はまた病院に来て、晴夏を家までに送った。


晴夏は家に帰っても、陸翔と連絡がつかなかった。彼は撮休中なのに、彼の専属マネージャーも彼の居場所を把握していなかった。数日後、陸翔はようやく家に帰った。彼はどうやらこの期間中、電話の電源を切っていた。晴夏の不在着信を気づいたけど、まだ彼女が怒っていたと思い、折り返し電話をすらしなかった。


しかし、ある週刊誌は陸翔の行方を大々的に報道して、晴夏はそこから初めて知った。撮休中の4日間、陸翔は市倉と一緒に沖縄で旅行していた。


自分が死にそうと思っていた時、自分が一番弱っていた時、自分の彼氏は他の女と一緒に旅行へ行った。記事を読み終わった晴夏はあまりにも辛くて、笑いながら久しぶりに涙をながした。これであの二人はただの友達とは思えない、どう考えても自分への当てつけ、そして裏切り行為だった。


晴夏は母親の浮気で家を出たいうことを知っているはずなのに、陸翔は同じようなことをして、自分が一番許せない浮気をして、自分へ最大のダメージを与えた。こうなったら、陸翔と続けることは到底無理だと思った。


陸翔は晴夏が記事を見たことを知り、事態の深刻さはようやく気付いた。今まで晴夏の限界を試してきたけど、今回のことは誤解だった。確かに市倉と一緒に沖縄へ行ったが、それは二人きりではなく、彼女の現地にいる友人たちと一緒に遊ぶことだった。しかし、週刊誌の報道から見れば、確かに二人きりのロマンティック旅行に見えてしまった。今までは決定的な証拠が世の中に出たら、やっぱり晴夏に説明すべきだと判断した。陸翔は慌てて晴夏の家に訪ねて来たが、案の定彼女の態度は冷たかった。


「俺は市倉と二人きりで旅行してない、他の友人もいたけど、週刊誌はその人たちを…」

「私に説明しなくても結構です。もう聞きたくない」

「本当に悪かったと思う。でも、これは誤解だ、俺は市倉と男女の関係じゃないから」

「私が一番許せないことを忘れたのか?浮気ですよ、浮気。それでも、平気でこれを使って私を傷づけるなんて…まあ、おめでとうございます、あなたの目的は達成したね」

「俺は浮気してないからさあ、ただ友人同士で気晴らしのため…」

「もうどうでもいい。誰と一緒にいて、何をして、どうして旅行したのも知りたくもない。あなたはいつも言っているじゃない?私があなたの仕事に干渉しすぎ、あなたを束縛しすぎ、そして自由を与えない。じゃ、今からあなたを解放してあげる」

「それどういう意味?」

「私はもうあなたと一緒に仕事をしたくない。そして、あなたと別れる」


そう宣言されても、陸翔は晴夏の決心を何とも思っていなかった。だから、彼女は初夏に事務所のマンションから出ていた時も、いつか自分の元へ帰ってくれると信じてた。晴夏から引っ越し先すら教えてくれなかったけど、陸翔は周りからの聞き込みでようやく知った。しかし、晴夏にいつも門前払いされるか、あるいは家に入れさせてもすぐ追い出された。そして、一番肝心なのは、晴夏は宣言通り社長に辞表を出した。


2018年が終わろうとした時、陸翔はまだ気づかなかった。晴夏はもう振り向かずに、彼から離れることをしようとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る