第15話 デート




結論から言うと、わたしに受けられそうな依頼はなかった。

基本的に依頼の種類は三種類。

都市外での護衛依頼、希少品の採取依頼、危険地域の調査依頼だ。

護衛依頼はキャラバンなどが主体となる依頼だ。メリットはほかの都市に行ける点。デメリットは長期拘束されることと頭数が必要なこと。

希少品の採取は薬草類、鉱物、獣の部位など多岐にわたる。これが一番多い依頼だ。そしてわたしに最も適性のない依頼でもある。薬草探しで懲りた。

危険地域の調査依頼は指定地域の動物、環境などを調査し危険度や資源などを評価する依頼だ。わたしには知識が足りなすぎるし、そもそも大抵の危険生物が懐いてくるので危険度評価ができない。

他には近隣都市、近隣諸国からの依頼や情勢などが張られているぐらいか。

ちなみに普通の獣を狩るような依頼はそうそうない。だって狩猟ギルドがあるから。この街の食肉を確保しているのは基本そっちだ。

街の様々な困りごと? そういうのは何でも屋があります。雑用はある程度引き受けてくれるほか、必要なら適切な職人に繋ぎをつけてくれます。

むしろ創作の冒険者ギルドにあるような雑用依頼は何でも屋が取り扱っており、技能に応じて職を斡旋してくれたりもするため、金を稼ぎたい人はまずそっちに行くのだ。

そもそも大抵の問題は都市内で解決できるようになっているのだ。自然と探索者協会に寄せられる依頼とは、一般から逸脱した連中でないと達成できないものとなる。


「……困った」


探索者として活動すると決めたのはいいが、ノウハウを教えてくれる存在がいない。

基本的に駆け出しの探索者は信用のおける知り合いと組むか、『一家』と呼ばれる団体に所属するかするらしい。

しかし、わたしは能力的に少々逸脱している。誰かと組むのは難しいだろうし、この辺境都市には一家に該当する集団がいない。


問題を棚上げし、協会ギルドを出る。

いつもの焼き串で腹を満たした後、わたしの足は自然と孤児院に向いていた。







孤児院にて。

扉を開けたわたしを出迎えてくれたのは、小さな子供たちの抱擁だった。


「こんにちはー!」

「ちはー!」

「えっと、えっと、わー!」


寄ってきた子供のうち、3人の幼児をまとめて抱え上げてくるりと回る。ついでにそのまま宙に浮く。

きゃー、という楽しげな悲鳴を上げる幼児たち。

空中遊泳を楽しんでもらった後、今度は小学生くらいの子供たちを2人ずつ抱き上げて同じように宙を舞う。

ときどきおっぱいに顔をくっつけてくる子がいるが可愛いものだ。

男の子は顔を赤くして照れているくらいでほほえましい。でも揉みしだいてくる女の子は遠慮しろし。

一通りの子供と遊び終え、彼らが離れていった後でようやくセレネちゃんと二人になる。


「いつもありがとうございます」

「ん、セレネもする?」

「私はこの間してもらいましたから」


そう言ってほほ笑むセレネちゃん。


「今日は何をしますか?」

「ん-……」


実はもう彼女からの授業は一通り教わってしまっている。

最近はこの街の様々な場所を案内してもらいながら、疑問に思ったことを聞いていって常識の勉強を始めていた。

とはいえこの街はもう大まかにだが回ってしまっている。

ならどうするかと考えたところで、一つのタスクを思い出す。


「セレネ。わたしに女らしさを教えてほしい」

「ふえ?」


わたしの唐突な言葉に、きょとんとした表情を浮かべるセレネちゃん。


「わたしは男所帯で育ったから、女らしい仕草が分からない」


ということにしておく。

実際にこれまでも座り方がはしたないとか、立ち居振る舞いについてちょくちょく目の前の彼女に注意されてきたのだ。


「そう言われても、どうやって教えたらいいの?」

「デートしよう」

「ふや!?」


びくりと震えるセレネちゃん。目も口も大きく開けて驚いている。可愛い。


「一緒に街を歩いて、女の子らしい店に行って、おかしな所があったら教えてほしい」

「はい、その……分かりました」


わーい、小学生とデートだー。

いや、10歳の子供にガチ恋してるわけでも何でもないが。

単にわたしは可愛らしいものを愛でたいだけだ。


「行ってみたいところはある?」

「えっと、えっと……」


眼をそらして考え込むセレネちゃん。

これは行きたいところがあるけど言えないのかな?


「とりあえず、行こうか」

「あっ、はい!」


手をつないで孤児院を出発する。

まずは大通りの店をのぞいてみよう。

とはいえ日本のようなガラス張りの店なんてあるわけもなく、気軽に入るには大通りの店は少々敷居が高い。

ある程度目星をつけて入るべきだろう。

可愛い小物なんて定番かもしれないが、残念ながら孤児院に個人の部屋なんてものはない。

つまり数人で大部屋を使っているので、自分だけの小物を飾るスペースなんてあんまりない。

おまけにある程度大きくなったら孤児院を出ていくのだ。

荷物をそう増やすわけにもいかないこともあってか、孤児院の子供たちは必要のないものをそんなに持たない。

ほかの定番どころは装飾品かスイーツといったところか。

しかし酒場はあっても喫茶店みたいな店はこの街ではあまり見かけない。生活における余裕の違いだろうか。

そうなれば――


「ちょっとそこに寄ってみよう」

「え?」


大通りに面した店の一つにセレネちゃんの手を引いて入る。


「いらっしゃいませ」

「ん」

「こ、こんにちは」


男性の店員さんにあいさつされ、うなずきを返しておく。

となりのセレネちゃんはかなり緊張した様子で一礼した。

そう、ここは装飾品の店。

それも宝石をあしらった宝飾品の店だ。

しかし見る限り大抵の品は石を丸く研磨したものばかりで、デザインもそんなに洗練されていない。

宝石なのにキラキラした感がないのはカッティングが大してされていないのもあるか。


「ルーナさん、私、どうしたら……」

「セレネがわたしに着けてほしいものを選んでみて」

「は、はい!」


わたしのお願いを聞いたセレネちゃんがおっかなびっくり装飾品をのぞき込んでいく。

表示されている値段に気後れしながらも、やがてジュエリーの光沢にうっとりとした様子になった。

しかしわたしのお願いを思い出したのか、真剣な表情であれこれと見比べ始める。

そんなセレネちゃんの様子を眺めながら、わたしも良いものがないか物色を始めた。


「これなんてどうでしょうか?」


セレネちゃんがそう言って指し示したのは一つのネックレスだ。

黒い革の先に金の台座があり、台座に爪で留められているのは碧く透明感のある宝石。

値段も銀貨70枚と(他と比較して)そう高い部類でもない。


「きれい」

「はい。ルーナさんの赤い服にも合うと思うんです」

「ん、これにする」


そう言うと、セレネちゃんが嬉しそうに笑う。

そんな彼女の手を握ると、店の端にあるコーナーに連れていく。


「これも買う」

「これ、ですか?」


革紐の先に細長い無色透明な水晶がぶら下がったネックレス。

(他と比べれば)かなり安い値段がつけられたそれは、見習い職人の作らしい。


「あげる」

「いいの!?」


喜びの表情が浮かぶセレネちゃん。だがその笑顔が突如として曇る。


「……でもこんなに高いのだめだよ」

「いいの。これまでの感謝のしるし」


言い募るセレネちゃんをなだめすかし、二つのネックレスを購入する旨を店員に伝える。

店員がそれらの品をカウンターに持っていき、そして代金と引き換えに渡してもらった。


「じゃあ、おまじないをしてあげる」


言いながら水晶のネックレスをセレネちゃんの首にかけ、水晶に指をあてる。

わたしの指先から血が浮かび、水晶を紅く濡らしていく。


「あなたに紅き月の加護を」


そう呟いた直後水晶に血が染み渡り、水晶は内側に輝きを秘めたような紅に染まった。


「これ……」

「わたしのおまじない。身に着けていると良いことがある……かも」


言って、わたしも選んでもらったネックレスを首から下げる。


「似合う?」


聞いてみると、セレネちゃんはコクリとうなずいた。


「セレネも似合ってる。赤はわたしの色だから、あなたに似合ってうれしい」

「……ありがとう、ルーナさん」


嬉しさを抑えきれない笑みを浮かべるセレネちゃんに安堵する。

さあ、今日のデートを続けよう。


「じゃあ、お礼に今日はこの街のきれいなところを案内して」

「はい!」


手をつなぎなおし、張り切るセレネちゃんに歩幅を合わせて歩き出す。

楽し気に揺れる青いポニーテールに、自然と小さな笑みがこぼれた。

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