四
それから三日後の午後七時すぎ、繁華街の大衆居酒屋にて田柱の主催する合コンは始まった。事前の打ち合わせ通り秋比古は一番端の席に座り、幹事として場を必死に盛り上げる田柱とは対照的に、一人静かにグラスを傾ける。
合コンが始まってから、三十分は経過している。それにも拘わらず、彼が発した言葉といえば、会の冒頭に全員で発した「乾杯」という単語のみである。それ以降は自己紹介すらせぬまま、安酒をマイペースに飲み続けていた。
およそ合コンに参加しているとは思えない、非常識な行動を取る秋比古であったが、田柱を含め誰一人として彼を咎めることは無かった。むしろ参加している女性たちにとっては、彼のように無駄なことを一切喋らない存在は貴重であった。
それというのも、御堂 佳恋をはじめとする女性たちの目当てはただ一人。秋比古の右隣りで涼しげに愛想笑いを浮かべ続ける、支倉 九朗だけだからである。
会が始まって早々から支倉の正面の席に陣取った御堂は、彼に対し猛攻を仕掛ける。
「私ぃ、甘い系じゃないと飲めないからぁ」
「そうなんだ。可愛いね」
「ふふ、そう? それにぃ、あんまり強くないから酔っちゃうかも。帰れなくなっちゃったら、送ってね?」
カラカラとカルーアミルクをマドラーで掻き混ぜながら、御堂は上目遣いで問いかける。
「支倉くんって、お酒強そうだよね。普段はなに飲んでるの?」
「普段は飲まないかな。こういう場だと飲むけど、基本的にお酒はあまり好きじゃないからさ」
「へえー! お酒にお金をかけない男の人って良いよね。お金の使い方が分かってるっていうか? なんか大人って感じ。ね?」
「だよね! 毎晩お酒飲む人ってオヤジっぽいし、私は嫌だな」
「お、俺も家では飲まないよ。その代わり、服とか旅行とかに金使ってるんだ。ほら、この服だって五万くらいしたんだ」
「ふうん」
「え……」
支倉に釘付けとなっている御堂たちに対し、必死にアピールする中西だったが、彼の話はその一言で片付けられた。そしてすぐさま、話題は別のものへと切り替わる。
「そういえば、支倉くんって一人暮らししてるんだっけ。出身はどこなの?」
「一応、京都だよ。でも市内からは外れてるし、すごい田舎で畑とか田んぼだらけなんだ」
「京都! いいなあ、もうその響きだけでカッコいい」
「ホント。私なんか埼玉だよ? ぜんぜん自慢できないもん。羨ましいなあ」
「えっと、俺は高校までずっと海外で過ごしてたぜ。ドイツとかフランスとか、あちこち行ったから少しは会話も出来るんだ。そうだ、今度みんなでヨーロッパ旅行行こうぜ。案内するよ」
「そうだね」
「……」
佐藤の魅力的な話にも、御堂たちは興味を示さず適当な相槌を返すのみであった。今まで女性からこのような扱いを受けたことのなかった佐藤と中西は、顔を見合わせて溜息を
しかしながら、田柱は彼らの無言の圧を察することが出来なかった。女性陣の気分を害さないよう徹底したために、男性陣に対する気配りを完全に失念していたのだ。こうして、佐藤たちにとってあまりにも不毛な時間は流れていった。
その一方で、ただの傍観者と化していた秋比古は彼らの一連のやり取りを横目に、小さく嘲笑しながら焼酎の水割りを煽る。
秋比古にとっては、大事な友人をパシリ扱いした佐藤たちが滑稽なほどに玉砕し、なおかつ気になっていた支倉の話が聞けたのだ。これほど酒の進むシーンは、どんな映画やドラマを漁ってもなかなか観られるものではない。
それ故に午後八時を過ぎた頃には、秋比古はすっかり出来上がってしまった。彼自身が鏡を見て驚くほどに顔は真っ赤に染まり、正常な思考は損なわれつつあった。
そんな中、黙したまま会話を聞いていた中西が、不意に右口角を上げて支倉へと問いかける。
「そうだ。支倉ってさ、よく
「え?」
中西の話に、女性陣は初めて食いついた。特に御堂は身を乗り出し、中西を威圧するように目を見開く。ずっと無関心だった秋比古も、聞き耳を立てるだけでなく隣の支倉へと視線を送る。
「皆川って、
「そうだよ。支倉くんがあんな女と付き合うワケないって」
「有り得ないよ。そうやって、支倉くんを悪者にしようとしてるんじゃないの?」
皆川 絢音は、秋比古や支倉と同じ学科に所属する三年生で、不愛想であること以外に大した特徴のない女性である。誰もが羨むような美貌を持つ支倉とは、どうあっても釣り合わない。
それ故に、御堂たちは半信半疑ながらも口々に中西の話を否定した。だが中西も、ただ支倉を
「う、嘘じゃねえって。挨拶も返さないってのは知らないけどさ、あの
「お、おう。付き合ってんのに、合コンに参加してたらマズいだろ。どうなんだよ、支倉」
「どうなの、支倉くん!」
「絢音、ね」
先ほどまでとは異なる厳しい視線を浴びる支倉であったが、未だに表情を崩さず、むしろ酒が入って少し機嫌の良さそうに答える。
「確かに仲は良いけど、絢音とは付き合ってないよ」
「はあ? 家に泊まったりしてんのに?」
唖然とする中西に対し、支倉はにこやかに返す。
「ああ。アイツとはただの幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもないよ。多分、絢音も俺に興味は無いんじゃないかな。お互い、趣味が全然違うからさ」
「なーんだ、ただの幼馴染か。やっぱりウソじゃん。適当なこと言っちゃって、ほんとカッコ悪い」
「くっ……」
支倉の話に安堵した御堂は、グラスに残っていたカルーアミルクを一気に飲み干し、全く顔色を変えないまま甘ったるい口調で問いかける。
「それじゃあ、支倉くんの好みって、どういう人?」
「好み?」
「うん。皆川ちゃんみたいな子じゃないなら、どんなのがタイプなのかな、って思って」
「タイプ、か。そうだね……」
御堂の質問に、今日初めて真剣な表情を見せた支倉は天井を見上げる。そして少しの間の後、彼は変わらず真っ直ぐな眼差しで返答した。
「『人喰い月』ってドラマ、知ってる?」
「え? うん。確かサスペンスドラマ、だっけ?」
「そう。それに出てる
それを聞いた一同は、揃って目を丸くした。「タイプは?」と問われているのに、この返答では答えになっていない。質問の意図を理解していないとしか思えないのである。
少しだけ戸惑いながらも、御堂は改めて質問を繰り返す。
「平尾くん? ああ、カッコいいよね。でもそうじゃなくって、付き合いたい人のことだよ。もしかして支倉くん、酔っぱらっちゃった?」
「いや? 俺は本気で平尾さんが好きなんだ。こんなところで言う事じゃないけど、性的な意味でも大好きなんだよ」
「え……」
支倉の力強い言葉に、全員は言葉を失った。誰しもが想像し得ないタイミングでのカミングアウトであり、とりわけ彼のことを狙っていた御堂にとって大きな衝撃である。
そして、御堂以上に彼の発言を受けて衝撃を受けた人間が、もうひとり。そう、ゲイであるために壮絶な虐めを経験し、その想いを封印し続けていた秋比古である。
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