第13話 下着を求めて
孤児院を出たわたしは先ほどの服屋を訪れていた。
ドアを開けた先には、様々な服が簡素なハンガーにかけられぶら下がっている。
「いらっしゃいませ!」
入り口横のカウンターから声をかけてきたのは、街を歩く人よりもおしゃれな格好をしたお姉さんだ。
強いて言うなら、フォーマルドレスに近い洋服を着ている。
あと、胸が大きい。
「ご要望はありますか?」
「まず下着を見せてほしい」
今着ているのはネトゲのキャラが初期服として着ていそうなシンプルなドレスだ。
その下も装飾のないシンプルなストラップレスのブラに、オバパンみたいなパンツである。
どれも血装術によるものだからデザイン変更は容易だが、残念ながら知識とイメージが足りない。
初期のドレスはデフォルトのデザインのものはすぐに作り出せる。しかしアレンジしようとするとイメージ不足なせいか途端に不格好なものになってしまうのだ。
ブラとパンツは完全に知識不足。なんというか、どういうのがおしゃれなのかがまず分からない。
以前いじって作ったものはステラに「エッチすぎます」と怒られたし。でもステラのレースだらけの下着も十分エッチだと思います。
「こちらになります」
そう言って差し出されたものは……長い布?
包帯よりもかなり幅のあるこの布を、胸に巻いて使うのだとか。
「ブラジャーはない?」
「ブラ……?」
「こういうの」
ドレスの上をはだけ、上半身を露出させる。
やはり初めてブラを見るようで、ひどく驚かれた。
「触ってもいいですか?」
「ん」
うなずくと、おそるおそるブラを触りだす。
縁をなぞり、表面をなで、胸ごとブラを持ち上げる。
「ほう、ほうほうほう……!」
胸をブラごと上下左右に揺らされたり、隙間から指を入れてみたり、だんだん遠慮がなくなってくる。
「一度外してもらっても?」
「ん」
能力で直接身に着けるように作ったものなので、ホックのようなものはない。
背中側にホックによる継ぎ目を作り、ブラを外して手渡した。
「ふわぁぁぁ……!」
よほど感動しているようだ。ブラの作りを確認するため、あちこちの角度から細かく観察している。
「こ、これはどちらで?」
「これは遠い故郷のもの」
そう言うとさらに驚かれた。
「お客さんの故郷には探索者協会がないんですか?」
「ん」
うなずくとさらに驚かれる。
「どうしてそう思った?」
「
「ギルドがないのはそんなに珍しい?」
「
ブラを眺めながら考え込むお姉さん。
そして顔をあげた彼女の眼には、強い力が宿っていた。
「縫い目一つないこのブラジャー? をどう作ったのか想像もつきませんが、このデザインは女性下着の革命です!」
「そう?」
「是非このデザインを使わせてください! いえ、むしろ世界に広めましょう!」
「……使うのはいい。広めるのもいい。でもお金はあまり取らないようにして」
自分のアイデアでもないもので儲けるのは何となく憚られた。私が発案者ですと噓をつくようで後ろめたくなる。
それを伝えると、渋々ながら納得してもらえた。
「でもアイデアの発案者として
「ん」
鋼鉄のプレートを見せると、お姉さんは書かれている文字をメモ用紙らしい紙の切れ端に写し始めた。
「ルーナさん。あ、申し遅れました。私はエリスといいます」
「ん、よろしく」
自己紹介を交わし合い、ついでに紙とペンを用意してもらっていくつかの下着のデザインを見せる。
フルカップ、ハーフカップ、スポーツブラ、チューブトップなど。
「基本的には形を保つためにワイヤー……はないか、立体的な縫製にして、内側には敏感な部分を保護するための布を当てるといいと思う」
「おお……!」
エリスさんの尊敬の目が痛い。よくよく考えたらおっさんが美人なお姉さんにブラの何たるかを教えているとか、変態かな。変態だ。
ちなみにショーツを見せてもらうと、ゴムがないせいか紐パンかドロワースしかなかった。とりあえず紐パンのデザインはいただいておく。
「じゃあ、いくつか服を見せてもらっていい?」
「はい、どうぞ!」
わたしのデザインを前にああでもないこうでもないと考えをめぐらすエリスさんをよそに、西洋風なデザインの服をいくつか買い込んでいく。基本
血装術で赤一色のコピー品を作ること前提に、ワンピースを中心にいくつもの服を買い込んで店を出れば、既に空には暮れ始めていた。
街中央の鐘が高らかに響き渡る。
何とか当面の目標を達成したわたしは、アナグマ亭へと足を運んだ。
「いらっしゃいませ!」
アナグマ亭の入り口をくぐったわたしを出迎えたのは、若い女性の声だった。
おや、と思ってみてみると、食堂の方に給仕服を着た女性がいる。
一方、カウンターの向こうには昼間の男性の代わりに年配の女性が座っていた。
「おや、お泊りですか?」
「ん、これ」
割符を差し出すと女性は一つうなずいた。
「ルーナさんだね。食事はここで食べるかい? それとも部屋?」
「部屋がいい」
流石に女性らしいマナーなんて身についていない。そんなわたしが人前で食べる? ないだろう。
これもいつかは解決しないと、と脳内タスクにマナーと書き込む。
「ごあんないします!」
カウンターの女性に呼ばれてやってきた小学生くらいの女の子に部屋へと案内される。
入って驚いたのは、思っていた以上に清潔そうに見える部屋だったことだ。
「お湯はいつ持ってきたらいいですか?」
「お湯?」
「体をふくお湯です!」
聞けば、ここでは清拭用のお湯と布を持ってきてくれるらしい。
吸血鬼のため(たぶん)汗をかかないこの身だが、やはり魔法できれいにするだけでは味気ない。ぜひともお願いしよう。
「じゃあ、ご飯が終わったら持ってきて」
「わかりました!」
元気よく部屋を去っていく少女。
しばらくしてドアがノックされる。開けて出迎えると、給仕服の女性が料理を持って立っていた。
「本日は猪肉のシチューです」
「ありがとう」
「お酒は別料金で承ります」
「今回はいい」
料理の乗ったお盆を受け取り、女性を見送る。
備え付けのテーブルセットへ座り、料理を確認する。
茶色いシチューにごろごろと肉と野菜が浮いている。
他にはライ麦パンのようなパンが二つ、果実の輪切りが浮いた木製のジョッキが一つ。
食べ始めると、シチューはかなり美味しい。煮込まれた具と香辛料の味が複雑に絡み合い、少なくとも好みの味付けだ。
……確かに美味しいのだが、やはり猪肉も血抜きが不十分なようで、そのせいでさらに美味しいという状態だったが。
パンも思っていたより柔らかく、きちんと酵母で発酵させているのかわずかにフルーティな香りがする。
果実水を最後に飲み干し、一息ついた。
「ほぅ……」
満足のいく食事をとるというのは本当に久々の行為だった。
睡眠も食事も魔素を吸収していればいらないが、しかし行ってみると満足感が全く違う。
少なくとも人間としての自分を失いたくないのなら、これからも人の生活を送るべきなのだろう。
しばらく食事の余韻に浸った後で食器を持って下に降り、受付にいた女性にお湯の入ったタライと布を届けてもらう。
裸になって浄化魔法を使い、それから体を拭いて、買ったワンピースに似せた服を生み出し身にまとう。
タライと布を部屋の前に置き、扉に鍵をかけ、ベッドにあおむけに横たわった。
ようやく街生活の初日が終わりを告げる。
思ったよりも緊張していたのだろう。明日からの生活に思いをはせているうちに、わたしはいつの間にか深い眠りに落ちていた。
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