第12話 街の案内


セレネちゃんに手を引かれ大通りまで出たところで、ふと彼女が振り向いた。


「そういえば、宿の予算はどのくらいですか?」

「ん、いっぱいある」

「い、いっぱい?」

「いっぱい」


唖然とした顔を浮かべられた。可愛い。


「とりあえず、値段よりも過ごしやすさ優先で」

「あ、はい」


うーん、と悩むセレネちゃん。やっぱり可愛い。


「悩むくらい宿屋は多いの?」

「あっ、違います。そうじゃなくて、どっちがいいのかなって」

「どっち?」

「街の入口のところの宿屋は、商人さんやキャラバンの人が良く使うんです。森側の入口は、探索者さんが良く使います」

「ん、ちょっと待って」


確かに客層が分かれているなら中身も大きく変わるだろう。

他の探索者とはまだまともな接触はしていないが、創作の冒険者用の宿と考えれば低所得層向けの宿なイメージだ。

商人向けの方は、高級なところを選べばそれなりのサービスが保証されるだろう。


「じゃあ、街の入口で」

「はい、こっちです!」


わたしの手を引き、張り切る少女につい笑みがこぼれ――――愕然とした。

今でこそ女性の姿をしているが、かつてのわたしは男だったのだ。

むしろ癖になるくらいにロールプレイに徹しているだけで、わたしはまだ男としての感性は捨てていない。

30過ぎのおっさんが10歳の少女を連れまわす。

お巡りさん、事案です。


「出頭します」

「突然どうしたの!?」


思わず漏れた呟きに対して驚きの表情で振り向くセレネちゃん。


「こんなに可愛い子を連れ歩くなんて、衛兵にしょっ引かれるかもしれない」

「いや、ルーナさんの方が明らかに美人なんですけど」


お世辞だと思われたのか、ジト目で睨まれた。

まあ、確かにステータス画面上のわたしは美人だ。それは間違いない。


「ごめんなさい。錯乱しました」

「……ルーナさんって、実は変な人?」

「そうかもしれない」


いや、女のふりをしている男と考えると変な人というより変態だ。

改めて現状を確認し、気分が落ち込む。


「大丈夫です! 探索者さんは大体変な人って知ってますから!」

「……フォローありがとう」


セレネちゃんに慰められ、気を取り直す。

それから大通りの店を、あれこれと教えてもらいながら歩いて行った。

大通りにある店は高級店ばかりだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

服屋や靴屋、金物屋など、長持ちのするものを主に扱う店が多いようだ。

要はあの広場で扱われていないもの全般が扱われているということだろう。

そんなことを考えながら歩いているうちに、一つの大きな2階建ての建物の前にたどり着いた。


「ここがお高い宿屋さんです!」

「何て名前?」

「アナグマ亭です!」


2階だけじゃなく地下でもあるのだろうか。

見た目はどちらかというとバーに近い気がする。


「じゃあ、一緒に入ってもらっていい?」

「はい!」


ドアをくぐると、正面にカウンターがあった。

右には大きなスペースがあり、テーブルと椅子が並んでいる。食堂ということだろう。

カウンターの右の方には階段がある。宿泊用の部屋は2階かな。

カウンターの前に立つと、ややガタイの良いおじさんが応対してくれた。


「いらっしゃい。二人ですか?」

「わたし一人」

「おや、そうですか。お一人様でしたら、朝と夜の食事付きで1泊銀貨1枚となります」

「とりあえず10日」


銀貨を10枚取り出して渡す。

虚空から革袋を取り出す光景にセレネちゃんは驚いていたが、おじさんはピクリと眉を動かしただけだった。

うーん、渋い。


「こちらに記帳をお願いします」

「代筆でも?」

「大丈夫です」


宿帳への記入を代わりにセレネちゃんに書いてもらう。


「お部屋にご案内いたしましょうか?」

「また後でお願いする」

「ではこちらの割符をお持ちください」


半分に割れた絵馬のような割符を受け取る。

これがここに泊っていることの証明になるのだろう。


「食事は夕の鐘の後になります」

「分かった」


一通りの手続きを終えて宿を出る。

ようやく街での拠点を手に入れられたことに安堵し、長い息をついた。

隣を見ると、セレネちゃんも大きく息をついていた。緊張したのだろうか。

顔を見合わせ、どちらからともなく笑みを交わした。


「次は服屋」

「えっと、それもお高いところがいいですか?」

「ん、お願い」


手をつないで大通りを歩く。

やがて大通りの交差点に程近い、明るい色の装飾のある店へとたどり着いた。


「ここは新品の服を売っているお店です」

「新品の?」

「えっと、私たちは古着屋で服を買うから……」

「ん、なるほど」


基本的に服は一つ一つ手作りだから、使いまわすものなのだろう。

大量生産していたかつての世界とは全く違うというわけだ。

改めて見れば道を歩いているどの人の服も丈夫そうに見える。


「教会へ帰ろう」

「あれ? 入っていかないの?」

「後で一人で来る」


空を指さす。夕暮れまでは遠いがそれなりに日は傾いていた。


「暗くならないうちに帰ろう」

「はい!」


手をつないで広場まで歩いていく。

服屋からはそこまで時間をかけることなく広場へとたどり着いた。

広場の店も片づけ始めているところや、最後の呼び込みをしているところもあった。


「お土産を買おうか」

「お土産、ですか?」

「おいしい果物はある?」

「えっと、あそこかな」


セレネちゃんの指さす先には、籠に丸い果物らしきものが積まれた店があった。


「農園の果物屋さんなんです」

「じゃあ、寄っていこう」


セレネちゃんの手を引き、果物屋の前に立つ。

店番をしているのは日に焼けた若い青年だった。


「おや、買っていってくれるのかい?」

「子供受けのいい果物はどれ?」

「それならこのリップルだな。甘くて酸味が少ないからな」


そう言って青年が指さした籠には、直径20センチほどの赤い玉のような果物が入っていた。

皮は柑橘類のようなしわと分厚さがあるように見える。


「日持ちはする?」

「それなりにはな。だがあまり置いといても味が悪くなるぞ」

「籠ごともらえる?」


籠の中にはリップルが20個は入っているように見える。


「籠ごとか。じゃあ銀貨1枚でどうだ?」

「分かった」


代金を支払い、籠ごと果物を受け取る。

わたしの世界には送らない。ソルや妖精たちに食べられるかもしれないから。


「じゃあ、帰ろうか」

「えっと、ありがとうございます」


嬉しそうにお礼を言うセレネちゃん。

喜んでもらえているようで、こちらも嬉しくなる。



籠いっぱいの果物は孤児院の幼い子供を中心にとても喜んでもらえた。

その笑顔を見ながら、また時々差し入れを持っていこう、と固く誓った。

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