昼食を摂り終え、秋比古と村林は次の講義に備えて荷物を片付け始めた。だが、その一方で田柱は浮かない表情のまま、椅子から動こうとしない。

 彼の奇妙な行動に、村林は溜息交じりに訊ねる。

「どうしたんだよ。やっぱりまだ食い足りないのか?」

「違うわ。そうじゃなくて……今更だけど、どうしたらいいのか悩んでる。マジで」

「へえ、珍しいな。今日の晩飯のこと、とか?」

 茶化し気味に笑う秋比古の態度にも気分を害すことなく、田柱は小さく唸って答える。

「お前らに相談するのもおかしいんだけどさ、俺が時々絡んでるグループあんだろ? ほら、佐藤とか中西とかの」

「ああ、ヤンチャ系グループの奴らな。それがどうした?」

「そいつらにさ、今週末の合コンのセッティング頼まれちゃってるんだよ」

「ああ……」

 予想外の返答に、秋比古も村林も顔を見合わせ、口を閉ざした。

 喋りが上手く、気の優しいタイプの田柱は、秋比古たちのグループ以外とも交流を持っている。しかしそんな性格が災いし、彼はそのグループでイジられキャラというより、どちらかというとパシリに近い扱いを受けていた。

 今回の件に関しても同様で、田柱は合コンの幹事役を半ば強引に任されてしまったのだ。無論、会計や会場の確保といった雑務も田柱の役目である。面白い話は出来ても性根は陰気な彼にとって、非常に気の重くなるような任務であった。

「それで、頼みがあるんだけどさ」

 気まずい空気の中、田柱は意を決して二人へ頼み込む。

「合コン、参加してくれないか。一人だけでも良いんだ、頼む」

「はあ?」

 思いがけない依頼を受け、顔を見合っていた二人は揃って声を上げる。

「なんでだよ。男の数だったら、佐藤とかのグループだけで足りるだろ。どんな大所帯で合コンするつもりなんだよ」

「そうだよ。確か、ヒロを入れたら六人だろ? それ以上って多すぎだろ」

「いや、そうじゃなくってな。横森よこもり三宅みやけが就活でキャンセルになっちまってさ。どうにか一人は確保できたんだが、あと一人がどうしてもな。だから、頼む!」

 必死に頭を下げる田柱に、どうしても合コンに参加したくない二人は反論する。

「女子の人数が一人多くなるってだけなら、別に良いんじゃないのか?」

「そうだよな。男側の支払額が増えるだけだし、それなら無理に俺たちが行かなくても良いだろ。それに、俺たちのコミュ力知ってるだろ?」

 秋比古はもちろんのこと、村林も世間一般と比較すればかなりの厭世家えんせいかである。ただ遊びに誘うだけならばまだしも、いわゆる『陽キャ』と共に合コンするなど考えられない。そのことは、友人である田柱が誰よりも知っていることである。

 だが、頭を下げたままの田柱は、申し訳なさそうに話を続ける。

「いや、それが……女子の方が多いんだよ。就活の二人を入れても足りないくらいに」

「え?」

「だから、最悪でも二人のうち一人だけでも良いから、参加してほしいんだ。ホント、黙って笑ってるだけで良いし、何なら参加費も俺が出すから! 頼むよ、この通りだ!」

 一般的な大学の合コンにおいて、女子の方が明らかに男子の数を上回るということは滅多にない。女子大ならば有り得はするのだろうが、ここ平山中央大学は共学で、なおかつ田舎のキャンパスである。故に、こうした事態はまず生じないのだ。

 状況が分からず、困惑したままの二人は詳しい事情を問いただす。

「どうしてそうなったんだよ。金なんかいいから、そっちを詳しく説明してくれ」

「そうだな。まさか、無計画に女子を勧誘しまくった、なんて言うつもりは無いよな?」

「ち、違う! この合コンの話をしたら、むしろあっちの方が参加したいって言ってきてるくらいなんだよ。だから無下むげにできなくて、それで……」

「女子の方から?」

「あ、ああ」

 そして大きく溜息をくと、田柱は秋比古たちを見つめて言った。

支倉はせくら 九朗くろうって分かるか? あの、いつも女と一緒にいる、いけ好かないヤツ」

「支倉? ああ、あの超イケメンな。アキと同じで全然愛想が無いのに、いつも女とイチャイチャしてるやつな」

「一言余計だぞ、タケ。それで? 支倉ががどうしたっていうんだよ」

「俺、佐藤たちにさ、合コンを盛り上げてくれってすっげぇプレッシャー受けててさ。それで、ダメ元でアイツに合コンに参加してくれって頼んだんだよ。そしたら……」

「OKだった、と?」

 田柱は小さく頷き、さらに悪い話を加える。

「そうなんだよ。で、その話を運の悪いことに、あの御堂みどう 佳恋かれんに聞かれて……」

「ああ、それでこうなった訳、か」

「はあ、なるほど。そりゃあ最悪だな」

 田柱の事情を聴き、秋比古と村林の頭に浮かんでいた疑問符がようやく消え失せた。それと同時に、田柱がどうしようもない苦境に立たされていることも、彼らは把握した。

 それというのも、先ほど会話に出た『御堂 佳恋』という女子は大学内でも話題に上るほど男好きであり、かつ彼女の兄はこの地域で名を轟かせている不良グループのリーダーなのである。つまりこの合コンの成否次第で、田柱の命運は左右されるのだ。

「ってことは、女子の数が多いっていうより、むしろ……」

「支倉目当て、もしくは御堂の取り巻き連中、って感じだな。どうだ? ここまで聞いても、俺を助けようって思えないか?」

 もはや懇願ではなく脅迫にも近い言葉に、ついに秋比古は折れる。

「分かったよ。つっても参加するだけだし、あまり期待はすんなよ?」

「マジか! 本当にありがとう! で、タケやんは?」

「俺は無理だ。まあ、俺がいたところで誰も興味を持つとは思えん。酒は飲めないし、女子に気の利いたことの一つも言えないからな」

「そうだよな。タケやん、そもそも女子と喋ったことも無さそうだしな」

「貴様……」

 ぎろり、と眼光を鋭くする村林から視線を外し、田柱は改めて秋比古へ頭を下げる。

「悪いな、アキ。辛かったら途中で抜けてもいいし、出来るだけ端の席にしとくから。参加費も、後でバレないように清算しとくよ」

「いや、それくらいは別に良いよ。それに————」

 そう言って軽く微笑んだ秋比古は、誰にも聞かれないほど小さな声で独り言のように囁く。

「俺も、ちょっと興味あったからな」

「ん? 何か言ったか?」

「何も。さて、それじゃあ講義室に行くか」

 キョトンとする田柱、それに未だ田柱を睨みつける村林を背に、秋比古は足取り軽く講義棟へと向かい始めた。

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