第16話 それぞれの夏休み(1)
期末試験が終わり、夏休みはようやくやって来た。だが、休みとは言え、晴夏と真琴は相変わらず、いや、それ以上忙しかった。
二人は夏休み最後の一週間に一緒に帰省することを決まったが、それ以前の数週間は別々でやらなければならないことがたくさんあった。
建築科の夏休み課題は日本の城の建築特徴についてレポートを書くことだ。真琴の同級生たちのほとんどは首都圏や関東周辺の城を選ぶと言っていたので、彼女はみんなと違う城を選びたいと思って、あえて行ったことのない兵庫県を選んだ。一応晴夏を誘ってみたが、彼女は文学科の課題と演劇部の稽古で行けなかった。まあ、真琴にとって一人旅というのは悪くないと思ったし、それに初めて兵庫県を訪れることが出来て、ワクワクしながら旅の準備を進めた。
少なくとも三つの城について現地集材をすることが必要で、真琴は摂津にある尼崎城、播磨にある姫路城と淡路島にある洲本城を行くことを決めた。三つの城へ行くことの利便性を考えると、神戸に泊まることをした。課題の集材をする以外の時間に、真琴はいろんなところを回り初の兵庫旅行を満喫していた。
二日目は姫路城を訪れることになった。朝早く神戸駅から東海道山陽線を乗って、次はバスに乗り継ぎ、一時間以内に目的地に到着した。平日の早い時間帯とは言え、夏休み中なので結構に賑わっていた。姫路城の中を回った後、真琴は外で天守閣の写真を撮ろうとした時、後ろから来た誰かとぶつかった。相手に謝りたいと思って後ろに振り向いたら、まさか窪田がいた。
「窪田先輩!何でここにいますか?まさかと思うけど、私のストーカーじゃないありませんよね?」
「意識過剰だな、お前は。ここは俺の地元だから。ていうか、何でお前がここにいる?」
「課題のために、お城ツアー中です。先輩は兵庫県出身って?でも、今まで関西弁を喋っていないみたいですけど。」
「俺は姫路に生まれだけど、一歳未満の時家族が東京へ行った。その後、親の都合でこっちに戻り、高校時代を過ごしたが、大学進学した時また東京に戻った。実際姫路にいたのは数年だし、関西弁あまり得意じゃない。」
「そうなんですか。だから先輩が関西弁を話していたところを今まで見たことありませんね。じゃ、今は帰省中ということですか?」
「まあ、母に顔を見せないとうるさいから。丁度論文試験が終わったし、息抜きのために地元の友達と会うのも良かっただな。でも、何で兵庫なの?東京から遠いし、関東周辺だって城なら結構あるじゃない?」
「皆も同じ考えだから、私はあまり人が選ばないことをしたいだけ。」
「変人だな。」
「先輩に言われたくないですけど。」
これを聞いた窪田は笑顔になった、それを見た真琴も笑い出した。
演劇部の夏舞台以来、窪田と真琴は登山部の活動で顔を合わせることがあったけど、二人きりで話をするのはなかった。真琴はあの公演の舞台裏で彼と神田の親密な行動を見てしまった後、なるべく彼と距離を置こうと心かけていた。これ以上彼を好きになっちゃいけないし、もうこれ以上彼と必要以上にかかわらないと思ったのに、まさか姫路で再会した。真琴は窪田を見た瞬間に感じた嬉しさが半端ないから、やっぱり彼に対する思いはそんな簡単に忘れるものじゃなかった。
窪田の誘いで地元に評判いい定食屋にお昼ご飯を共にした後、二人は近くにあった姫路市立美術館へ行った。この美術館は明治時代から保存された赤レンガの建物に入って、緑の芝生に囲まれ敷地内にも彫刻などが置かれているから、そのおしゃれ感は東隣にあった世界遺産の姫路城とは対照的になった。
展示ホールを回る時、真琴は展示品を見るふりをして、時々後ろや横から窪田のことをこっそり見ていた。気づかれそうになった時、慌てて視線を逸らしたが、窪田は彼女の視線を何となく感じていた。それでも、彼は何もせず知らないふりをした。
美術館から出た二人は窪田がお勧めしたカフェで息抜きすることになった。
「いろんな所へ連れ回ってありがとうございました。ここは私のおごりです。」
「まあ、時間潰しとしては悪くないな。地元だけど、行ったことないところってまだたくさんだから。それに、家にいたら、多分母はいろいろ言われるしな。」
「私は避難所ではありませんけど。」
「臨時避難所として使います~」
「せっかくの夏休み、後輩と課題の集材で時間を費やすって勿体ないじゃないですか?」
「じゃ、おすすめの夏休みの過ごし方って何?」
「友達と遊んだり、旅行したり、デートしたり。」
「まあ、最初の2個はもうやってるけど。」
「何で彼女が地元に来なかったですか?ああ、聞いちゃいけない話だね、すみません。」
「何で俺の彼女に興味あるの?」
「興味ではありません、ただ気になるだけ。」
「そっちこそ、何で彼氏と一緒に来ないの?」
「そういう人はいません。」
「でも、彼女は彼氏の帰省に必ず付き合うという決まりはないよな?」
「そうだけど、でも…夏休みを一緒に過ごせないですか?」
「あいつは今頃忙しい。」
「勉強?それとも演劇のこと?」
「俺の彼女を知ってたんだ?」
「ハルから聞いた。この前の舞台で先輩の彼女はリクの相手役だそうです。」
「そうか、別に隠していないから、知られても構わない。あいつは今頃オーディションで忙しいから。それに、昔一回姫路に来たことあるが、あまりここ好きじゃないみたいだし、以降誘われなくなった。」
「オーディション?」
「この前の公演に、ある芸能事務所の幹部たちが来たみたい。それで、演劇部の数人にオーディションに来て欲しいって。」
「ああ、その話、ハルから聞いた。確かに、桑原先輩もリクも誘われたみたいですね?」
「多分同じオーディションだ。で、受かったら契約されてデビューもできそうらしい。」
「それはいい話じゃないですか。神田先輩の演技結構いいじゃないですか?」
「俺には分からないな。うまいかどうか、でもあいつは本当に女優を目指していたらいいだけど。」
「デビューして欲しくないですか?」
「別に、それは神田の人生だし、彼女がそうしたかったらいい。ただ、俺たちの人生設計はちょっとづつずれていると感じる。」
「別の方向へ行っても、心が一緒にいったら問題ないよ。」
「気持ち的に離れ行くとしても?」
「それは…分かりません。そういう経験がありませんので。」
「だよな。悪い、恋愛相談はここでおしまい。」
窪田はどうやら神田との関係について何らかの悩みがあったそうだ。いったい二人の間にどんな問題があるか分からないが、真琴はこれ以上聞かないようにした。窪田の恋愛相談に乗りたくないし、それにもし彼と神田の問題が解決しても真琴にとってメリットはなかった。
別れの際、窪田は真琴の次の日の予定を聞いた。
「明日は淡路島へ行くだけど。」
「じゃあ、明日舞子駅で待ち合わせしましょう。」
「ええ?何で?」
「バイクで行こう。一緒に。」
「先輩も?」
「久々淡路島へ行ったことがないから、気分転換で。」
「姫路からそんなに近いと思わないけど。」
「バイクならそんなに遠くない。」
「私のことを気遣うしなくても…一人でも行けるし。」
「俺は行きたいだから、いけない?」
「いいえ、じゃ明日待ち合わせしましょう。」
「じゃ、早く帰って休めよ。また明日。」
「はい、おやすみなさい。」
神戸帰りの途中、真琴はどう考えても理由が見つからなかった。一体どうして窪田は一緒に淡路島へ行こうとしたの?だけど、彼の提案にまんざらでもない自分もいた。窪田と一緒にいられることは真琴にとって贅沢な時間だ。だから、どんなに短くてもいい、彼との一分一秒を大切にするしかない、たとえこの先はこういうことが二度と起こらなくても。
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