第10話 崩れ落ちる壁
ここはまさに夏を満喫できるような天国だった。
白い二階建ての別荘の前に、緑あふれる公園と一望できる海と空。夏休みのピークがまだ先だから、こんな絶景を独り占めするみたいに、みんなは到着した時思わず感嘆した。
晴夏はさっきまでまだ憂鬱な感じになっていたが、さすがにこういうところに来ると元気が出た。元々海派なので、海が見えるところにいるといつもテンションが高かった。
次々合宿所に到着した演劇部のメンバーたちは荷物を別荘内に運んでから、部屋決めをした。1階と2階に2部屋づつあり、男子は1階で女子は2階に寝ることが決まった。
4年生と3年生の幹部たちはまず一階にあるリビングで会議を開始した。残りのメンバーは別々のチームに分かれ、別荘の掃除、夜のBBQの食材の調達と他に必要な物の買い出し、そして昼食の準備をした。
晴夏は桧垣と他の二人の1年生と買い出しに任されたので、近くにある漁港と市場へ車で向かった。4人の中に免許証を持っていたのは桧垣だけだから、彼が当然運転席に座り、助手席に晴夏はいた。海沿いの道路を走りながら、みんなは青空や白い雲とキラキラ輝く海が見ながら、ラジオから流れる歌にリズムに合わせて合唱した。と言っても、一番ノリノリだったのは晴夏で、桧垣は運転中で一緒に歌わなかったが、横目でずっと晴夏を見ていた。さっきまでまだ暗い表情を見せた晴夏が今は満面の笑顔になっていて、これを見た桧垣も自然と表情が柔らかくなった。
桧垣と晴夏は漁港の方へ海産物などの食材を、同伴の二人は市場で肉や野菜などを買いに行った。二つの場所はちょっと離れていたので、両組は事前に集合時間を決めて、漁港組が市場組を迎えることになった。晴夏の地元は海沿いの町で、料理も頻繫にするし、魚介類に結構詳しかった。桧垣は彼女の後ろに付いて行き、時々意見を言った。
「桧垣、どんなものが好き?」
「貝類ならどれもいい。」
「じゃ、一般的なものにするか?例えばカキ、サザエ、ハマグリ、ホタテ、アワビならみんなの好みに合うはずだと思う。」
「アサリを使ってみそ汁でも作れるか?」
「ナイスアイディア!」
「あとはカニとエビかな。」
「焼き魚も悪くない。」
「おお、まさかあなたは美食家?食に対するこだわりが多いそうね。」
「食べるのは得意だけで、作れないけど。」
「今夜は沢山の美味しいものが出すから、どんどん召し上がれ!」
買い物を済んでクーラーボックス何個を車に乗せてから、桧垣と晴夏は市場へ向かい、駐車場の傍にあるベンチに座った。どうやら市場組はまだ買い物中なので、桧垣と晴夏は暇つぶしのため、ジュースを飲みながら周りの風景を見ていた。そしたら、桧垣から晴夏に声をかけた。
「なあ、秋山…聞きたいことがあるだけど。」
「何?」
「俺のことに気に入らないの?」
「ええ、何で?」
「なんかいつも嫌味たっぷりのトーンで俺と話をしたから。何かいけないことでもしたか、全然思いつかない。」
晴夏は自分が桧垣に見抜かれたと感じて、必死にごまかそうとした。
「とんでもないです、そんなことがありません。」
「嘘くさいだけど。わざわざ敬語で否定するから。」
「いや、嫌いじゃないけど、好きでもないのは本当。正確に言うと苦手?」
「まさか前のセリフ変更事件で嫌われた?」
「もっと前だけどね…ハハハ。歓迎会で初登場した時、なんか俺様の態度で、女子からのキャーキャーをまんざらでもない顔で…つい…」
「俺はそういう態度を取った覚えがないだけど。」
「あくまでも個人の見方なので、気にしないでください。」
「てっきり俺があなたに何か悪いことをしたかなって、ずっと引っかかってた。」
「それは大変失礼いたしました。」
「また嫌味かよ。」
「今後気を付けます。いいえ、今後気を付ける。ほら、敬語を使ってないだよ?」
そういうふうにふざけている晴夏を見て、桧垣が笑い出した。晴夏は初めて桧垣の笑顔を見た気がして、やっぱり本当に見惚れるぐらい魅力的な笑顔だった。だから、女子たちはメロメロだね。
「まあ、これで誤解が解けたし、敬語は今後禁止だ。同級生で敬語だなんて、気持ち悪い。」
「今更だけど、私たちは最初からお互いのことを呼び捨てたよね?苗字で呼び合ってるし。何でかな?」
「多分セリフ事件で君が腹立ったから、最初は桧垣くんと呼んでいたけど、その後は桧垣だけになった。」
「あんただって最初は秋山さんって呼んだでしょう?今は秋山だけになってる。」
「じゃ、どうする?このまま苗字で行く?」
「下の名前で呼ばれても平気だけど、君のファンに誤解されたらごめんだ。」
「苗字で呼ぶには長いし、下の名前でいい?ハルっていい?」
「じゃ、リクで行こう~」
お互いを見つめながら笑い出した。丁度その時、市場組は帰って来て、すべての荷物を車に積んでから、みんなで一緒に合宿所に帰った。
合宿所に戻った時、幹部たちの会議はまだ終わっていないようだ。晴夏は昼食用の材料をキッチンに運び、ランチチームに渡していた。そしたら、その中にある先輩にみそ汁を作るように頼まれた。さっき陸翔は漁港で言ったアサリみそ汁の提案を思い出して、さっそくアサリの砂抜きを始めようとした。
陸翔はすべての荷物を別荘内に運んでから、晴夏の後ろに回り、何をしているかを知りたかった。
「何をしているの?」
「みそ汁用のアサリの砂抜きだ。」
「それって結構時間がかかるでしょう?」
「ええ、こういうこと知るんだ?」
「バカにしてる?うちのおふくろがやったのを見たことあった。でも、ランチまで一時間しかないのに、どうやるの?」
「まあ、これから魔法を見せますから~」
そう言った晴夏はアサリをザルに入れて、それをボウルと重ねた。45度ぐらいのお湯で約20分ほどアサリをつけておいて、あとは流水をかけながらアサリ同士を擦りあわせ、最後に洗うだけで砂抜きを完成した。陸翔はそんな晴夏を見てうっとりした。
「この女は俺が思った以上面白いだな。」
ランチの時、みんなは晴夏が作ってくれたアサリみそ汁を絶賛した。晴夏はみんなの喜ぶ顔を見て、自分でも幸せな気持ちになった。彼女は陸翔の分を出した時こう言った。
「ほら、できたじゃない?これ、美味しく食べてね~」
陸翔は自分の何気ない発言を覚えててくれて、そしてこんな美味しいものを食べさせてくれた晴夏に感謝でいっぱい。上京してからの数か月間、周りの注目や関心に浴びても、どこかで寂しい気持ちがあった。だけど、晴夏のさりげない優しい行動が、一気に自分の心の穴を埋めた。
そして晴夏も陸翔がこのみそ汁を美味しく食べてくれたことに感謝した。誰かのために、そして相手が喜んでくれることをするって、やっぱり自分まで幸せな気分になるねと思った。
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