ビギニング Beginning

第2話 私たちの始まり

晴夏と真琴は親友になったきっかけが、今になってもうはっきり覚えられなかった。


二人の出会いは高校時代だった。晴夏は親の都合でこの地域に引っ越したばかりで、大学付属の高校に転入したのは1年生の二学期だった。こんな時期の転校ってちょっと珍しかった上に、周りの人はほとんど小中学からの知り合いだったので、みんなは晴夏のことを好奇心な目で見ていた。おまけに晴夏はそれなりのクール美人なので、男子生徒の目を引き付けたが近づけないオーラを放っていた。だけど、晴夏は元々一匹狼のような性格なので、一人にいても平気だし、こういうことで悩んだりはしないタイプだった。


逆に、真琴は全然違うタイプの人だった。クラスメイトの間にも、先生たちにも好かれて、勉強もスポーツも出来て、いわゆる優等生キャラだった。短いボッブの髪型、銀色縁の眼鏡、いつでもニコニコするの笑顔は彼女の特徴だった。


だけど、二人はお互いに持つ印象がこういうイメージとは全然違った。


晴夏は真琴のことを透明感がある氷だと思った。その完璧な顔は表向きのものだけで、本当の真琴は常に冷静で、周りと適当な距離をたもていながらので、彼女の本心に近づけられないと思った。真琴のことを見通したと思う人たちは、実際のところ、彼女の本性を分かっていなかった。


真琴は晴夏のことを青い炎だと思った。冷たい顔の下に、情熱が秘めていた熱い心を持つ人で、自分を誰かに傷づけられないために、人と距離をあえて置いていた。だから、彼女に近づけないとその暖かさを分からないはずだった。


二人の高校は地元ではかなり有名な進学校で、生徒のほとんどは東京の名門大学へ進学することが多い。二年生の時から、みんなは文系と理系に分けて、それぞれが目指す大学の入試を準備し始める。


同じクラスにいても、二人はあまり接点がなく、一度も二人きりで話すことがなかった。月一の席替えで隣同士になった時でも、挨拶ぐらいを交わした。


ある日、二人は放課後の教室で掃除を終えた時、真琴から晴夏に声をかけた。


「秋山さん、もうこの学校のことに慣れましたか?」

「どうでしょうね…まだ浮いているのは分かるですけど。」

「でも、あまり気にしないみたいですね。」

「もうバレた?まあ、一人にいる方が楽かもしれないですね。岸さんだってそうじゃない?」


二人は思わず笑い出してしまった。


「苗字で呼ぶのはやめてもいいですか?なんか距離感があるように、ちょっと変な気分です。」

「じゃ、敬語もやめましょう、晴夏ちゃん。」

「ちゃんはいらないよ、真琴。」

「そうだね。そうしよう。で、ずっと気になっていたけど、名前の由来を聞いてもいい?」

「まあ、親の思いを込められたと思うけど、私に似合わないと思わない?」

「どうして?」

「晴夏って、いつも夏の晴天みたいの暖かい存在になれという意味だよ。私のどこかそれに合う?」

「実際の晴夏は暖かい人だね、むしろ熱い方。」

「そんなことはないから。じゃ、真琴の名前はどういう意味なの?」

「真の意味は本当の自分でいられるように、それと琴を弾けるように優雅に生きてられる。」

「深いだね。真琴の親たちは本当にいい名前を付けたと思う。でも、真琴は本性を見せないのは誰も知らないだけど。」

「見抜かれたか?」

「まあね。」


この会話をきっかけに、二人きりで過ごすことが多くなった。二年の時、文系へ進めた晴夏と理系へ進めた真琴は別々のクラスにいても、下校時間を共に過ごしたことは日課のようになった。多分、二人は仲良くになれたのは、お互いの前で自分の本性をさらけ出すことが出来て、そしてお互いのことを偏見の目で見られないことかもしれなかった。


後に知った話では、晴夏は親の離婚で父の地元へ引っ越することになった。どうやら、彼女の親たちは10代のころできちゃった婚をして、二十歳未満の二人が大学を通いながら晴夏を育ていた。晴夏の父は当時大学1年生で、母は高校3年生だった。遊び盛りの年頃の二人は、育児や家計のことで頻繁に喧嘩をした。あまり子育てに興味ない母は、いつも晴夏を夫やベビーシッターに預け、自分が大学の友達と朝まで遊んでいた。社会人になっても、この遊び癖はさらに悪化し、やがて同僚と不倫までをした。晴夏の父はそんな妻に呆れたけど、晴夏のために離婚を躊躇していた。だけど、晴夏が高校1年生の時、母が不倫相手を家まで持ち帰ったところを遭遇したせいで、父はようやく娘のために離婚を切り出した。それから、二人は父の実家に引っ越して、晴夏の祖父母と暮らすことになった。


これがきっかけに、晴夏は母と会うどころか、連絡を取るにも拒否していた。晴夏の考えでは、母はどうせ自分と会いたくないだし、これで縁を切ればお互いにとっていいことだと思った。晴夏から見れば、父は毎日頑張って慣れない子育てをしながらも、大学からちゃんとした成績で卒業できて、そして出版社で編集者として就職できたヒーローであった。遊びばかりで浮気常習犯の母は、危うく大学卒業できなかった上で、就職しても3年以内でクビになって、その後職を転々とした人だった。二人の喧嘩を毎日見るよりも、ようやく離婚できたことは晴夏に待ち望んでいた結果だった。


晴夏の父は彼女の良き相談相手でもあったから、離婚後晴夏は進路のことについて話し合った時、父はこう言った、


「晴夏が進みたい道を前進すればそれでいい。後悔しないように生きていれば、それはお父さんにとって一番の幸せ。だから、どんな職業でも、結婚してもしなくても、子供が産むか産まないかもすべて晴夏が決まることだ。親たちの離婚で影響されず、自信を持って自分の人生を楽しもう。」


こういう父がカッコイイと思った。子供のころからも父の影響で本を読むことが好きな晴夏はいつか自分が作家や編集者になればいいと思っていた。父の後押しもあり、彼女は早い段階から東京の大学の文学部を目指していた。


真琴の家庭環境は比較的に裕福で、父は大学病院で脳外科部長として働いていて、母は専業主婦だった。二人の兄はすでに東京の大学の医学部に入り、脳外科ではなく他の分野の外科医を目指していた。だけど、自分が女ということで、父からあまり期待されず、小学生のころから医学部を目指さなくていいとはっきり言われた。花嫁修業さえ頑張れば、いい男と結婚して女の役目を果たせばそれでいいだって。


だけど、数学好きな真琴は別の考えはあった。東京の大学へ進学して奨学金をもらえば、この家を離れることが出来ると思って、父からの軽視や差別も受けらなくて済んだ。母は元々医学部の才女なのに、結婚を機に専業主婦になって、父から受けたモラハラを自分の目で見ていたせいで、真琴は結婚願望なんかまったくなかった。もし母は結婚しなければ、今頃は多分父より医師としてもっと成功していたかもしれない。


そういう思いがあった二人は高校卒業して、一緒に「東京進出」という夢を叶った。

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