第19話 予兆



穏やかな日々が回る。

ティアはついに掴まり立ちを始めるようになり、ますます目を離せなくなってきた。

右も左もわからない異世界で流されるままに過ごすうちにできた子供が、今では自分の全ての中心にある。

何をすればいいのか分からなかった目を背けていたわたしにとって、それは初めて出来た生きがいだ。

――願わくば、この穏やかな日々が少しでも長く続きますように。

心からの願いを/かなわぬ祈りを、ソラの双子月に託した。







「今日はよろしくお願いします!」

「ん、よろしく」


ティアを抱き、セレネちゃんと共に孤児院を出発する。

今日の目的地は探索者協会シーカーズギルド

ついにセレネちゃんの協会ギルド登録を行うのだ。


「うう、緊張します」

「基本的に悪い結果にならないとは聞いてるけど?」

「そうなんですけどー」


ステータスと共に発現する(とされている)ジョブ及びスキルは、その人の気質やそれまでの積み重ねが大きく影響されると言われている。

思った通りになるというわけではないが、それでもその人にとって有用なものが与えられるのは確かなのだ。


「だー、あぅ、あー」

「ほら、ティアも応援してる」

「はい。ありがとう、ティアちゃん」


手をバタバタさせて喃語をあげるティア。

セレネちゃんが手を伸ばすと、その指先を握って笑っている。

ティアの背中にある翼が閉じたまま上下に動く。胸こすれて少しこそばゆい。


「行こう」

「はい!」


ティアが可愛すぎるのは仕方ないが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

セレネちゃんを促し、わたしたちは協会ギルドへと歩みを再開した。




そうして協会ギルドにたどり着き、扉を開けて中に入ったその瞬間――


「にゃああああああああ!?」


テーブルのあるスペースから突如可愛らしい大声が響き渡った。

見れば椅子を倒して立ち上がった少女が一人。

年のころは10代前半だろうか。金髪をツーテールにした可愛らしいと思われる整った顔は、口を大きくパクパクと開けたり閉じたりしているためコミカルな印象になってしまっている。

さらに少女の隣に座っていた10代後半と思われる黒髪の青年が、こちらと少女を見比べて怪訝な顔をしていた。

協会ギルド内の視線が少女に集まり、次いでこちらに向けられる。


「……何か?」

「喋った!?」


困惑しながら声をかけてみれば、さらに奇妙な反応が返ってきた。

最初はティアに驚いたのかと思ったが、少女の視線と反応からわたしに驚いていたようだ。

訝しく思いつつも少女たちに近づこうとすると、ひっ!? という悲鳴と共に後ずさりされてしまう。


「すいません失礼します!」


次いで青年が少女の手と荷物を引っ掴み、慌てて外へと走って出て行ってしまった。



「……何だったんでしょう?」

「……分からない」


残された私たちはぼんやりと二人が出て行った扉を見つめる。

そして気が付けば私たちが衆目の的となってしまっていた。

居心地の悪さを感じながら、いつぞやの受付のお姉さんの前に進む。


「今度は何をされたんです?」

「知らない」

「あらあら、何かあったとしか思えませんが」


にこやかに話すその表情には、明らかな愉悦が浮かんでいる。

そもそもまたと言われるほどわたしは何度も騒動を起こしているわけではない。ただし起きた騒動の規模については目をつむるものとする。


「まあいいでしょう。ご用件は?」

「この子の登録をお願いしたい」

探索者シーカーにですか?」

「違う」


誰がこんなかわいい子を変態と同列の扱いにしたいというのか。


「では通常の登録ですね」

「よろしくお願いします!」


やや緊張気味に挨拶をするセレネちゃん。

いつぞやのようにお姉さんが白い幾何学状の模様が刻まれた装置を取り出す。

セレネちゃんはおっかなびっくりその装置の上に右手を置き、例の言葉を紡いだ。


「アクセス」


口の動きからは全く違う単語のようだが、意味合いとしては接続なのだろう言葉を紡いだ瞬間装置が動き出す。

装置の紋様が発光し、光が収まると同時に金属を打ち付ける音が響く。

後ろから眺めていたが、わたしの様にウインドウが開くということもないように見えた。


「はい、こちらが登録証となります」

「ありがとうございます!」


両手でプレートを受け取ったセレネちゃんがこちらに振り向く。

その顔は興奮のためか頬が赤く染まっていた。


「ルーナさん! やりました!」

「どうしたの?」

「魔術師です! 私のジョブ、魔術師でした!」

「おめでとう。よかった」

「はい!」


本当に良かった。聖女みたいな変なオチのあるジョブじゃなくて。

心の中で安堵の息を吐いたわたしは、ティアを片手に抱きなおしもう片手でセレネちゃんを抱きしめた。

抱き寄せられたセレネちゃんもわたしの胸にぐりぐりと頭を摺り寄せてくる。


「おめでとうございます。希望通りのジョブにつけましたか?」

「は、はい!」


少し間をおいて受付のお姉さんが声をかけてくる。

わたしの腕の中から離れたセレネちゃんが恥ずかしそうに返事をした。


「それでは、あなたの進む道が良いものであることを願っています」

「はい、ありがとうございました」


こうして登録を終え、帰ろうとするわたしたち。

そこにお姉さんが待ったをかけた。


「ところで先ほど大声をあげていた方と一緒にいた男性ですが、相当なランクです。大事にならないようにしてくださいね」

「……ありがとう」


突如日常に差し込まれた騒動の予感に、わたしは小さくため息を吐いた。

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転性吸血鬼の創星譚(ミソロジー) mame @triptych

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