第15話 超えられない境界線
夏公演がやって来た。
部室での出来事から一週間以上が経ったが、晴夏と陸翔の間に未だに微妙な空気が流れていた。それでも、二人はまるで暗黙の了解が成立したように、あの日のことを再び提起しないまま舞台の準備に集中した。幸いなこと、あの稽古のおかげで陸翔はようやく役の心境を掴めたように、相手役の先輩との稽古も佳境に入った。
公演は4部構成で、春夏秋冬をテーマにした恋物語だ。夏の部は晴夏が演劇部に入ってから初めて書いた脚本なので、真琴は親友を応援するために、発売初日に早速チケットを買った。晴夏は真琴に窪田を今回の公演に誘ってみたらと提案したが、彼女は断った。
「わざわざ彼だけを誘って、不自然だと思わない?やっぱりやめとく。」
だけど、予想外のことが起きってしまった。
公演当日、窪田はなぜか手に花束を持ちながら舞台裏に現れて、晴夏と陸翔にばったり会った。
「窪田先輩、何でここにいるんですか?まさか私たちを応援するためにチケット買った?それにしても、何で花まで?まさか陸翔にあげたいじゃないよね?」
「ああ、晴夏と陸翔か。いや、ちょっと用があって。同級生が演劇部の人なので応援に来た。」
そう言った直後、ある女性が窪田の後ろから飛びついて彼を抱きしめた。窪田はその女性を見て珍しく満面の微笑みになった。この光景を見た晴夏と陸翔は驚いた。
なぜなら、その女性は陸翔の相手役を演じる3年生の神田先輩だ。
「慎也、来てくれたんだ。」
「来ないわけにはいかないだろう。はい、これ。」
窪田は手に持っていた花束を神田に渡し、彼女はすごく喜んでいて彼の頬にキスした。
「ありがとう。ああ、後輩たちとも知り合いだね。」
「この前に言っただろう、登山部の岸を通じて知り合った。で、晴夏と陸翔はこの前岸の誕生日会に誘われた。」
「本当に不思議な偶然だね。今回は陸翔くんが相手役として初めて一緒に芝居したから、正式に紹介しようと思うの。じゃ、改めまして、こちらは私の彼氏窪田慎也です。」
晴夏と陸翔はお互いの顔を見てどう反応するか困っていた。二人はただ幸せオーラに包まれていた窪田と神田を見ていた。
そしたら、晴夏は彼らの後ろにいた真琴を見つけた。真琴は顔色が真っ白になり、ただそこで立ち尽くしていた。二人の視線が合ったが、真琴は頭を横に振っていた。晴夏はそれをどういう意味なのかすぐ分かった。
「来なくていい。私は大丈夫だ。そっとしておいて。」
真琴は反対方向へ歩き出して客席へ行った。そんな悲しんでいた真琴を見た晴夏はすぐでも彼女の傍に行ってほしかったが、今は舞台のことでどうしても出来なった。
晴夏は準備のことを口実にして、窪田と神田に挨拶して彼らから離れた。セット裏でスタッフと話を終わったところ、陸翔は現れた。
「さっきのこと、真琴は見たよね?」
「多分一部始終をすべて見た。でも、窪田は彼女がいるってことをすでに知っていたが、まさかその彼女は神田先輩だね。」
「じゃ、真琴を探しに行くか?」
「さっき連絡した、今は客席にいるみたい。」
「そうか。心配するでしょう?」
「心配するけど、今は集中すべきこと別にある。」
晴夏はいきなり両手で陸翔の右手を取って強く握りしめて、まっすぐに彼の目を見つめた。
「リク、あの…この前に機嫌が損ねたことをしたかもしれないから、ここで謝る、ごめんなさい。つまり私が言いたいのは…その…あれで今日のパフォーマンスに影響するかもしれないと思って、もっと早く謝るべき…」
「別に怒ってないから。俺も置き去りにしたこともいけなかったし。」
「よかった。もう仲直りだね?」
「喧嘩した覚えがないけど。」
二人はお互いを見て笑い出した。
「今回は私たち初めて一緒に作り上げた舞台だから、絶対成功させて欲しい。あなたなら、きっと自分の演技で観客を魅了できるし、そして俳優としてもっともっとうまくなれるはず。だから、桧垣陸翔の才能を思い存分みんなに見せましょう~」
晴夏からの励ましの言葉を聞いた陸翔は胸が熱くなった。そしたら、陸翔は晴夏の自分の方に引き寄せてしっかり抱きしめた。
「信じてくれてありがとう。あなたの台本を台無ししないように精一杯頑張るから。楽しんで行こうぜ~」
お互いの体温と鼓動を感じながら、二人はしばらく抱き合ったまま何も言わなかった。周りからスタッフの声が聞こえてきた時、二人はようやく離れた。
「じゃ、そろそろスタンバイだ、行ってくる。」
「いってらっしゃい!」
一方、真琴は舞台裏で見たことを何度も頭の中に繰り返し再生した。本当に絵になる二人だな。前は窪田の彼女を遠くから見たけど、まさか晴夏と同じ演劇部の人とは知らなかった。神田がなぜそんなに美しく見えたのは、女優としての自信満々さと美しい外見だからと思った。そして、窪田に愛されいたし、恋愛中の女はさらに輝いていたでしょう。だから自分は神田にかなわないだ。だから窪田は神田以外の人に見なかった。真琴の外見は結構可愛いだけど、神田の華やかな容姿と比べたら話にならないぐらい地味だ。でも、これはあくまでも自信喪失の真琴の思い込みだった。
窪田は観客席に来た時、彼はかなり後ろに座っていた真琴を気づかなかった。でも、真琴は彼の姿を目で追っていた。
開演後、真琴は窪田の存在を気にしすぎたせいで、あまり舞台上のことを見ていなかった。夏の部が始まって、真琴はようやく舞台に集中し始めた。
予想した通り、陸翔は今まで違う一面を見せて、控えめな演技でみんなを引きつけた。晴夏の台本はとても繊細だし、主人公の二人の心境を丁寧に描いたおかげで、彼と神田の素晴らしい演技も相まって、観客を感動させ泣いている人が結構あった。
夏の部が終わって、真琴は窪田の方へ見た。彼はすごく誇らしげな笑顔で舞台上の神田を見つめていた。やっぱり、彼の目には神田しかいなかった。
観客の熱烈な反応を舞台袖から見ていた晴夏は感無量だった。たくさんの時間と努力をかけて、こうした形で実らせ、そしてファンやスタッフに囲まれた陸翔は眩しいぐらい輝いていた。離れたところからこの光景を笑顔で見ていた晴夏は、この瞬間かみしめった。
これからも陸翔をもっと輝かせるためにいい台本を書きたい、晴夏は内心でこう誓った。
舞台終了後、みんなで後片付けが終わったら一緒に打ち上げに行くことになったが、晴夏はどうして真琴の様子を気になった。でも、せめて一次会を参加しなければならないので、仕方なくみんなと同行した。そんな晴夏を見た陸翔は、牧野部長に用事があるから晴夏と先に帰りますと言ったので、彼女を一次会から連れ出した。
「せっかくの打ち上げなのに、しかも今回は主役だよ。あなたはどうして一次会から抜け出したの?」
「あなたは落ち着かないから、気になってた。」
「じゃ、私は自分で帰ればいいよ。あなたは戻った方がいいって。」
「いいから、家まで送って、早く真琴の傍にいてあげて。その代わりに約束して欲しいことがある。」
「何?」
「私たち二人きりのお祝いをしよう、初共同作業の舞台の成功。手料理が欲しい。」
「分かった。それぐらいはできる。」
「よかった。じゃ、早く帰ろ。」
陸翔は晴夏を家まで送った後、自分で帰った。晴夏は家に入って、リビングが真っ暗になっていたが真琴は無言のままソファに座っていた。電気をついて室内が一気に明るくなったにも関わらず、真琴は反応せずただぼっとしていた。
「ただいま、マコ。」
晴夏の声を聴いた真琴は顔をあげた。目はすこし赤くなったから、多分さっきは泣いていた。晴夏は何も言わずに真琴を抱きしめた。
「泣きたいなら泣けばいいよ。我慢しないで。」
「さっき泣いた、今はもう涙が出ない。」
「そうか。ごめんね、私が知らなかった。」
「何で謝るの?別にあなたが悪いことをしたわけじゃないよ。」
「もし、神田先輩が窪田の彼女であることを知れば、絶対マコを舞台裏に呼ばない。あんな光景を見せてしまったから、ごめん。」
「まあ、前には同じような場面を見たことあるし、ただ今回は窪田の彼女の正体を分かったから。ちょっとショックかも。」
「で、これからどうする?」
「だって勝ち目はないでしょう?あんなにラブラブなのに。」
「前に聞いた話では、二人は1年生の時から付き合っていた。」
「そうか、お似合いの二人だよね。」
「まあ、初恋って実らない方が多いって言われるじゃない?今回はダメになっても、次はもっといいひとが現れる。」
「晴夏はいつもそう言ってたね、本当にそうなるといいけど。ああ、何でそんなに早く帰ってたの?打ち上げはどうだった?」
「マコのことが心配で落ち着かないから、陸翔は私を連れ出して帰らせた。」
「陸翔は優しいだね。そして晴夏のことをいつも見っているよ?」
「何を言ってる?話題を私に振らないでよ。」
「この前のこと、錯覚じゃないでしょう?君たちはさあ、明らかに両想いって。」
「そうだったとしても、私は彼と男女の関係にならない方がいい。陸翔は有望な俳優で、私がやりたいのは彼の才能をみんなに見せたいこと。でも、男女関係になると、私はきっと不安と独占欲で彼を縛りたい。彼が他の女優とキスシーンやラブシーンをやる時はきっと耐えられない。彼は誰かと浮気していないかをずっと考えているかもしれない。そういう嫉妬に飲み込まれそうな自分が彼に嫌われるのは時間の問題だ。だから、陸翔と一緒にいられる時間を長くするために、私たちはその一線を越えない方がいい。」
「あなたはそう思っても、陸翔はそう思わないかもしれないよ。だって…」
「だから、私は二人の間にある境界線をしっかり守っていればそれでいい。」
「人の気持ちを本当にそこまでコントロールできると思う?」
「これは私たちのためにやるべきことだ。だから、そうするしかない。」
そんな晴夏を見て、真琴は自分の中にも決意をした。今すぐ窪田を愛さないということが出来なくても、せめて彼と距離を置いて境界線を作った方が自分のためにもなる。
同じく境界線を作ろうとして二人は別々な理由でこう決めた。
晴夏は陸翔を愛するから、彼と距離を置こうとした。
真琴は窪田をこれ以上愛さないために、彼から距離を置こうとした。
でも、自分がこう決めたとしても、状況は自分が思うようにはなれなかった。
だって、恋愛は予測不可能のものだ。
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