CMが入り、朝食の後片付けを始めた母親は、未だにスマートフォンをいじり続ける娘へと訊ねる。

「そうだ、今日の夕飯はどうしようか? せっかくのクリスマス・イヴだし、チキンでも買ってこようか」

 しかし母親の発案にも、娘は視線すら合わせず素っ気なく返す。

「今日は夜まで遊ぶから要らない。ていうか、今日は帰んないかも」

「あら、そうなの。ケーキは?」

「要らない」

「そう、分かった」

 娘の返答に、母親は少しだけ肩を落としつつ、再びシンクへと視線を落とす。それからしばらく、テレビからの雑音と、カチャカチャという食器の重なる音、そして水が排水溝へ流れ込む微かな音色だけがリビングダイニングを支配した。

 しかし、片付けを終えた母親が洗濯機へ向かって歩き始めた時であった。普段通りの生活を否定するかのように、ニュースキャスターが落ち着いた口調で告げる。

「えー、速報です。先ほどお伝えしました、日々野ひびの市で起きた大量不審死事件に関する新たな情報です。見つかった遺体のうち、損壊の少なかった二名の身元が判明したとのことです」

「っ!」

 その情報に、母親は立ち止まりテレビへと向き直る。娘も、スマートフォンから視線は逸らすことなく、意識をテレビへと向ける。

「一人は皆川みながわ 絢音あやねさん、二十一歳の女性です。それと、もうひと方は末野すえの 秋比古あきひこさん、同じく二十一歳の男性です。二名とも平山中央ひらやまちゅうおう大学に通う三年生で、現場から発見された学生証の写真と一致した、とのことです」

「平山中央⁉ アンタの学校じゃない!」

 母親は洗濯も忘れ、大きな声を上げて硬直する。一方の娘も、さすがに顔を上げて怪訝けげんそうにテレビを見つめ、ポツリと呟く。

「へえ、先輩だったんだ」

「先輩⁉ もしかして、サークルの?」

 さらに声を張り上げる母親に、娘は苦々しく返す。

「違う。普通に、三年だから先輩ってだけ。名前はぜんぜん知らない」

「あ、そ、そうなの。ああ、びっくりした」

「ミキもナツも知らないみたいだし、有名な人じゃないみたい」

「ふうん。だったら余計に、どうして事件に巻き込まれちゃったのか分からないわね。派手な子じゃないなら通り魔とか、そういうのに殺されちゃったのかも。ああ、怖いわあ」

「ちょっと、うるさい。ニュース聞こえないじゃん」

 まるでサスペンスドラマを観ているような口調の母親は、娘に一喝されて口を閉じた。部屋に静寂が戻り、代わって再びニュースキャスターの声が響く。

「現場には末野すえのさんの遺書らしきものが残されており、『愛していたのに裏切られた』、『一緒に死んでやる』、などと犯行を匂わせるような文言が書かれていたそうです。警察は、末野さんによる犯行を視野に、捜査を続けているとのことです。いやあ怖い事件ですね、雨宮あまみやさん」

「そうですね。この事件は————」

 情報を語り終えたニュースキャスターは、眠そうな目をしたコメンテーターに意見を振り始めた。

 事件に関する情報を一通り聞き終えた母親は、コメンテーターの話に一切耳を貸すことなく口を開く。

「やっぱり、痴情ちじょうもつれみたいなものが関わってたのね。こういう事件、ドラマの中だけかと思ってたわ。ホント、愛されるのも良いことばかりじゃないわね。アンタも、付き合う相手はちゃんと吟味するのよ。失敗すると、こんなことになっちゃうんだから」

 先ほどまでの不安さを一気に打ち消し、母親は興奮気味に娘へと語りかける。だが、娘はその表情に目いっぱいの嫌悪感をたたえ、テレビを見つめながら返す。

「気持ち悪い」

「え?」

 急に不快感を露わにした娘に、母親は顔を引きらせる。そんな母親の変化にも気付かず、娘はさらに語気を強める。

「『愛してた』って、この男が被害者を勝手に好きになって、拒否られたから殺したんでしょ? そんなの、愛なんかじゃない。ただの薄汚い歪んだ欲望じゃん。ホント、気持ち悪い。こんなヤツ、自分一人で死ねば良かったのに」

 娘は加害者と思しき末野に対する罵詈雑言を一気に喋り終えると、大きく溜息を吐いて立ち上がる。

「そろそろ時間だし、行ってくる。はあ、朝から気分悪くなっちゃった」

「そ、そう」

 母親は娘の感情の変化に戸惑いつつも、いつものように彼女を玄関まで見送る。そして、ブーツを履く娘の背中へと、普段と変わらぬ言葉をかける。

「今日は一段と寒いんだから、気を付けるのよ」

「分かってる」

「それと、大丈夫だと思うんだけど……気を付けなさいね。ほら、さっきみたいなことが無いとは言えないもの」

「分かってるって。私、あんな気持ち悪い人と付き合う気なんか無いし。そもそも、話す気なも無いし。心配しなくていいよ。それじゃ、行ってくる」

 そう言い残し、娘は家を後にした。母親の「いってらっしゃい」という言葉を最後まで聞くことなく、クリスマス・イヴを共に過ごす特別な人間の元へと。

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