第8話 初恋の煩い

家に帰って、晴夏が晩ご飯を用意している間、真琴は先にお風呂に入った。


湯船に浸かりながら、真琴は今日の出来事を思い出した。


窪田と出会った時の印象はあまりにもよくなかったから、彼のことよく知らなくてもすでにある程度の偏見を持っていた。だけど、今日のたった数時間で彼に対する見方が大きく変わった。窪田はいつも素っ気ない態度を取っていたが、実際に他人への心遣いがちゃんとあるみたいで、さりげなく他人のためにいろんなことをしてくれた。


例えばチームBに一人の新入女性部員が山頂に到着した時、急に過呼吸の症状を発生していたため、窪田は誰にも呼ばれたわけでもなく、すぐその彼女の傍に駆けつけて、呼吸調整を指導し落ち着くまで一緒にいってくれた。真琴が今まで見てきた彼なら、そういうことは絶対しないはずなのに。それと御岳山山頂へ行った時、真琴が窪田は誰よりも先に山頂へ行ったことについてあまりよく思えなったが、実は彼が全員分の水を入れた箱を先に山頂まで運んでくれた。こういうことを誰にもアピールせず、ただ黙々と裏でみんなのサポートをしてくれた。


だけど、真琴は彼からの優しい行動をあまり深く考えたくなかった。沢で転びそうになった自分を支えたことも、自ら写真を撮ってくれたことも、バイクで東京まで送ってくれたことも、単なる後輩に対する優しさでしょう、自分が特別扱いされていなかったはず。だけど、自分の心にある胸騒ぎをどうしても無視できなかった。転びそうな時に支えられて、初めてあんな近い距離で窪田と密着した、そして彼の後ろにバイクを乗っていた時も、彼の体温、感触と匂いが頭からどうしても離れなかった。


いつまで経ってもお風呂から出てこない真琴を心配して、晴夏はお風呂のドアをノックした。


「おい、まさか溺れたわけじゃないよね、マコちゃん?」


晴夏の声を聞こえた真琴は慌てて返事した。


「もうすぐ出るから。」


晴夏は真琴が家に帰ってから何かを考えいるみたいだと気づき、直感ではさっきのバイク男に関係していると思った。


ようやく食卓に姿が現れた真琴は、晴夏が意味深いそうな表情で彼女を見ていた。だけど、晴夏は何も言わずにただご飯を食べ始めた。食べている最中、晴夏は他愛のない話をしているけど、真琴は晴夏が別に聞きたいことがあると分かり、自分から話し始めた。


「聞きたいことがあるでしょう?」

「まあ、自分から話すのを待っているよ。だって、マコはもし自分から話したいと思わないことなら、私はどう聞きたくても本音を言わないタイプだし。」

「よく私のことを理解しているよね。」

「さあ、告白の準備はできましたか?どんな悩みでも聞きますよ、マコ様。」


真琴は晴夏のこういうユーモアセンスにいつも癒されていた。どんなに深刻な状況でも、どんなに大変でも、そのユーモアがある限りどんな困難でも乗り越えそう。そして、晴夏の深く干渉しないところにいつも感謝している。無理矢理しつこく聞いたりはしない、ただ真琴は自分から話せるようになるの時を待っている。


「別に悩みじゃないけど、今日はちょっといろいろあって。」

「ミスター・バイクに関係ある?」

「何でそのあだ名?」

「ただバイクを乗っていたからでしょう?」

「まあ、関係あるよ。」

「ええ、彼は誰なの?」

「登山部の先輩。」

「鬼トレーナー先輩?」

「そう。」

「ええ、どうして?すごく嫌いなやつでしょう?」


そしたら、真琴は今日の出来事を晴夏に全部打ち明けた。聞き終わったら、晴夏はこう言った。


「要するに、マコは今混乱している理由はこうでしょう?元々この窪田先輩にあまりいい印象を持っていないが、今日一気に彼のことでドキドキな感情が湧いてきたから。それはあり得る話だと思うよ、別にマコは変と思えない。」

「そうなの?」

「昔、パパから聞いた話だけど。彼は元々うちのママに興味なさそうで、ある日を境にいきなり好きになったことを気づき、それからべた惚れになってできちゃった婚までした。まあ、そのべた惚れの結果は私でございますけど。」

「私はそういう…」

「別にいますぐ告白しろとか言わないよ。もうちょっとゆっくりでいいから、窪田先輩のことを観察していくのをいいと思うよ。今のときめきは一瞬の感じなのか、それとももっと深い感情につながるか、見極めることが重要。でももっと大事なのは、マコは自分の気持ちを先入観なく最初から否定しないこと。好きになったらそれでいい、好きじゃなくてもそれもいい。自分に素直になれよ。」


真琴は晴夏のアドバイスで迷いが一気に消されたように感じた。やっぱり、晴夏は自分の一番の理解者だ。


家庭環境に関係するかもしれないが、真琴は自分が誰かに愛されることを信じていなかった。父に無視され、期待されず、兄弟とも仲良くなった記憶もない、そして特に愛情が溢れるような育ち方でもないから、真琴はあの家にいる自分はまるで存在感なしで存在価値なんかもないと思った。自分の気持ちを抑えることに慣れてきたので、表向きではみんなと仲良くしたけど、実際の彼女は誰にも心を打ち明けることがなかった、少なくても晴夏と出会った前には。


真琴の初めて彼氏ができたのは高1の春だった。相手は高3のバスケットボール部の主将で、ルックスもいいし勉強もできたから、学校内は人気者だった。そんな人が好きになってくれるなんて、真琴はつい浮かれてしまって幸せの絶頂にいた。だけど、真相はいかにも残酷だった。その彼氏は真琴自身ではなく、その家柄と力関係に興味があったそうだった。医師一家だし、お父さんも病院の外科部長も勤めていて、彼氏はそのコネを利用したくて地元の医学部に入ろうとしていた。真琴はそれを知ってすぐに彼氏と別れたが、この件で人間不信をさらに強くなっていた。


そんな時でも、晴夏は真琴にこう励ましてくれた。


「あなたの存在価値は誰からのものではなく、自分が自分自身に与えるものだよ。私を見れば分かるじゃない。母親に愛されず捨てられたけど、それは私の問題じゃないだから。それに私が生きていることに喜んでいる人だっているし、あんな人のせいで自分を苦しめないでよ。私はマコが生きていることに感謝しているよ。だから、あんな男を忘れて、次はもっといいやつと出会えるんだよ。」


だから窪田は自分に特別な思いなんて持ってるはずがないと思っていた。


真琴は晴夏と相談できたことで、窪田のことにあまり深く考えないようにしていた。なるべく今まで通り彼と接触したが、内心では自分の気持ちがもう変わったと気づいた。彼は前と同じような素っ気ない態度で真琴と接していたので、あの日御岳山でのことはまるで幻かあるいは自分の妄想かなだと思った。


そして、ある日の昼下がり、登山部の部室で集まったメンバーが騒ぎだした。部長が入って来た同時にいきなり大声で言った。


「窪田、お前のプリンセスが来たんだ。一階のフィールドで出迎えよ~」


これを聞いた部員たちは歓声が起こした。だけど、真琴はまるで凍りつくようにその場から動けなかった。窪田はいつものポーカーフェイスで無言のまま席から立ち上がって、一階にあるフィールドへ向かった。


真琴はどうしても知りたかった。窪田はいったいどんな人が好きなの?彼女はつい窓際に行って、下にあるフィールドを見下ろした。


窪田を待っている女の子は自分とあまりにも違うタイプだった。背中までの黒いストレート髪は、風に吹かれて踊っているよう見えるサラサラの感じだった。膝の上までの白いワンピースは、すごくオシャレで女らしい感じだ。そしてあの長くてきれいな足は、可愛らしいサンダルを履いていた。まさにプリンセスだね。


窪田を見つけた瞬間、彼女の顔が瞬時明るくなっていた。そして、窪田も満面の微笑みで彼女を見ていた。二人は何を話しているかは二階から聞こえなかったが、楽しいで幸せなオーラに包まれているのは間違いなかった。そして、別れ際、彼女は窪田の頬にキスした後、手を振りながらフィールドからゲートへ歩き出した。彼女の後ろ姿を見つめながら、窪田の柔らかい表情がとても印象的だった。


やっぱりだね、自分だけが勘違いしたと思った真琴。


好きな人を見ている窪田はあんな顔だったとは知らなかった。


「まあ、あんな顔は私とは一生無縁でしょう。」


真琴にとって、これで彼女が大学入ってから最初の恋愛、いや片思いが終わってしまった。

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