第14話 見えなくても感じられる
7月の夏公演の前に、期末テストが迫られる中、稽古との両立で演劇部のメンバーは忙しかった。
同じく夏の部分を担当した晴夏と陸翔は最近一緒にいる時間が前より増えていた。全員で稽古する時は全体の流れチェックや問題点を見つけ出す以外、晴夏は主演の二人と台本の確認と演技の話し合いをしなければならなかった。一年生にして、しかも初めて舞台劇を一から作り上げるというのは簡単なものではなかった。いくら4部構成の舞台劇とは言え、もし夏の部が良くなかったら、全体の流れに悪い影響を与える。意地でも成功させてやるという意気込みで、二人は必死に頑張っていた。
夏の部のストーリーはある男女の別れ話だ。年上の女先輩と年下の後輩が学生時代から付き合い始めて、ずっとラブラブの感じだった。先輩が先に社会人になって、会社で新しい男と出会い、まだ学生だった彼氏とすれ違いが多くなり、結局気持ちが冷めてしまった。最後の思い出として、二人は別れ旅へ行って、花火大会が行われる最中に離れ離れになった。消えた花火は二人の消えた恋の象徴になるので、陸翔の役の見どころは最後の別れのシーンで、遠くから聞こえた花火の音と観客の歓声が自分の悲しみや虚しさと対照的になり、そういう気持ちをどう表現するかがポイントだ。
今まで陸翔がやっていた役はあまりこういう控えめな演技を見せるチャンスがなかった。彼はイケメンで、演技もいいから、女性ファンが多く、それでカッコつけるような役が結構あった。だけど、晴夏は陸翔の違う魅力を引き出したかったので、あえて振られた役を彼に与えた。オーバーアクティングにならないように、どうすれば男のこの虚しさと悲しさを表現するのかはとても難しいだ。それに、陸翔はずっとモテモテなので、誰かに振られた経験もないし、役の心境をどうしても同感できなかった。おまけに、相手役の女優は三年生の先輩で、もともと親しい間柄ではなかったから、二人の間にケミストリーがどうしても欠けていた。
そういうことなので、主演の二人の稽古はあまりうまく進まなかった。公演の日がどんどん近いてくるにつれて、イライラする気持ちも自然に高まった。土曜日の全員リハーサルが終わり、晴夏と陸翔は部室に残り演技の打ち合わせと稽古を続くつもりだが、相手役の先輩は用事があって一緒に残ることが出来なった。
「で、どうする?彼女役の人はいないし、どうやって稽古するの?」
「私がやる。」
「あんたが?演技したことないよね?」
「脚本は私が書いものだから、大丈夫だよ。」
「まさか、キスシーンもやるの?」
「それは見せかけっていいから、稽古で本物のキスをするってあり得ないでしょう?」
「何だ、キスできると思った、残念~」
「嘘つき、私なんかとキスしたくないくせに。」
二人は最初のシーンから稽古を始まった。初めて晴夏の演技を見た陸翔は驚いた、自分が書いた脚本だからこそかもしれない、晴夏はセリフに込められた気持ちを的確に把握し、そしてうまく伝えられた。キャラを演じるよりも、晴夏はそのキャラになりきってに自分の動きと気持ちで陸翔の演技に反応した。そういう熱意に負けられず、陸翔は彼女の演技に精一杯応えた。先輩とやる時は全然違う感じだし、やりがいもあって、本当に目の前にいる人を本気で愛し、そして本気で引き留めたかった。
夢中になった二人は最後の別れシーンにやり始めた。遠く離れたところに打ち上げた花火の音が聞こえるという設定だ。
「今まで、一緒に過ごせた時間は幸せでした。」
「後悔しない?」
「決めただから、もう後戻りはできない。」
「あなたって、本当に残酷な女だな。」
「心にもう一人の男がいるのに、あなたを騙し続けるの方はずるい。」
「それでもあなたを手放したくないだ。」
「今はそう思うけど、きっとこれから君だけを愛する人が現れる。」
「預言者かよ、そんなことどうやって分かる?これから誰も愛せないかもしれない、あなたの裏切りのせいで。」
「分かるよ。どんな傷でも消える、あなたはきっといい女と出会える。じゃ、元気でね。」
そう言った後、晴夏は陸翔に背を向けて歩き出した。そしたら、ものすごい勢いで後ろから抱き着いた。この行動が来ることは事前に知ったとは言え、今までのリハーサルで陸翔はここまでの勢いを見せなかった。それに晴夏は彼と体の密着で初めて意識したのは、彼は異性であり、そして彼に抱きしめられた腕に込められた力は半端じゃないことだ。自力で彼から離れられないぐらい強かった、そして陸翔の体の匂いと体温で晴夏の顔が赤くなったのを自覚した。
一方の陸翔も初めて晴夏を抱きしめたので、普段は一般女性より背が高いだと思っていたが、晴夏は意外と自分の腕にぴったり収まった、抱き心地も予想外に良かった。何だか離したくないという考えまで浮かび上がったが、陸翔は自分たちは今だに稽古中ということを思い出して、次のセリフを言った。
「もうすこしだけ、もうすこしあなたを抱きしめたい。」
ここで晴夏のセリフはないから、ただじっとして陸翔に抱きしめられたままにいた。どのぐらいの時間が経ったが、二人はこの体勢を維持した。お互いの心臓の音をはっきり聞こえた以外、晴夏は陸翔の息が自分の首に感じられることで、更に鼓動が早くなり自分の呼吸を乱れ始めた。陸翔に気づかれたらやばいだと思い、晴夏は力いっぱいで陸翔の腕から離れた。
「もういいよ。これでおしまいだから。」
「最後だけ、キスしていい?」
「こんなことしても何もならない。」
「思い出としてキスで別れたい。最後のお願いだから。」
答える前に、陸翔は晴夏の顔へ近づいた。至近距離でもうすぐキスされそうな感じで、二人はお互いの目を見惚れた。本当に陸翔がキスしてくるかなってちょっとだけ期待してしまう晴夏。そして晴夏にキスしたくても、向こうの反応を気になって中々その一歩を踏み出せない陸翔。様々な思いを頭の中にごちゃごちゃ混ぜながら、二人は曖昧な空気に包まれた。
だけど、魔法が解けた時が来た。陸翔の携帯が鳴ったせいで、二人はようやくお互いへの視線を逸らし、距離を取っていた。陸翔は電話を出た後、二人は元通りになったみたい。
「さっきの演技はすごくいいよ。そのまま…えと、その調子で先輩と一緒にやれば本番はきっと大丈夫だから。」
「さっきのは本当に演技だと思う?」
「もちろん演技だよ。あなたはやればできるじゃん、これでイケメン俳優から実力派俳優への第一歩に間違いない。」
「演技と本当の気持ちを区別できると思う?俺はもし演技ではなく、本気で…」
「演技を本当の気持ちのように見せられるなら、役者として大成功じゃない。」
そう聞いた陸翔は何も言わず、荷物を片付け始めた。
「どうしたの?褒めてるのに、なんか機嫌が悪くなったね。」
「もう今日のお芝居は終わってもいいじゃない?だって、これ以上やっても意味ないし。所詮あんたは俺の相手役じゃないので、先輩と同じ効果を出せるかどうかの方は重要だから。大体の感覚が分かればそれでいい。」
「まあね、私と練習しても多分役に立たないけどね。下手な演技で悪かったね!」
「それじゃ、お先に、用事があるので。戸締り確認よろしく。」
機嫌が悪くなった陸翔は晴夏の顔を見ずに、彼女をそのまま部室に残して自分で出て行った。
晴夏は窓際へ行って、陸翔が歩いて行く姿を見ていた。すごく怒っていることは分かった。陸翔のイライラはどこから来たのかは知ってたけど、何もできない、いや何もしたくないの方は正しいかな。
陸翔の演技は彼自身の本当の気持ちが含まれていた。でも、晴夏はそれを見ぬふりをして、何とも思ってない口実で彼を怒らせた。晴夏はさっきの芝居で陸翔の気持ちを微かに感じていたが、冷静になった途端、二人の間に恋仲になる可能性をすぐ拒否した。
陸翔を好きになったとしても、絶対彼とは付き合いたくなかった。始まらなきゃ終わりは来ない、だから陸翔と友達のままでいい。彼みたいの人はみんなに愛されるし、自分ひとりのものにはなれない、向こうだってそのこともできない。だとしたら、浮気しそうな人と一緒になるというのは、生き地獄にいるみたいだし、結果も事前に見えてくる。両親のことを見て来ただから、その生々しい痛みをもう一度体験したくない。
一方の陸翔は晴夏のあの反応にどうしても冷静になれなかった。お互いは向こうの気持ちを感じていたはずなのに、彼女の反応はあまりにも自分を馬鹿にしたから、つい切れちゃった。拒否された屈辱感が湧いてきて、彼女をそのまま部室に残した。しちゃいけないと思ったのに、陸翔はその時ただ現場から離れたいと思っただけ。
それからの二人は何もなかったのように皆の前で接していたが、二人きりになった時の陸翔は晴夏に冷たい態度を取っていた。晴夏はその状況を改善しよともせず、ただ陸翔を友達扱いしていた。陸翔もわざと他の女子と仲良くなる場面を晴夏に見せつけたけど、彼女はあまり反応しなかったことでさらに腹立った。
そして、夏の公演の日がやって来た。
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