第17話 それぞれの夏休み(2)

窪田は自分でもずるいだと思った。岸真琴と地元で会ったのは半分偶然しかすぎなかった。


大学3年生になった窪田はこれからのことでいろいろ悩んでいた。できるだけ早く司法試験に合格し、司法修習を終え、弁護士になりたい理由があった。岸には打ち明けてないが、彼は姫路に戻ったのは親の離婚のせいだった。中学を卒業する前に、父親の職場不倫がバレて、その女と一緒にいたいため、母親に離婚を迫った。仕方なくそれを応じた母親は窪田と妹の汐里しおりを姫路にある実家に連れて帰った。


最初は祖父母の下に居候したが、後に母親は会社員の仕事を見つけて三人で違うところへ引っ越した。母は離婚の件でもちろん傷づいたけど、子供二人の前にいつも弱さを見せず、一家の大黒柱として頑張っていた。だけど、親戚の間にこの離婚で母親の悪口を度々言われ、だから窪田はあまり地元に帰りたくなかった。父の裏切りで一切連絡しなくなった窪田は家族のために早く就職したいし、それに父に見返してやるという思いで、猛勉強の末奨学金を貰えて、東京の名門大学の法学部に合格した。


だけど、彼女は彼のこういう思いをあまり理解できないみたいだ。


神田かんだ亜実あみとは一年生の時に知り合った。最初、二人はあまり接点がなかったけど、ある日を境に、神田から声をかけた。それから、二人が一緒にいる時間が増えて、いつの間にか周りから二人をカップルとして見て来た。だけど、窪田はあまり恋をしたくなかった。勉強、バイトそして趣味の登山ですごく忙しいのに、誰かのために時間を費やすって彼が考えるだけで気が重くなった。しかし、神田は一年生の冬休み中に、窪田を呼び出し交際を申し込んでだ。窪田はその場で断ったが、神田は諦めずにその後何度も告白して、二人はようやく2年生の春休み後に付き合うようになった。


正直なところ、窪田は自分が神田のことを好きかどうかはっきり分からなかった。もちろん、彼女は美人だし勉強もできて、しかも演劇部の次世代看板女優でもあった。その上、すごく金持ちで、将来はある程度保障され、窪田みたい必死に将来のことを細かく計画する必要がなかった。だから、神田はいつも理解できなかった。どうして窪田は自分とデートできる時間がそんなに少ないのか、何でもっと一緒にいられないって。最初は自分の考えを神田に何度も説明し理解を求めたんだけど、段々それをしなくなったのは話が通じ合えなかったので、これにまつわる喧嘩を増えて来た。


二人の将来を真剣に考え始めたのは今年の正月休みの時だった。年末年始はいつも家族と過ごす窪田は、神田を誘って一緒に姫路に来ないかと言った。最初はすごくワクワクしていた神田は、なぜか大晦日の夕方に機嫌が悪くなり、喧嘩した末東京に帰ってしまった。窪田は神田のわがままな態度や自分の家族とあまり馴染めないことに悩んでいた。その上、汐里は窪田にこう言った。


「これはちょっと言いにくいだけど、お兄ちゃんはその神田という女の子を本当に好きなの?だって、どう見てもお兄ちゃんは困っているみたいで、向こうもお兄ちゃんの大変さが分かっていないだよ。傍で見ている私でさえ疲れるから、お兄ちゃんの方はもっと大変のはず。」


汐里の言う通りだった。神田との関係で心が疲れる。いい時は幸せだけど、悪い時は本当にしんどい。これから司法試験や司法修習のこともあって、本当に神田のことで神経を使う場合じゃないと分かっていた。


丁度その時、岸真琴と出会った。


岸はとても不思議な人だと思っていた。最初に登山部の歓迎会で明らかに自分のことを嫌っていたのに、彼女と嫌味たっぷりの会話をしているうちに楽しくなった。だって一切悪い言葉を使わず、失礼のないような敬語で自分の気持ちをそのまま伝える岸は面白い。だから、つい彼女のことを気になってしょうがなかった。


岸の誕生日会に誘われた時、彼女が自分に対する気持ちと態度はちょっと変わった気がした。だけど、その時は確信していなかったので、ただの気のせいだと思っていた。


しかし、その後演劇部の公演で、明らかに自分のことを見たのに、挨拶してくるどころか、岸は自分を避けていた。どうやら、晴夏から神田との関係を知ってしまっただろうか?それで、自分と関わりたくなかったのか?


窪田は自分がどうして岸の気持ちを気にする理由が分からなかった。岸と一緒にいる時は確かに居心地良いが、それは恋愛感情かな?でも確かなのは、あの公演以降岸は自分から遠ざかっていく。二人きりになるのは避けていたので、窪田はそれについてちょっと寂しくなっていた。


今度の帰省は一応神田を誘ってみただけど、オーディションの件で来られないと言った。不思議なことに、窪田はこの答えを聞いた時ちょっと安心した。まるで神田についてきて欲しくなかったみたいに。


岸と会ったその日、窪田は地元の友達と朝ごはんを食べた帰りに、姫路城に寄って散歩しているところだった。遠くから岸の姿を見つけた窪田は思わず笑顔になった。だから、彼はわざと岸とぶつかって、そのまま姫路を案内した。一緒に時間を過ごすのは予想以上楽しかった。


実は岸と一緒に淡路島へ行くというのは理由があった。その日は窪田の21歳の誕生日だ。


家族と過ごすのもいいだけど、今回はどうしても岸と一緒に過ごしたい。これは窪田にとって自分への誕生日プレゼントでもあるが、もう一つの目的は自分が岸に対する気持ちを確かめたかった。


いったい彼女のことを本気で好きなのか、それともただ一緒にいることで楽しんでいるだけなのか。それに一番重要なのは、岸は自分のことをどこまで好きなのかをどうしても知りたかった。

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