第33話 平行線の行先

2018年12月・東京


慎也は真琴からのメールが入ってきたのを気付いた。彼は内容を確認したが、返事もせずただ携帯を事務所にある机の上に放り出した。


慎也は真琴のことを鬱陶しいと思い始めたのは、いつからなんだろう。二人が付き合い始めたころはあんなに幸せだったのに。


無視したとは言え、今回のメールをちょっと気になった。真琴のメールは大体簡潔で一行だけのものが多い。しかし、理由はわからないが、今回はどこか違う気がした。


席から立ちあがって、慎也は全面ガラスの窓際で外の夜景を見つめた。今の慎也は39歳の若さで、今年はようやく大手法律事務所のパートナーになって、企業法務部の部長にも努めていた。ここまで上り詰めたにはどれほどの時間と努力を費やしたか、一番理解しているのは真琴のはずだった。いつの間にか、彼女は慎也の仕事ぶりに文句を言い始めて、いくら説明しても向こうは全然理解してくれなかった。次第に、家の張りつめた空気から逃げ出したくて、会社にいる時間をさらに増やして、そしてオフィスと同じビルのホテルに泊まるようになった。


もうすぐクリスマスと年末年始だから、仕事を理由に家を帰らないわけにはいかない、だから慎也はこの時期を嫌いだった。そして、自分の実家以外に、家族全員で真琴の静岡にある実家へも帰らなきゃと思う度に、気持ちはさらに落ち込んでいた。


真琴の父親と会う時、慎也は何となく彼に見下ろされたような感じを強く感じた。そうなったのは当たり前だった。真琴と結婚した時、慎也はまだまだ駆け出しの弁護士だし、年収もそれほど多くないで、おまけに母子家庭だから、輝かしい医者一族から見れば、真琴の結婚相手としては相応しくないだろう。だから、慎也は必死に頑張って自分を証明したかった。今年こそ、見返してやれると思う。


しかし、慎也はまだ知らなかった。すで後はない、そしてすべてはもう手遅れになった。



2001年11月・東京


暑苦しい夏が過ぎて、慎也にとって自分の長年の努力は実った時がようやく来た。


在学中の司法試験合格は難関とは言われ、それでも慎也は見事合格することができた。今年は登山なんか行けないので、お祝いも兼ねて、連休中真琴を連れて実家に帰り、そして地元にある書写山しょしゃざんを登ることを決めた。


母と妹の汐里は真琴とすぐ仲良くになれたことを見た慎也は安心した。真琴と同い年の汐里は特に彼女のことを気に入って、いつか彼女は自分の義姉になるのをすごく楽しみしていた。


司法試験を準備していた時、真琴の存在は大きかった。慎也は何かを集中していると、他のことを忘れてしまうタイプだ。試験の準備期間中世話をすると言い出した真琴は、自分が学業、部活とバイトでとても忙しいのに、迷わず慎也のことを全面サポートに入った。食事や家事などをやって、そして慎也が疲れ切った時も彼を励ましてくれた。そのおかげで、慎也は在学中の司法試験合格果たせた。


今回の旅行は二人が付き合い始めてから初の旅なので、慎也が全部自分で手配すると言い出した。それで真琴はどんなことをするかさっぱり分からなかった。前回兵庫に来た時、あまりいい思い出が残らなかったけど、今度こそ慎也と一緒に楽しもうと思った。


そして、旅行よりもうれしかったことがやっぱり慎也の家族に会えたこと。彼の母親と妹が自分を温かく受け入れたことにとても感謝していて、晴夏の家族以外の人とこんなに楽しい団らん時間を過ごせたのも初めてだった。


旅行の二日目、慎也と真琴は書写山の登山口へ向かった。登るには大体1時間をかかり、ここは初心者でも簡単に登れることができる山だ。そして、このシーズンでは紅葉狩りする登山客が結構いたから、窪田はわざと刀出坂の参道から登山することを選んだ。このコースは森の中の坂道なので、急な坂が続きますが、途中に滝と小川があり、人も少なく静かに森林浴が満喫できた。山頂についたら、円教寺の奥の院から寺院の敷地内を回ることをした。


参拝した後、慎也と真琴はお茶を飲みながら、山頂から下にある紅葉を眺めていた。


「久々の登山ってやっぱり気持ちいいだあ~」

「慎也は年始からずっと勉強していたから、本当にお疲れ様でした。でも、司法試験に無事合格したし、あと少しで卒業できるんですよ。」

「真琴のおかげであの時を耐え抜けた、ありがとう。」

「まあ、大変な時こそ支えるべきですよ、一応彼女ですから。」


ウィンクした真琴がすごく可愛くて、慎也は彼女にキスした。


「ちょっと、なんでいきなりキスしたの?周りに人がいるのに。」

「正々堂々と付き合っているのに、キスぐらいしてもいいだろう。」

「場所を選べと言うんですよ。」

「じゃ、違う場所でもいくらキスしてもいいってこと?」

「もう、この話はやめてよ。」


恥ずかしくなった真琴はやっぱり可愛い。


「でも、卒業したら、学校で慎也と会えなくなるってちょっと寂しい。それに、司法修習が始まったら、さら忙しくて尚更会えないじゃない?」

「まあ、そうかもね。だって司法修習生は一応公務員として扱われるけど、勤務時間は必ず9時から5時までとは限らないからさあ。大手事務所なら、残業することはあり得るし。」

「でも、本当に良かったですよ。あの大手事務所に配属されて、司法修習が終わったらそのまま採用される可能性も高いから。」

「それは来年の二回試験によるだけど。」

「慎也ならそれをクリアできるから、心配しないで。」

「確かにこれからの一年も、いやさらに忙しくなるだろう。」


慎也は真琴の手を握り締めて、真剣な顔で彼女を見つめた。


「真琴、俺と暮らさないか?」

「ええ?」

「真琴と毎日会いたいし、一緒に住んだらそれができる。」

「でも…」

「嫌か?」

「そうじゃなくて、ちょっといろいろを考えなきゃ…」

「晴夏のことか?」

「うん、だって私が出ていたら、彼女は一人になるですよ。」

「彼女は陸翔と一緒に住めないか?」

「知ってるでしょう、陸翔は夏のころデビューしたから、二人が一緒に外出することさえできなくなるし、同棲なんて今の段階ではできないはず。陸翔はそうしたかったけど、やっぱり無理かも。」

「真琴の本心はどう思う?」

「もちろんあなたと一緒にいたい。」

「じゃ、晴夏と相談してみない?一緒に住みたいという気持ちは分かるだけど、俺がわがままに見られてもいい、ただあなたとの時間を増やしたい。」

「わかった、晴夏と話してみる。」


そう答えたが、真琴は実際に別に悩む理由があった。春頃、泰輔が陸翔と彼女たちの家で初対面をした時、真琴が家に住んでいないことがバレた。あの後、真琴は泰輔に電話をかけた。いつも自分のことを本当の娘みたいに可愛がっていたのに、こんな嘘をついてしまったことに謝った。しかし、泰輔は真琴を叱るどころか、ただ心配そうに温かい言葉をかけた。


「マコちゃんはしっかりしているから、自分で自分の人生に責任を負えるだと思う。だけど、あなたはまだ未成年だし、それに親御さんのお金で大学を通えるんだから。大きなお世話かもしれないが、俺も一応親だから。もし親御さんにあなたが男と同棲したことがバレたら、真琴にとって良くないと思う。特にあなたのお父さんの反応はねえ~だから、せめて自分の身を守っておかないとダメだよ。まあ、うちの晴夏もあれなんで、あなたのことに何かを言える立場ではだけど…」


こんな話は自分の父親から絶対聞こえないだけど、赤の他人である泰輔はそこまで自分のことを心配してくれた。でも、真琴はもう成人だし、慎也と一緒にいたいという気持ちが強かった。晴夏一人を置いていくなんて申し訳ないけど、自分の心に従うことを選んだ。


幸いに、晴夏は事情を聴いたら、真琴の決断を後押ししてくれた。親友の気持ちを一番分かっていたから、引き留めるわけにはいかなかった。もちろん、寂しいと思うけど、真琴と大学でも会えるし、お互いの家にも遊び行ける。だけど、今の家は一人暮らしにして大きいすぎるから、賃貸契約が切れる来春まで、新しい家を探さないといけなかった。


そして、晴夏と真琴の二年間の同居生活が2002年の3月に終止符を打った。

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