虹が赤く染まる時

 さかのぼること、三か月前の九月下旬。

「はあ。遅いな、アイツら」

 日々野ひびの市の外れ、まったく手入れの行き届いていない山中にそびえる平山中央ひらやまちゅうおう大学のカフェテリアの一角にて、華奢きゃしゃな男は頬杖をつき小さく溜息を吐いた。

 彼の名は末野すえの 秋比古あきひこ。この大学の経済学部に所属する三年生で、比較的顔が整っていること以外に大した特徴のない男である。

 大学の成績も平凡そのもので、素行にも目立ったものは無い。それ故に、秋比古の存在を知る者はこの大学内においても少なかった。


 この年のクリスマス・イヴに、彼の遺体が大学裏の山中にある廃屋で見つかるまでは。


「何か面白いことないかな……」

 学友が昼食を買いに行っている間、暇を持て余した秋比古はスマートフォンを片手に、惣菜パンに齧りつく。彼はとりわけ苦学生という訳ではないが、小食であり昼食はこのようにパン一つで済ませることが多かった。

 秋比古が興味の無いネットニュースを流し見る間、彼の元へ大きなトレーを持った二人の影が近づく。

 一人は髪を明るい茶色に染めた、背は低いながらも恰幅のよい男。そしてもう一人は、秋比古と同じく痩せ型で、眼鏡をかけた聡明そうな男だ。

「悪い、アキ。待たせちまったな」

 小柄な男が、秋比古に苦笑しながら声を掛ける。

「遅ぇよ。ってあれ、ラーメンだけか? ヒロ、絶対足りないだろ」

「しゃあねぇだろ。なんか知らねぇけど、今日はやたらと混んでてさ。なあ、タケやん」

 話題を振られた眼鏡の男は、カレーライスの乗ったトレーを机に置いて静かに言う。

「昨日で経営学部の夏休みが終わったんだし、こうなるのは当然だろ。悠長にしていた俺らが悪い」

「そうだったのか⁉ なんだよ、もっと早く言ってくれよ……今日の日替わり定食、楽しみだったのにな」

「なら、もう一回並んでくれば?」

「ラーメン伸びちゃうだろ! あ、待てよ。食ってから並び直せば、もう列も空いてるだろうし、イケるかも」

「三限に間に合わないだろ。それで我慢しておけよ」

「ああ、確かに。仕方ねぇ、我慢するか」

 眼鏡の男に諭され、小柄な男も大人しく席について昼食を摂り始めた。。

 『ヒロ』と呼ばれた小柄な男、田柱たばしら 大樹ひろきは三人の中では明るいムードメーカーで、時にトラブルも引き起こすのだが、常に笑顔をもたらす存在だった。

 『タケやん』と呼ばれた眼鏡の男、村林むらばやし 岳弥たけやは常に冷静沈着で、言葉は少々厳しいながらも状況判断の良さから三人のまとめ役を担っていた。

 この三人は、入学当初より行動を共にし始め、今では互いに信頼し合える存在になっていた。大学を出てからも交流を続けられる、まさに友人である。

 秋比古は、二人と共に過ごす学生生活を心から楽しんでいた。それこそ、講義よりも彼らと過ごす時間を優先するほどであった。

 しかし、秋比古が田柱、村林の存在をこれほどまでに大事に思っているのは、彼の過去が大きく関係している。いや、過去ではなく現在進行形で秋比古自身の抱える一つの問題が、彼の心に多大なる影響を与えていた。


 末野 秋比古は、『』なのである。

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