第19話 それぞれの夏休み(4)
夏の公演以降、4年生は演劇部から卒業することになった。
とは言え、卒業するというのは実際の創作や演劇の第一線から退くことだけで、一部の先輩たちは引き渡しや後任者の指導などのため、部室に時々顔を出すことはあった。新年度の幹部委員会に赴任する3年生と2年生は秋から正式に演劇部の指揮を執ることになる。
秋の公演を準備すると同時に、牧野部長はクリエイティブチームの後輩たちの指導や面倒見ることになった。実際に台本を書くことではなく、3年生と2年生の脚本にアドバイスをする立場だけだった。1年生の晴夏はその二人の手伝いや情報と資料収集をすることになるので、一応創作会議にも参加しなければならかった。
ある蒸し暑い午後、4人の会議が終わったごろ、晴夏は一人で部室に後片付けをしていた。そしたら、ドアのところからコンコンという音が聞こえた。振り返ったら、そこに牧野部長は立っていた。
「先輩、まだ帰ってないですか?」
「ちょっとノートを忘れたから取りに来た。秋山はまだいるなんて知らなかった。」
「片付けが終わったら帰ります。せっかくだから、お茶でも飲みに行きませんか?」
「いいね、こんな暑い日にアイスティーでも飲みに行こうか。」
二人は大学近くにあるカフェへ移動し、冷たいお茶とケーキを頼んでだ。晴夏は自分のアイスティーを啜り、甘いケーキを堪能し、満足しているそうに微笑んでいた。これを見た牧野部長は思わず笑い出した。
「秋山、アイスティーを飲んでスイーツを食べただけでこんなに幸せそうな表情が出るなんて、面白いだな。」
「馬鹿にしてますか、先輩。でも、私はシンプルな人なんで、小さなことで幸せになれますよ。」
「そうね、人生の小さな幸せを感じられる人っていいね。」
「まあ、もし先輩は悩みことがあれば、私はいつでも相談になりますよ。年下だけど、しっかりしていますから。」
「頼もしいね、人生経験は豊富のような言い方で。」
「まあ、18の私はいろいろ見て来ました。例えば、でき婚、不倫、夫婦喧嘩、離婚など、でも先輩はまだ独身だし、それに桑原先輩と幸せそうだし、その辺の心配はないはずです。」
「そんなことを見て来たって?」
「うちはいろいろ複雑だから、それで未成年だけど、考え方は大人か老人みたいによく言われました。」
「そうか、でもあなたは暗いイメージなんかないな。」
「家がめちゃくちゃだけど、お父さんのおかげで真っ直ぐに育ってました。」
「偉いお父さんね。」
「そうよ、大変だったけど、今の生活はある程度安定しています。で、話に戻ります、悩み相談はしますか、先輩?」
「悩み事というより、最近はいろいろ考えることがある。」
「卒業は近いから、将来絡みのことですか?」
「勘が鋭いな。」
「でも、就職先も決まったって言いましたでしょう?だから、仕事に関する悩みじゃないですか。」
「なあ、秋山って今まで誰かを本気で好きなったことある?」
まさかこんな質問が来るなんて、一瞬動揺していた晴夏は牧野部長から目を逸らした。つい夏前まではまだ牧野部長に薄い片思いの気持ちを抱いていたのに、そんなことは言えないだろう。でも、その質問を聞いた真っ先に陸翔の顔が頭に浮かんだ。しばらく沈黙したら、晴夏はこう答えた。
「本気がどうかは分からないが、気になる人ぐらいはいます。」
「その人に自分の気持ちを打ち明けたくないか?」
「向こうからヒントしてくれたことがあったが、私は知らないふりをしました。」
「両想いなのに、なぜ?」
「自信がないです、自分にもその彼にも。」
「まさか家庭事情のことで、恋愛に消極的な考えになった?」
「それは否定しないが、すべての原因ではないと思います。私は一番恐れていたのは自分をコントロールできないことです。もし自分が全力でその人を愛することになったら、傷づいた時はきっと立ち直れないです。お父さんみたいに挫折から立ち直って強く生き続けるって、多分できません。」
「何であなたの恋愛は失敗や結末から想定するの?まだ始まっていないだろう?」
「失敗の結婚を前列席で見ていたから、終わりを想像することは自然にできます。」
「でも、これって相手に不公平ではないか?チャンスを与えずに、弁解する機会もなく、すぐ死刑判決を言い渡されたみたいに。」
「相手は私にそこまで本気ではないと思いますけど。」
「分からないじゃないか、試してみなきゃ。周りはそう思わないけど、俺と美鈴だっていつも終わってもおかしくないじゃないか?」
これを聞いた晴夏は目を大きく開いた。
「そんなに驚いた目で見るなよ、これは例え話だけど、いつそうなるって分からないじゃないか?そもそもハッピーエンドとかゴールってなんだと思う?」
「結婚?死ぬまで一緒にいること?」
「じゃ、結婚してない人は?事実婚している人は?ただ一緒にいる人は?離婚していた人はそれから本当に不幸になるか?」
「まあ、うちのお父さんを見て、離婚した方がいいと思いますけど。」
「そういうこと。自分で決めればいいじゃない、何かハッピーエンドで。それに、そのゴールにたどり着けなくても、今は幸せを感じればそれでいいと思う。」
「私はそこまで前向きではないし、臆病者です。でも、先輩と桑原先輩は離れるなんて考えられません。」
「はっきり言って、俺たちは卒業を機に取り巻く環境が多分大きく変わると思う。」
「何で?まさかデビューの話に関係していますか?」
「俺は複雑な気持ちなんだ。もちろん、美鈴と知り合ってから分かっていた、彼女の夢は女優になることで、その夢が叶えるチャンスが来たら、彼女のために喜ぶ。だけど、俺は就職して少なくとも数年間サラリーマンになるつもりだ。せっかく親が学費を出してくれたのに、夢を追いかける前に親たちに負担をかけず、親孝行もできるぐらいある程度金銭的に余裕がないといけないと思った。だから、すぐに演劇部の先輩の誘いを受けられなくて、劇団の脚本家になるのはもうちょっと先の話になった。」
「なるほど、それは分かります。私だって、一人親になったお父さんに負担をかけたくないし、でき限りバイトをしてせめて生活費は自分で何とかしたかった。でも、違う分野で仕事していると、必ずすれ違いを生じるですか?」
「分からないが、その可能性があると思う。だって、生活ペース、話している話題とかも違って。」
「先輩は私が消極的だと言ったが、今の発言って随分弱気な考えではないですか?」
「それは違う。未来はそんな影が見えるが、俺は美鈴とのことを今すぐ諦めたわけじゃないよ。まだ来ていないことを恐れて、今を犠牲するってバカじゃないの?でもあなたの場合はあらかじめすべての可能性を否定した、それで臆病者はいったい誰かな?」
まさにそうだった。陸翔を信じない根拠ってどこにあるかな?そして、親の不幸を見ていたが、それに影響されず自分で幸せな未来を築く可能性だって十分あるじゃない?それに、彼は真剣かもしれないけど、自分が怖がっていたせいで、彼にチャンスを与えずすぐ突き飛ばしたって可哀そう。
でも、中々勇気出せないのは今の気持ちだ。すぐに陸翔の気持ちを応えるなんて至難の業だ。
「今すぐ変わるではなく、秋山はちょっとづつ心を開けばいい。次第に変化が訪れるかもしれない、どんなに時間をかけても。」
自分が牧野部長の相談役になるつもりだったが、結局彼は自分の相談に乗った。本当に不思議な気分なのは、こういうふうについ最近までの恋愛対象だった牧野部長と赤裸々なトークができたこと。
だけど、二人は仲良く話していたところをカフェの向かい側の路上から見ていた陸翔にとって、これは決して微笑ましい場面ではなかった。
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