我が家の危機

WAMURA

第1話

 ある日、我が家には不穏な空気が漂っていた。


「信じられない。あなたは変わってしまったのね」


テーブルを挟んで母が父を睨んでいる。


「すまない。ほんの出来心なんだ」


父はテーブルに手をついて謝った。


「謝って済む話じゃないわよ!あなたは私を裏切ったのよ!」


母の声は震えていた。


「何があったの?」


僕は恐る恐る声をかけた。


「お父さんが浮気をしたのよ!今日は大切な結婚記念日なのに!」


母の目に涙が溢れた。


『君を悲しませることは絶対にしない』


二十年前のプロポーズの言葉通りに、父はいつも母を楽しませていた。我が家にはいつも楽しそうな母の笑顔が咲いていた。そんな母を見て、父も嬉しそうに笑っていた。その父が浮気をするなんてとても信じられない。

【離婚】。どこか遠くで知らない人が使っているはずの言葉が、今、我が家に降りかかろうとしている。これから家族はどうなるのか・・・僕は不安にかられた。すると、絶望的な顔をしている僕に気付いた父が、こっそりとささやいた。


「おい、変なことを考えるな!」


そして、そっとテーブルの上を指さした。そこには緑色の容器が二つ、怯えたように肩を寄せあっていた。

それを見た僕は家を飛び出した。目指す場所はあそこだ!僕は自転車にまたがり、全力でペダルをこいだ。


 しばらくして帰宅した僕は、二人の前に袋を置いた。


「これは僕からのお祝いだよ。これを食べて仲直りしてよ」


袋の中を見た二人の顔が綻んだ。


 今日は父と母の結婚記念日だった。今日という大切な日を、二人は思い出の食事でお祝いする予定だった。結婚前、お金がなかった父と母は、いつも手頃で美味しい「赤いきつね」を食べていた。結婚を決めた日にも、二人の前では赤いきつねが祝福をしてくれた。

父は今日、仕事帰りにそんな「母への誓い」を買って帰る・・・はずだった。


「駅前のコンビニに寄ったら売り切れだったんだ。それで緑のたぬきでもいいかなと思って。こっちも美味しから・・・」


父が買ってきたのは、赤いきつねではなく、緑のたぬきだった。父からのSOSを見て、二人の思い出を知っていた僕は、近所のスーパーに走り、赤いきつねを買ってきたのだ。


「今回は許してあげる。でも忘れないでね。私は赤いきつね一筋よ。あなたを想うぐらい」


母は容器の色に負けないぐらい、顔を赤くした。


「僕も絶対浮気はしない。何があっても赤いきつね一筋だ。君を想うぐらい」


父は緑のたねきとの決別を宣言した。


 無事に仲直りした二人を、赤いきつねの出汁の香りが優しく包んでいた。


 追記:それ以来、我が家の緑のたぬき担当は、僕が美味しく担っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

我が家の危機 WAMURA @wamura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ