第18話 新しい日常
「あー、だあー」
「こっち、ママはこっち」
「ティアちゃーん。お姉ちゃんのところに来てー」
絨毯の上を腕をじたばたさせながらハイハイするティアに向かって、わたしとセレネちゃんが声をかける。
結局わたしのことはママと覚えさせることにした。
中身が男であるため葛藤はあるが、そうするのが一番本人が混乱しないだろうと思ったためだ。
ちなみに現在いる場所は、わたしが文字の勉強をしていた孤児院の一室。
孤児院の共用部屋であったそこは、わたしが浄化込みでの掃除をして絨毯を敷き込み今では土足禁止となっている。
なぜかといえば、ティアの遊び場として清潔な場所が欲しかったからだ。
本来赤ちゃんというものは母乳、特に初乳から母親の抗体をもらって免疫を付けるのだ。
生後半年辺りでこの免疫がなくなってしまうために出る熱を知恵熱といったりするのだが、それはさておき。
人として生まれたドラゴンがどの程度病気に対する耐性を持つのかわからないが、清潔に越したことはないだろうと色々気を使っている。
具体的には頻回に自分たちや孤児院の子供たちに浄化魔法を使ったり、子供たちに手洗いうがいを奨励してそのための水を提供したりなど。
そんなこんなしている内にわたしの事は凄腕の魔術師であると認識されたようで、何人かの子には魔術を教えてほしいと頼まれた。
結果、手探りながら魔術を教えるに至っている。
わたしが使うのは魔法だが、この世界では魔法は魔法使いが使う摩訶不思議な力だそうだ。
それに対して魔術とは、ある程度体系化されている不思議な力といった認識の様だ。
今は子供たちに手のひらに魔力を集めるという課題を出している。
セレネちゃんはその先の魔力を事象に変換するところまで出来てしまったので、ほかの子たちが追いつくまで待ってもらっている。
「むーー……」
「やあー!」
思い思いに手のひらに力を籠める3人の子供たち。
そのうちの一人を呼び、後ろから抱きしめる形で座らせる。
「もう一度教える」
そう言ってから、その子に支配下に置いた魔素を送りこむ。
生き物に直接魔素を送りこむのは入りづらいが入らないわけではない。
体内に入った魔素が体の中央で若干の変化を帯びたことを確認し、それを子供の手の平に集めていく。
「感じる?」
「んー、手がポカポカする」
「そう、それがあなたの魔力」
魔素が体内に入ると属性を帯び変質する。
これを魔力であるととりあえず定義した。
この魔力を事象に変換する技術を魔術ととりあえずは呼んでいる。
「おねーちゃん、教えてー」
「ぼくも、ぼくもおしえて!」
残る二人の子供たちも寄ってきたので、二人まとめて抱きしめて同じようにしてあげる。
すると、ハイハイして近寄ってきたティアがわたしの太ももをたたく。
「やっぱりママがいいんですね」
「たぶん、そうじゃない」
手の平にわたしの体を通した魔素――魔力を集める。
球体にしたそれを空中に浮かべ、ティアの横にゆっくりと移動させる。
ティアの目線もその魔力を追っていき、わたしから離れて魔力の方へと這いずりだした。
「わたしの魔力が気になったみたい」
「あー、お腹が空いたんでしょうか」
セレネちゃんと見守る中、ティアは魔力を掴んで口の中に入れる。
実はティアは魔力を食べるだけでも満腹になってしまうようなのだ。
成長に悪影響があってはいけないので、基本的に魔力を込めた食事を取らせるようにしているが。
魔力を食べ終えたティアはころりと仰向けにひっくり返り、手足をバタバタとさせている。
「そういえば、そろそろ
「はい。来月がわたしの誕生月なんです」
そう、孤児院の子供たちは大抵11歳で探索者協会に登録するのだとか。
成りたい職が決まっているものは早めに弟子入りしたりして、希望に沿うジョブを手に入れようとするらしい。
「セレネはなりたい職業はある?」
「えっと、魔法を使う仕事になりたいなって」
わたしと一緒にティアに指を握らせながら、はにかむセレネちゃん。
「でも普通は登録するまで自分の属性なんて分かりませんから、こうやって教えてもらえて良かったです」
「ん。力になれたなら良かった」
こうして魔術を教えていれば、ジョブに魔術師が表示される可能性が高くなるかもしれない。
「でも、水と光の属性でできる仕事は何?」
「えっと、光は回復魔術を使えるんです。だから、水で傷口を洗って回復魔術で傷を治す仕事が出来たらなって」
治療院でのお仕事か。確かに心優しいセレネちゃんには向いているかもしれない。
出来れば『聖女』なんてジョブが付かないよう切に祈る。
「おねーちゃん、出来た!」
「ん、よし。出来てる」
「ほんと!?」
「ん、本当」
「おねーちゃん、見て見て!」
「ぼくも見て!」
一人が出来たのを皮切りに、最終的には3人ともが魔力の操作に成功した。
どうしよう。この子たち天才かな。
とりあえず一人一人ハグして頭を撫でて褒めてあげた。
ティアを中心に回りだす平穏な日常。
それは気づかないうちに、わたしに確かな熱を与えていた。
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