「プッ、なんだよそりゃ」

 重い静寂の中、佐藤は小さく噴き出して言う。

「ってことは、アレか。支倉はホモってことか? なんだよ、最初に言っといてくれよな」

「そ、そうだよ。女子に興味ないんなら、合コンなんか来たって意味無いだろ。お前、案外ひでえヤツなんだな」

 佐藤に続き、中西も支倉を追い立てるかのように嘲笑あざわらった。御堂をはじめとする女性たちも、さすがに支倉が同性愛者だと考えたことは無かったようで、進路を見失った船の如く、互いに目配せし始めていた。

 そんな中でも、支倉は堂々と酒を呑み続ける。どれほど囃し立てられようとも、冷たい視線を浴びようともお構いなしに、席に居座り続けていた。


 この最悪な状況に我慢が出来なくなったのは、秋比古である。支倉と同じ苦しみを背負う者として、これ以上黙っていられなかったのだ。

「ちょっと待てよ」

「あ?」

「男が好きだからって、そんなの関係ないだろ! 合コンに参加したって別に良いじゃないか。なんでそんな細かいことを気にするんだよ。同性愛者には、合コンに参加する権利すらないのかよ!」

 今まで一言も発していなかった秋比古からの強い反論に、佐藤たちは面を喰らって呆然とする。あまりの剣幕に、ずっと彼を放置していた田柱が止めにかかる。

「落ち着けよアキ。お前、顔真っ赤だぞ。呑み過ぎてんじゃないか?」

「違う、呑み過ぎてなんかない。俺はただ、そんなことで……同性愛者だからって差別されるのが、イヤなんだ。本当に不快なんだよ! 同じ人間として、そんな考えを持ってる人がいるっていうのが許せないんだ!」

「……」

 秋比古の涙すら流しそうなほどの本気の訴えに、全員は沈黙する。淡々と酒を呑んでいた支倉さえも、その手を止めて隣にいる秋比古へ視線を向けていた。

 完全に合コンという雰囲気ではなくなり、テーブル全体に気まずい空気が立ち込めてゆく。この状況を受けて幹事の田柱は、酒を呑んでいるにも拘わらず顔色を真っ青に染め上げつつ、興奮状態の秋比古へと耳打ちする。

「なあ、アキ。ちょっとトイレにでも行ってこい。んで、ちゃんと鏡で顔を見てみろ」

「え? ……俺、そんなにマズいことになってるのか?」

「ああ。言っちゃ悪いが、相当だぞ」

「わ、分かった。ありがとう」

 田柱に自分の状態を説明され、ようやく少しだけ冷静さを取り戻した秋比古は、言われた通りトイレへと向かっていった。


「大丈夫かな……」

 秋比古の姿が消えた後も、田柱は廊下に目を向けて小さく呟く。それというのも、彼は足取りこそしっかりしていたものの、その顔は居酒屋の店員が心配そうに振り返ってしまうレベルで変色していたのだ。今は平気でも、トイレで倒れている可能性も考えられる。

 隣にいた支倉も同じように、態度を豹変させた秋比古のことが気になった様子で、不安げな面持ちでおもむろに立ち上がった。

「ちょっと見てこようか」

「え? いや、もう少し様子をみて戻ってこないようなら俺が行くから、支倉は気にすんなよ」

「別に構わないよ。だし」

「ついで?」

 首を傾げた田柱に、支倉はにやりと笑いかけながら、前にいる女性たちに見えないよう、下腹部を指さした。それを見た田柱たちは、先ほどまでの重い空気を吹き飛ばすように笑う。

「あ、ああ。そういうことなら、お願いするわ」

「支倉、お前いきなりネタぶっ込むんじゃねえよ。酒噴き出すと思ったわ」

「はは。それじゃ、行ってくるね」

 そう言って、支倉も秋比古の後を追うようにしてトイレへと去って行った。


 男性たちが笑いを堪える中、あまり事情が呑み込めていないながらも、女性たちは支倉の優しさに再び心をときめかせる。

「優しいんだね、支倉くんって。あんなワケ分かんないヤツのことも気にかけられるんだもん」

「ホント。弱点なさ過ぎて怖いくらい。あんなに良い男なのに、どうしてゲイなんだろ」

「勿体ないよね。それで佳恋かれんちゃん、どうする? 諦める?」

「うーん」

 右隣にいる、いかにも腰巾着という雰囲気の女性から問われ、御堂は悩み始める。狙っていた支倉が、女性である以上手中に収められないのだから、その悩みは当然であった。

 だが、それも束の間のことであった。御堂はすぐに顔を上げ、田柱たちには聞こえない程度の声量で、しかし自信に満ち溢れた調子で返す。

「諦めないよ。私に落とせない男なんていないもん。どんな手を使ってでも、支倉くんは落としてみせる」

 そう言い、彼女はいないはずの支倉を射殺すかの如き、鋭い視線を送った。

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