第17話 子育て開始




混乱の極みにあったわたしを助けてくれたのは、白竜を監視していた探索者だった。

3人の軽装の男性に声をかけられ、まずは街と協会ギルドに報告することに。

市長からの使いという執事っぽい男性と、実は協会ギルドの支部長だったいつもの受付のお姉さんの前で、今回の顛末を説明させられた。

白竜との出会いについては伏せたが、彼女の住処がどこにあるかに関しては説明せざるを得なかった。


そこからはいろいろな責任の話。

誰が悪いというわけではないにしても、大騒ぎになったうえ兵士を出動させる事態に発展している。

騒ぎを収めてもらい、色んな意味で丸く収めてもらうために『礼金』を支払う形となり、何とか街に居続けられるようにしてもらえた。

ちなみに、そのためのやり取りは支部長のお姉さん主導で行われ、『礼金』の額面も金貨10枚に抑えてもらった。

次に問題となったのは、白竜の子である赤ちゃんの危険性について。

大きくなって暴れた時に誰が抑えられるのかという至極真っ当な懸念を向けられるも、じゃあ育てない選択肢があるのかと言えば無言になる。

下手なことをして親が報復に来たらそっちの方が怖いよね、という話である。

大きくなったら是非協会ギルドに登録させてねと言われ、頷くと市長の使いの男性もようやく安心したような息をつく。

どういうことか聞いてみると、探索者の一員となれば悪さをしても探索者が始末をつけてくれるからとのこと。

逆に探索者以外の犯罪については、協会ギルド動いてくれないのだそうな。


そして最後に一番の問題となったのが、どうやって子育てをするかという事。

まず卵から生まれた赤ちゃんが何を食べるのかという問題。

残念ながらこの街では酪農はしておらず、乳を出す動物はいないらしい。

おかしなことではあるが歯は生えそろっているようなので、まずは離乳食を試してみてはという事になった。

次に住居の問題だ。数日程度ならともかく、赤ちゃんを連れて宿に定住するわけにはいかない。

そこでいろいろと話し合った結果――――




「ありがとうございます」


寝入った赤ちゃんを抱いたまま深々と頭を下げる。

わたしの前に立つのは教会の神父であり孤児院の院長でもあるリーマスさん。

そう、わたしは赤ちゃんともども孤児院でお世話になることになったのだ。

市長側から話を回してもらったとはいえ、即答で受け入れてもらい本当に感謝しかない。


「いえいえ。これも縁というものでございましょう」


穏やかな笑みを浮かべるリーマスさん。


「赤子を引き取った経験がないわけではありませんからな。遠慮なく頼ってください」

「頼りにさせていただきます」


本来この街で子育てをするとき、近隣の住人と協力するのが常だそうな。

親がいない世帯の場合、近隣の子育ての経験がある人がノウハウを伝えるのだとか。

しかし、わたしにそんな繋がりのある住人はいない。この孤児院を除いては、だが。


「それで、その子のお名前は?」

「名前……」

「まだお決めになっておられない?」


小さくうなずく。

名前に思い至りもしなかったあたり、まだわたしは動転していたらしい。

頭でいろいろ考えるが、これといった候補は浮かばない。りゅう座にちなんでドラコなんてのもあまり似合わないだろう。

ふと、そこで一つの名前に思い至る。最初の女神にして混沌のドラゴンとしても語られる。その名は、


「ティアマート……」

「おや、その名をどこで?」

「知っているの?」

「神が創りたもうた原初の竜の名です。神が最初に生みだした3つのしもべの一つ。真偽もわからぬとされる古い異聞ですが」

「じゃあ、この子の名前はティアマートにする。愛称はティア」

「……その神話において、彼の竜は良き存在として語られています。この子の未来にも幸あらんことを」

「よろしく、ティア」


寝ている赤ちゃん――ティアに語りかける。

包んでいる服をにぎにぎと握りしめるティアのあどけない寝顔に、少しだけ胸に温かいものを感じた。




それからオムツや赤ちゃん用の服、背負い紐などを用意してもらっている最中。

突如としてティアが目を覚ました。


「ふぇぁ、あー! あぎゃぁー!!」


同時に大きな声で泣き声を上げ始める。

幸いにして泣き声からイメージを読み取ることが出来た。なんとなく空腹感を感じているようなイメージ。

とりあえずシスターさんに伝えに行き、離乳食を用意してもらう。

元々話を通してあったため、麦とフルーツをどろどろに炊いた粥を用意してもらっていた。

それらを潰したものを匙で口元に持っていく。

匙を咥えて口をもごもごと動かし、飲み込んだ後口を離す。


「あぁぁぁぁ! あぎゃぁぁぁ!」


さらに強く泣き出した。なんというか、欲しいものが足りないという感じだ。

もしかしてと思い、離乳食にそっとわたしの体を通した魔素を浸透させ、再び食べさせる。

どうやら合っていたようで、口を開けて次を待つ体制に入る。

用意した小皿の離乳食を8割方食べ終えたところで、満腹になったのか匙をつけても口を開かなくなる。

匙を置き、抱き上げてげっぷを促すため背中を軽くたたく。


「けぷっ」


小さくげっぷをしたのを確認し、そのまま抱っこを継続する。


「うー、あだぁ」

「ん、わたしはここにいるよ」


特に意味のこもらない声を上げるティアの背中を撫でる。

しばらくの間そうしていると、やがてティアは寝息を立て始めた。

赤ちゃんの言葉の意味が分かる。ならわたしにとって育児はヌルゲーなんじゃないか。そんな甘えた考えがこの時のわたしにはあった。




ティアが天使の子から悪魔の子に変わったのはその日の夜だった。

泣く、泣く、それはもう泣く。

お腹が空いたから泣くのはいい。離乳食の残りを用意してあるから食べさせてあやせばいい。

おしっこが出て不快感で泣くのもいい。洗浄しておむつを替えてやってからあやせばいい。

でも何もないのに突然泣かれるのが辛い。

伝わってくるのは漠然とした感情だ。不安感のようだったり、恐怖感のようだったり、よくわからない不快な感情がまぜこぜになったような泣き声。

とにかく安心させるために抱いて揺らしてみたり、背中をトントン叩いてみたり、歌ってみたり。

思いつく限りのことをしてみたがなかなか泣き止むことはなく、そのうち泣き疲れて眠ってしまっていた。

ちなみにわたし達が寝ているのは教会の空き部屋となっていた一室だ。

幸いなのが防音が魔法でできたことか。自分を中心とした2メートルくらいを境界として、空気の振動を伝えないようにイメージすると中からも外からも完全な遮音ができた。

これが出来なければ裏の孤児院まで泣き声が響いていたかもしれない。

結局ティアの夜泣きはその夜だけで6回に及んだ。




いきなり親となったことに実感は未だ追いついていないし、自覚なんてまだまだ持てそうにない。

それでも目の前の命を投げ出すことはできず、今に至っている。

この先自信をもってわたしが親だといえる日が来るのだろうか。


ティアの親となって2日目。目下の悩みは自分の事をパパとママのどちらで覚えさせるべきかという事です。

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