三
昼食を摂り終え、秋比古と村林は次の講義に備えて荷物を片付け始めた。だが、その一方で田柱は浮かない表情のまま、椅子から動こうとしない。
彼の奇妙な行動に、村林は溜息交じりに訊ねる。
「どうしたんだよ。やっぱりまだ食い足りないのか?」
「違うわ。そうじゃなくて……今更だけど、どうしたらいいのか悩んでる。マジで」
「へえ、珍しいな。今日の晩飯のこと、とか?」
茶化し気味に笑う秋比古の態度にも気分を害すことなく、田柱は小さく唸って答える。
「お前らに相談するのもおかしいんだけどさ、俺が時々絡んでるグループあんだろ? ほら、佐藤とか中西とかの」
「ああ、ヤンチャ系グループの奴らな。それがどうした?」
「そいつらにさ、今週末の合コンのセッティング頼まれちゃってるんだよ」
「ああ……」
予想外の返答に、秋比古も村林も顔を見合わせ、口を閉ざした。
喋りが上手く、気の優しいタイプの田柱は、秋比古たちのグループ以外とも交流を持っている。しかしそんな性格が災いし、彼はそのグループで
今回の件に関しても同様で、田柱は合コンの幹事役を半ば強引に任されてしまったのだ。無論、会計や会場の確保といった雑務も田柱の役目である。面白い話は出来ても性根は陰気な彼にとって、非常に気の重くなるような任務であった。
「それで、頼みがあるんだけどさ」
気まずい空気の中、田柱は意を決して二人へ頼み込む。
「合コン、参加してくれないか。一人だけでも良いんだ、頼む」
「はあ?」
思いがけない依頼を受け、顔を見合っていた二人は揃って声を上げる。
「なんでだよ。男の数だったら、佐藤とかのグループだけで足りるだろ。どんな大所帯で合コンするつもりなんだよ」
「そうだよ。確か、ヒロを入れたら六人だろ? それ以上って多すぎだろ」
「いや、そうじゃなくってな。
必死に頭を下げる田柱に、どうしても合コンに参加したくない二人は反論する。
「女子の人数が一人多くなるってだけなら、別に良いんじゃないのか?」
「そうだよな。男側の支払額が増えるだけだし、それなら無理に俺たちが行かなくても良いだろ。それに、俺たちのコミュ力知ってるだろ?」
秋比古はもちろんのこと、村林も世間一般と比較すればかなりの
だが、頭を下げたままの田柱は、申し訳なさそうに話を続ける。
「いや、それが……女子の方が多いんだよ。就活の二人を入れても足りないくらいに」
「え?」
「だから、最悪でも二人のうち一人だけでも良いから、参加してほしいんだ。ホント、黙って笑ってるだけで良いし、何なら参加費も俺が出すから! 頼むよ、この通りだ!」
一般的な大学の合コンにおいて、女子の方が明らかに男子の数を上回るということは滅多にない。女子大ならば有り得はするのだろうが、ここ平山中央大学は共学で、なおかつ田舎のキャンパスである。故に、こうした事態はまず生じないのだ。
状況が分からず、困惑したままの二人は詳しい事情を問い
「どうしてそうなったんだよ。金なんかいいから、そっちを詳しく説明してくれ」
「そうだな。まさか、無計画に女子を勧誘しまくった、なんて言うつもりは無いよな?」
「ち、違う! この合コンの話をしたら、むしろあっちの方が参加したいって言ってきてるくらいなんだよ。だから
「女子の方から?」
「あ、ああ」
そして大きく溜息を
「
「支倉? ああ、あの超イケメンな。アキと同じで全然愛想が無いのに、いつも女とイチャイチャしてるやつな」
「一言余計だぞ、タケ。それで? 支倉ががどうしたっていうんだよ」
「俺、佐藤たちにさ、合コンを盛り上げてくれってすっげぇプレッシャー受けててさ。それで、ダメ元でアイツに合コンに参加してくれって頼んだんだよ。そしたら……」
「OKだった、と?」
田柱は小さく頷き、さらに悪い話を加える。
「そうなんだよ。で、その話を運の悪いことに、あの
「ああ、それでこうなった訳、か」
「はあ、なるほど。そりゃあ最悪だな」
田柱の事情を聴き、秋比古と村林の頭に浮かんでいた疑問符がようやく消え失せた。それと同時に、田柱がどうしようもない苦境に立たされていることも、彼らは把握した。
それというのも、先ほど会話に出た『御堂 佳恋』という女子は大学内でも話題に上るほど男好きであり、かつ彼女の兄はこの地域で名を轟かせている不良グループのリーダーなのである。つまりこの合コンの成否次第で、田柱の命運は左右されるのだ。
「ってことは、女子の数が多いっていうより、むしろ……」
「支倉目当て、もしくは御堂の取り巻き連中、って感じだな。どうだ? ここまで聞いても、俺を助けようって思えないか?」
もはや懇願ではなく脅迫にも近い言葉に、ついに秋比古は折れる。
「分かったよ。つっても参加するだけだし、あまり期待はすんなよ?」
「マジか! 本当にありがとう! で、タケやんは?」
「俺は無理だ。まあ、俺がいたところで誰も興味を持つとは思えん。酒は飲めないし、女子に気の利いたことの一つも言えないからな」
「そうだよな。タケやん、そもそも女子と喋ったことも無さそうだしな」
「貴様……」
ぎろり、と眼光を鋭くする村林から視線を外し、田柱は改めて秋比古へ頭を下げる。
「悪いな、アキ。辛かったら途中で抜けてもいいし、出来るだけ端の席にしとくから。参加費も、後でバレないように清算しとくよ」
「いや、それくらいは別に良いよ。それに————」
そう言って軽く微笑んだ秋比古は、誰にも聞かれないほど小さな声で独り言のように囁く。
「俺も、ちょっと興味あったからな」
「ん? 何か言ったか?」
「何も。さて、それじゃあ講義室に行くか」
キョトンとする田柱、それに未だ田柱を睨みつける村林を背に、秋比古は足取り軽く講義棟へと向かい始めた。
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