第31話 支える、支えられる

2001年4月 春


真琴、晴夏と陸翔は2年生になり、慎也も4年生になった。真琴と慎也が付き合い始めてから、4人で一緒に遊ぶことが多くなったので、晴夏と陸翔は窪田の呼び名を「窪田先輩」から「慎也さん」に変えた。


あの冬嵐の夜、慎也は帰らずにそのまま真琴と晴夏の家に泊まった。あまりにも浮かれてしまったせいか、真琴は深夜になってから、初めて晴夏はまだ家に帰ってないと気づいた。慌てて晴夏に連絡した時、彼女はすでに陸翔のアパートで寝てた。次の日、真琴が晴夏に必死に謝り、慎也とのことも打ち明けた。晴夏は真琴の幸せそうな表情を見て、親友の初恋がやっと実ったことにとてもうれしく思った。でも、自分を忘れてしまった真琴をからかうために、時々この件を使ってちょっかいを出した。


一方、陸翔は昨年末ようやく決心がついて、芸能事務所のオファーを受けることになった。それで、彼と晴夏の恋仲を徹底的に隠しなければならなかった。外でいる時、彼らはなるべく今まで通り部活の同期として接した。デートは主に家でしかできないため、二人は一緒に出掛ける時、大体深夜か早朝の時間帯を選ぶか、あるいは誰かを混ぜて同行することになった。まだプロデビューしていなかったけど、陸翔は高校時代からすで名を知られた舞台俳優なので、自分と晴夏の関係が事務所やファンにバレないように必死だった。


こんな窮屈な付き合い方をした晴夏を見て、真琴はちょっと心配していた。正々堂々と付き合いたいと思っても、晴夏は陸翔のために隠れ彼女になってしまった。だけど、晴夏は意外と割り切っていたみたいだ。今はとても大事な時期だから、少しの我慢は大丈夫だし、それにこの状況はいつまでも続かないと思ったから。


慎也にとって、これからの一年は正念場だ。大学からちゃんと卒業できるように、学業を優先し、登山部の活動に以前より参加しなくなった。去年、慎也と亜実の別れでいろいろ面倒なことになったから、彼は真琴との関係をしばらく公したくないと言った。彼なりの気遣いだと思った真琴はそれに合わせて、大学内ではあまり慎也と接触しないようになった。


慎也は在学のうちに司法試験に合格したかったので、年明けから準備を進めて来た。5月の試験まで後1か月の今、彼は家にこもることが多く、真琴と会えない日が続いた。慎也のことを心配していた真琴は、試験前のこの間、彼の世話をしたいと提案して、しばらく彼のアパートへ引っ越した。この試験は慎也にとってどれほど大事か分かっているから、自分ができることはただ食事を作ったり、家事をするぐらいだけど、生活面で彼のことを支えられたらいいと思った。


しばらく一人暮らしになった晴夏は、新学期が始まって以来、あまり陸翔と会えない日が続いた。デビューへ向けて、いろんなレッスンを受けることになり、彼は放課後いつも事務所へ行きました。帰りも遅くなったし、時々疲れすぎた陸翔と電話しても、彼は寝落ちしたことも多くなった。晴夏は彼の邪魔にならように、メールで連絡することを決めた。


ゴールデンウイーク後のある平日の深夜、家のチャイムが鳴った。この時間帯っていったい誰が来たの、晴夏は恐れながらリビングにあるインターホンモニターを確認した。フードを被った陸翔が周りを確認しながら、抑えた声で「俺だ」と言った。晴夏はすぐドアを開けて、玄関まで行って陸翔を迎えた。


ドアが閉まった瞬間、久しぶりに会えた二人はお互いを抱きしめて、無言のままただお互いの体温を感じた。


「会いたかった。」

「どうしてこの時間に来るの?早く家に帰って休んだ方がいいよ。」

「おい、俺は到着したばかりだぞ、今すぐ追い出そうとするか?」

「だって、最近あまり休んでないから、心配して…」

「ここでも休めるし。あなたと一緒にいれば、それでいい。」

「ご飯は?」

「夕飯を食べたが、今はペコペコ。」

「じゃ、何か作るから…」


離れようとした晴夏を阻止し、陸翔は彼女に深いキスをした。ようやく離した時、陸翔はそのまま晴夏を抱きしめた。


「そのままいて。」

「玄関で立ったまま抱き合うつもり?」

「じゃ、中に入って他のことでもする?」


ニヤニヤした陸翔の顔を見て、恥ずかしくなった晴夏は顔が赤くなった。


「まさか、あなたは何を期待しているか?」

「バカ、あんたが変なことを言い出したから。」

「勝手に変な想像をしたのは君だろう?」

「もう、離しなさいよ。あなたはこんなに疲れているから、先に風呂に入った方がいい。私はその間何かを作る。」

「あなたを食べてもいいけど。」

「いい加減にしなさいよ…」

「はい、奥さん。今からお風呂に入ります~」


そう言いながら、陸翔は上機嫌でお風呂へ向かった。晴夏は冷蔵庫の内容を確認して、メニューをすぐ決めた。丁度出来上がった時、陸翔はお風呂から出て来た。彼は晴夏の後ろに立ち、彼女の腰に腕を回した。


「いい匂い。」

「そんな大したものじゃないよ。」

「料理じゃない、あなたはいい匂いしてる。」

「レッスンでこんなセリフを勉強してきたんだ?」

「本心だけど。」

「冗談はやめて、暖かいうちに食べよ。」


晴夏が作ったのは鶏団子と野菜の春雨スープだ。これだと、カロリーも抑えるし、野菜と脂肪少ないの鶏肉を入れることによって、栄養バランスにもいいと思った。陸翔は美味しそうにそれを完食した。


片付けが終わり、晴夏はドライヤーで陸翔の髪を乾かした。陸翔の眠そうな顔を見て、彼の家まで帰れるような状態じゃないと思って、そのまま泊まらせることになった。二人は晴夏の狭いシングルベッドで横になって、他愛のない会話を続いた。


「最近はさあ、あまり食欲がないけど、陸翔がさっきそんなに美味しそうに食べてくれたから、こっちまで幸せな気分になった。」

「具合でも悪いの?」

「そうじゃないから。だってマコは慎也さんのところへ行ったし、一人で食べる時に料理をするのは難しい。だから適当に食べることが多い。」

「ごめんな、最近あなたと会えなくて。」

「何言っているのよ、責めるなんかじゃないし。」

「もっと一緒にいたかったけど、事務所はたくさんのレッスンを用意されてさあ、帰りも遅くなった。」

「それは分かるから、心配しないで。マコが帰ってくれるまで、一人で頑張れる。それに、レッスンは大変だよね?」

「俳優ってただ演技するだけじゃないって、初めて知った。体力とフィットネストレーニング、発声練習、ボディランゲージとかを習わないといけない。それに、デビュー後にもいろいろ勉強しないといけないことがたくさん。」

「こんなに忙しいのに、学校はどう?」

「何とかなるけど、正式にデビューしたら、どうなるか分からないけど。」

「お父さんとの約束もあるから、絶対卒業できるように頑張ってね。」

「ああ、これだけは絶対譲らないから。」

「私に何かできることがあれば、言ってよ。マコみたいあんなに献身的なサポートができないけど。」

「真琴は本当に慎也さんのためなら何でもするな。」

「司法試験は5月だから、夏から余裕が出るじゃない?」

「そう言えば、真琴は本当に帰ってくると思う?」

「どうして?」

「このまま、慎也さんと同棲するならどうする?」

「ええ、本当にそうなると思う?」

「いずれそうなるじゃない?特に慎也さんが来年卒業したら、真琴と一緒に住みたいとか言い出すかも。で、そうなったら、晴夏は俺と一緒に住んだらどう?」


まさか陸翔から同棲のリクエストが来るとは思わなかった。


「いやなの?」

「いやかどうかは別として、あなたの立場では同棲がダメでしょう?」

「でも、別々で暮らすだと、あなたとあまり会えないだ。一緒に住んだら、家に帰ってあなたと会えるし、悪くないと思う。」

「将来デビューしたら、マスコミに狙われるから、私は週刊誌に載せられるのは嫌よ。」

「セキュリティ対策万全のところなら大丈夫じゃない。」

「こんなことを考える前に、まずデビューに集中してよ。」


晴夏は不服そうな顔をした陸翔にキスした。


「会いたいという気持ちはありがたいけど、今は我慢するしかないよ、私もあなたも。だけど、将来はきっとこういうふうにコソコソしなくてもいいから。」

「そうなるのはいつになるか、俺にも分からないよ。」

「私はこう見えて、忍耐強いの方だけど。」

「俺は我慢できないけど。」


そう言った陸翔は晴夏をもっと強く抱きしめて、二人の顔はどんどん近づいた。お互いをしばらく見つめた後、二人は熱いキスをしはじめた。


翌朝、晴夏は朝ごはんを準備している最中、インターホンが鳴った。こんな朝早く来る客は誰なのか、困惑しながらモニターを確認したら、まさか自分のお父さんが静岡から来た。陸翔はまだ自分の部屋にいることがお父さんにバレたら大変のことになると思ったけど、晴夏は仕方なくドアを開けた。


「こんな朝早くもう起きったの?」

「お父さんこそ、なんでうちに来たの?」

「今朝東京の本社で作家さんとの会議があってさ、だから昨夜上京した。で、出版社へ行く途中こっちに寄って、実家からの食べ物を持ってきた。」

「ありがとう、こんなに持ってきたの?」

「まあ、爺ちゃんと婆ちゃんは晴夏の食生活を心配していたから。で、マコちゃんはいないの?」

「ええ?何で?」

「だって、朝ごはん二人分作ったじゃない?マコちゃんの分だろう?」

「そうね。お父さんはまだなら、私は今から作るよ。」

「いいんだ、会議の前に朝ごはんが用意されるみたいだ。マコちゃんはもう起きたら、話をしたいの。」

「ああ、まだ寝てるから、起こさないでよ。」

「残念だね。そう言えば、何であなたはこんなに緊張するの?」

「緊張なんかないよ。ただ慌てて朝ごはんを用意したから…」


お父さんを家から追い出そうとした時、陸翔は上半身裸の状態で晴夏の部屋から出て来た。


「晴夏、俺の朝ごはんは卵を二個にして…」


見知らぬ男の声を聴いてしまった晴夏のお父さんは、陸翔の方へ振り向いて、目の前にいる男を見つめていた。


「晴夏、この方はどなたですか?」

「あの…」

「俺は桧垣陸翔、晴夏の彼氏です。そちらはどなたですか?」

「わたくし、秋山晴夏の父・秋山泰輔たいすけです。では、うちの娘の部屋からこんな状態で出て来たあなた、状況を説明してもらいませんか?」

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