タイトル未定
第16話 子供が出来ました
それからもセレネちゃんとランチを一緒にしたり、計算の勉強を孤児院で手伝ってみたりして一緒に過ごす時間を増やしていった。
わたしからのプレゼントをもらったセレネちゃんは、それはもう大張り切りでわたしの女らしくない所作を指摘してくれている。
そうしてこの街にたどり着いて3ヶ月もたったある日のことだった。
――――――!!
突如として頭に響く何らかの信号? 耳鳴り? のような何か。
伝わってくるのはとてつもない焦りの感情。どうにかしなければならないという想い。
街を歩いていたわたしはいきなりの事に驚き辺りを見回すが、特に変わった様子はない。
やがてわたしへと響いていた感情は波が引くように消えていった。
しばらく立ち往生し混乱していたわたしだが、とりあえず何かが起きている事だけは把握した。
まずは
仕方なく街をうろうろ歩いてみるが、これといって普段と変わった様子もない。
ただ、何かが近づいてきているような予感だけが募っていった。
変化が起きたのはそれから2時間ほどしてからの事だ。
すぐにでも何かが起きそうな予感に苛まれていたわたしに向けて声が轟く。
「キュオォォォォン!!」
見上げればそこにはいつかの白竜の姿がある。
どうやらわたしの感じていたものは予感ではなく白竜の接近であったらしい。
「うわああああ!?」
「ドラゴンだ!!」
白竜に気づいた人々はパニックを起こしているようで、悲鳴や怒号が響き渡る。
どうにかしないとと思うが、分かっているのはこのままではまずいという事だけ。
白竜はわたしを探しているようだし、とりあえずこの街から離そうとまとまらない頭で考える。
ふわりと宙に浮く感覚。風を巻き起こし白竜の傍まで急上昇する。
「キュゥゥゥン!」
わたしを見つけた白竜が突っ込んでくる。
伝わってくる意思を言語化するとしたら“助けて!”だろうか。
「こっちに来て」
近づいてきた白竜にそう告げて、街の外へと向かう。
森とは反対側の平原、果樹園や畑からも大きく離れた位置に降り立つと、白竜もゆっくりと旋回しながら高度を落とし着陸した。
「どうしたの?」
「キュウ! キュゥウ! キャウ!」
必死に鳴く白竜。伝わってくる
「え、卵?」
「キャウ!」
「あなた、番がいたの?」
「ギュゥ……」
「え、わたし!?」
どうやら以前わたしが魔法をかけたことで、白竜は卵を身ごもったと訴えているようだ。
体内の卵に気づいた白竜が慌てて卵を育てるために魔力を注いでもらうべくやってきた、というのが今回の事態の真相らしい。
「とりあえず、魔素を送ってみる」
支配した魔素を白竜の体内に送ろうとする。しかしあまり浸透していかない。というよりもすり抜けてしまうような感覚。
それならばと以前白竜に魔法をかけた時のことを思い出す。
魔素を変換し回復魔法として体の中に押し込むと、回復魔法の光が白竜の奥まで入り吸収されていった。
「キューン」
白竜が喜びの声を上げる。どうやらこれで合っているようだ。
白竜が満足するまで回復魔法をかけ続け、ようやく一息つく。
「それで、これからどうするの?」
「キュウ」
「卵を産む? え、ここで!?」
驚くわたしにむしろ何を驚いているのか不思議そうにする白竜。
「ここは危ない。人間の縄張りだから」
「ギュウ」
「いや、できればやっつけないでほしい」
「キュ」
白竜のお腹を撫でて落ち着かせる。
お腹のふくらみは目立たない。卵はそこまで大きくないのだろうか。
ふと、白竜が顔を大きく持ち上げる。
その瞳には確かな敵意が宿っていた。
「ギュウ……!」
「ん、敵?」
少し浮き上がって見てみると、街の方から人が近づいていた。
数にして4。下草に身を隠すように伏せて近づいていた人たちは、こちらに気づかれたことに気づいたようで体を起こす。
それぞれの顔をよく見ると、どこかで見かけたような覚えがあった。
「ちょっと待って。手出しはさせないから」
「キュン」
宙に浮いたまま手招きをする。
4人は顔を見合わせ、こちらに歩き始めた。
20メートルほどの間隔をあけ、わたしたちは対峙する。
「
「おう。そっちも
うなずきを返す。
目の前には4人の男たち。装備はそれぞれバラバラだ。
金属の胸当てを付けた剣を持つ男、弓を持ち皮鎧を着た男、何も持たず普通の服を着ているように見える男、半裸の上半身に太い鎖を幾重にも巻き付けたうさぎ耳の男。
戦闘スタイルが想像つかないのが2名いるが、とりあえず武器を向けてはこないので交渉はできそうだ。
4人を代表してか、うさぎ耳が付いた男が前に出てくる。
「状況を教えてくれ」
「このドラゴンはわたしの知り合い。わたしに助けを求めに来た」
「……すまん、詳しく」
「ドラゴンが卵を産むためにわたしの魔力がいる」
「とりあえず、そのドラゴンは人を襲ったりはしないのか?」
「ちょっかい出さなければ大丈夫」
「ここに巣を作るのか?」
「ここに住むの?」
「キャウ」
「卵が孵ったら帰るって」
「……そうか」
うさぎ耳の男うなずく。そして後ろに視線を向けると、無手の男が背後に向かって走り出した。
「とりあえず、
「出産の邪魔にならないよう限界まで離れてくれるなら」
「うむ、了解した」
白竜を刺激しないためか、こちらを向いたままそっと離れていく3人の男たち。
こちらから1キロほど離れたところで彼らは足を止めた。
「あのくらい離れてたら大丈夫?」
「ギュゥ」
「見られているから気になるけど我慢する? ありがとう」
地に降り立ち白竜のお腹を撫でさする。
そのうちに白竜も力を抜き、頭をこちらに差し出してきた。
「いつ卵が生まれる?」
「キュウ」
「分からない? これが初めて? そう」
わたしと街に住むすべての人に緊張を強いた白竜の来訪。
それから白竜が卵を産むまで、2日間わたしは傍に居続けた。
終わってみればあっけなかったと思う。
夜が明け目を覚ました白竜が少し力んだかと思うと、お尻の方からころりと卵が転がったのだ。
そのあっけなさに呆然として、しばしの忘我の後に卵に浄化魔法をかけてから抱き上げてみた。
思っていたよりも小さな――それでも一抱えはある大きさの卵は、殻は白というより真珠のような光沢を帯びており、少なくとも成分はカルシウムではないのだろうと思わせる。
「生まれたね」
「キュ」
「これから? 温めるの?」
「キュイ」
「魔力を注ぐの?」
魔素を卵に集めてみる。しかしすり抜けてしまい定着しない。
そこで魔素をいったん自分の体を通して注いでみることにした。
これならうまくいけば星属性とやらに変換された魔素を流し込めるのではないだろうか。
手のひらから変換された魔素が流れ込む。
白竜も卵に鼻先を付けた。魔力を流し込んでいるようだ。
ついでに手のひらから血液を生み出す。わたしの血は魔素とともに霧状になり卵へと流れ込んでいく。
「あなたの生にいと貴き月の導きがありますように」
呟いた瞬間、卵から振動が伝わり小さな打撃音が響いた。
「えっ!?」
思わず魔素の流れを止める。白竜も頭を離した。
その後も断続的に卵の内側から衝撃が走る。
「え、もう生まれる!?」
慌ててしまい、卵を地面に置くこともせず抱き上げたまま固まってしまう。
それから幾度目かの強い衝撃の後、小さく殻にひびが入る音が手から伝わった。
「が、頑張れ、頑張れ!」
応援し続けると、ついに卵に大きなひびが入り、次いで小さな欠片が零れ落ちた。
次にその小さな穴を中心に放射状にひび割れ、そこから――――
「――――え?」
一瞬、目の前の光景を脳が拒んだ。
卵から人間の手が飛び出したのだ。小さな小さな、赤ちゃんの手が。
次いでもう一つの手が飛び出し、卵が大きく割れて頭が覗く。
「ふぇ、ふえぇぇ!」
大泣きだ。手をバタバタさせて、卵から頭を覗かせた赤ちゃんが泣いている。
慌てて上の殻を取り除いてやり、赤ん坊を卵から取り出す。
裸ん坊の赤ちゃんは短い白い髪が生えており、わずかに見えるその瞳孔は真紅に染まっている。あ、女の子だ。
さらに特徴的なこととして、頭に緩くねじれた角があり、背中には白い皮膜のある翼が、お尻には太く短い尻尾が付いていた。
その全身がねっとりとした粘液で覆われており、慌てて温水を空中に生み出し体を覆って洗浄する。
「わぷっ、きゅあっ」
洗った温水をそこらに捨ててもう一度生み出した温水で、顔以外を洗いながら顔を手のひらに纏わせた温水で拭う。
きれいになった赤ちゃんを冷やさないように、『わたしの世界』に仕舞いっぱなしだった衣類を取り出して包んであげた。
「あー」
服の端で頭を拭いていると、赤ちゃんが手をこちらに伸ばしてくる。
片手で抱き上げるようにしてもう一つの手を差し出すと、両手で人差し指と薬指を掴んで笑顔になった。
困惑しながらもようやく息をつき、白竜の方へ顔を向ける。
「キュウ」
「父親に似た? え、わたしが父親!? いや、それより似てるって範疇じゃすまないでしょこれ!?」
わたしの混乱に心底不思議そうな感情を伝えてくる白竜。
やがて白竜は赤ちゃんに顔を寄せ、赤ちゃんはその顔をペタペタとさわり楽し気にし始めた。
「それで、この子はどうするの?」
「キュオン」
「子育ては父親の仕事? どうすればいいかわからない? いや、そう言われても……」
これからこの赤ちゃんはわたしが育てないといけないらしい。
いや、人として生まれてきた赤ちゃんをドラゴンが育てられるとは思えないし、見捨てる気もないからわたしが育てるしかないんだけど。
「ふやっ!?」
赤ちゃんの頬を白竜の大きな舌の先が一舐めし、そして顔を離していく。
「もういいの?」
「キュゥゥ……」
わたしへの感謝と子供への親愛の念がこもった鳴き声を上げ、次いで白竜が大きく翼をはためかせるとその巨体が宙に浮いた。
周囲に風をまき散らしながら、大空に舞い上がっていく白竜。
その姿が見えなくなるまで見送った後、再びわたしの手で遊んでいる赤ちゃんを見る。
体重としてはおそらく8キロはあり、わたしの指を握って動かす力もそれなりに強く、人間の赤ちゃんに換算して生後半年くらいに該当しそうだ。
まずは食料の確保、それと住居の確保も必要になるだろう。
とりあえず地面に落ちている卵の殻を『わたしの世界』に送ってから歩き始める。
「あー、きゃあ!」
何の憂いもなく笑い声をあげる赤ちゃんを抱きしめ、わたしは途方に暮れたのだった。
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