第32話 予期せぬ最初と最後の対面

この状況は最悪としか言えなかった。


昨夜の甘々雰囲気から一転し、今朝同じダイニングテーブルを挟んでいたのは陸翔と泰輔に変わってしまった。今の陸翔はちゃんと服を着て顔も洗ったが、さっきの初対面は多分晴夏のお父さんにすごく悪い初印象を残っただろう。


まさか、こんな状況で陸翔と泰輔が会うなんて予想外だった。前は晴夏から聞いたけど、泰輔はこんなに若く見えるなんて思っていないので、ついあんな態度で泰輔と話をした。まあ、晴夏が生まれた時、泰輔はただ19歳だったし、成人目前の娘を持つと言えども、彼はまだ38歳だ。実際、今年のお正月、泰輔と晴夏は一緒に初詣に行った時、彼の同僚の勘違いで晴夏のことを彼の若い彼女と誤解してしまった。朝起きた時まだ寝ぼけていた陸翔が、泰輔は今東京に現れるなんて予想できなかったのも当たり前だった。


晴夏はキッチンからコーヒーを二人の前に運んできた。陸翔の隣に座ろうとしたが、お父さんの表情をチラッと見たら、泰輔の隣に座ることを決めた。運が悪く、お父さんに上半身裸の陸翔が自分の部屋から出てきたところを目撃したので、誤魔化すことも言い訳をすることも到底できなかった。


「先ほど失礼しました。改めて自己紹介します。私は桧垣陸翔です。晴夏さんと同じ大学を通っていて、今は天文学部の2年生です。よろしくお願いいたします。」

「桧垣くん、昨夜ここに泊まりましたか?」

「昨日はちょっと…事情があって、その…」

「まさかここに住んでいなですね?」

「いいえ、私は別なところに住んでいます。」

「晴夏、そう言えば今朝からマコちゃんと見当たらないけど、彼女はどこ?」

「お父さん、マコはまだ一緒に住んでいますから。」

「ではなんでこんな早い時間帯に、マコちゃんはこの家にいないわけ?」

「マコは…その…」


仕方なく、晴夏は真琴がしばらく慎也のところに住んでいることなどを泰輔に話した。眉をひそめていた泰輔はどんな気持ちであるか、陸翔は全然読めないので、何も言えずにただ黙っていた。


しばらくしたら、泰輔は晴夏に向いてようやく口を開けた。


「俺はマコちゃんの親ではないが、やっぱり彼女の親御さんに黙ってこういうことをするのはどうかと思う。それにまだ未成年だし、一応気をづけないといけないし。」

「お父さん、マコは来月二十歳になるんですけど。」

「あんたのことはまだ言ってないのに、マコを庇う余裕はあると思う?」

「ありません。」

「とにかく、マコちゃんにこれだけを伝えて。向こうの用が済んだら、こっちへ戻るべきだから。特にマコちゃんのお父さんが地元では一応有名人だし、娘が男と同棲していることが知られたら大変なことになる。」

「分かった、そう言うから。」


泰輔は陸翔の方へ向けてこう言った。


「桧垣くん、あなたと晴夏のことは元々知りませんし、こういう形の初対面は不本意で残念としか言えません。今から会社へ行かなければいけないので、また改めて会える機会があったらいいんですけど。とにかく、今言いたいことはただ一つです。娘のことよろしくお願いいたします。」


これを聞いた陸翔はすぐ席から立ち上がり、泰輔へ深いお辞儀をした。


「こちらこそ、晴夏さんとのことを見守っていただけたら幸いです。」


晴夏と陸翔は泰輔を一階まで送り出して、それから家に戻った。晴夏は黙々とテーブルの上にあるカップを片付けようとした時、陸翔に後ろから抱きしめられた。


「さっきは本当にびっくりした、まさかお父さんがいきなり突撃訪問されたとは。」

「私だってびっくりしたよ。でも、上半身裸の男が娘の部屋から出てくるとことを目撃したお父さんの方はもっと驚いたでしょう。」

「俺にどんな印象を持っているだろう?さっきの言葉から何も読み取れない。」

「私だって分からない。ただ知ってるのは、お父さんは親しい人間に敬語を使わないから。あなたのことをあまり知らないから、あなたへ敬語を使っているのは普通だ。」

「いつもこんな感じなの?」

「何か?」

「お父さんは厳しそうに見えるから。」

「どうでしょうね?だって娘の彼氏と会うのは初めてだし。」

「今度挽回するだから、お父さんに認めてもらうために。」

「何で?」


陸翔は晴夏を自分の方へ振り向かせ、彼女に長いキスをした。


「晴夏に相応しい男として認めてもらいたいから。」

「次、時間があるとき、実家でお父さんと会おう。」

「ああ、そうする。」


しかし、そう言いながら、晴夏はちょっと不安だった。泰輔の言葉から、彼は陸翔のことをどう思うか全然分からなかった。どうしても気になっていたので、晴夏は泰輔へメールを送った。彼が静岡を帰る前に、駅前にあるカフェで会いたいと伝えた。


放課後の夕方、晴夏はカフェで泰輔を待っていた。10分後、彼は満面の笑みで店に現れた。


「お待たせ!」

「そんなに待ってないから大丈夫。先に注文したから、もうすぐ料理が運ばれてくると思うけど。」


親子二人は久々の夕食を堪能した後、晴夏は本題に入ろうとした。


「お父さん、今朝驚いたでしょう?ごめんね。」

「何で謝る?」

「その…陸翔とのことはまだ伝えてないし、あんな状況で彼と会ったから。」

「なあ、晴夏はさあ、あの彼と真剣なの?」

「私は遊びで誰かと付き合わないよ。」

「ならいいけど、向こうも同じ考えなの?」

「そうだと思う。」

「100パーセントじゃないか?」

「今のところはそうだけど、将来はどうなるか分からない。」

「俺はさあ、いつも気にしてた。離婚の件であなたに悪い影響を与えたかな、だって高校時代全然恋愛に興味ないみたいで。だから、今彼氏がいることを知って、正直ほっとした。」

「まあ、最初は陸翔の気持ちを受け止めなかったけどね、怖かったから。私って、ちゃんと誰かを愛せるかなって。」

「でも彼はあなたの考えを変えたんだ。」

「勇気を持って、自分の気持ちに素直になると決めた。」

「晴夏が選んだ人なら、お父さんは無条件応援するけど。」

「ありがとう、お父さん。それで、陸翔に対する印象は?」

「やっぱり、それを気になってからわざわざ俺と会いたかったか?」

「それだけじゃないし。」

「正直に言うと、彼のことを知らないから、今では評価できないし、感想も言えない。ただ、あいつは俺の娘に手を出したことに気に入らないのは事実だ。」

「お父さんったら!さっきまでは娘をいつでも送り出そうつもりの言い方したじゃん!」

「どんなお父さんでも、自分の娘を奪いに来るやつを好きになれないのは当然だ。まあ、今度時間があったら、静岡まで連れてきて。その時にもっとじっくり観察できると思う。判断はそれまでしないから、一応保留中だ。」


食事が終わったら、晴夏は泰輔を改札口まで送ってから、自分で家に帰った。


何年が経った今、晴夏は当時泰輔の言葉を時々思い出す。


実際に陸翔と付き合っているこの18年間、彼はこの初対面以降一度も泰輔と会うことがなかった。だから、今でも泰輔は陸翔に対して、何の感想やコメントを出さないままだ。


晴夏と陸翔はもしこのまま別れば、あれは多分陸翔と泰輔の最初と最後の対面になるでしょう。

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