第11話 教会にて
そっと教会のドアを開けて中に入ると、長椅子が2列にいくつか並んでおり、信者さんらしき人達がまばらに座って祈っている。
祈りの邪魔をしないよう足音をできるだけ殺して、神父さんらしい黒地の服を着たおじいさんに話しかけてみた。
「初めまして」
「初めまして。当教会は初めてですかな?」
うなずきを返すと人好きのする笑顔でおじいさんは手を胸に当て一礼する。
「私はリーマスと申します。当教会の神父です」
「わたしはルーナ」
「奇麗なお名前ですな。おっと忘れておりました。本日はどうなさいましたか?」
「文字を教えてほしい」
わたしの言葉に不思議そうな表情を浮かべるリーマスさん。
「……複雑なご事情が?」
「わたしは遠いところから来た。だから故郷の字は読み書きできる。でもこの国の字は全く読めない」
「計算はよろしいですか?」
「数字と記号さえ教えてもらえばどうにかなる」
そう言うと、リーマスさんは一つ大きくうなずいた。
「街の子供たちに交じっての勉強となりますがよろしいですかな?」
「できるだけ早く身に着けたい。謝礼を払うから毎日教えてもらうことは可能?」
「……ふむ。では当教会の子供に教わるというのはいかがでしょうか」
詳しく話を伺うと、教会の裏に孤児院があり、そこで面倒を見ている子供たちは既にある程度読み書きできるようになっているという。
その中でもまだ仕事に出られない年齢の子供に教わってはどうかということらしい。
「謝礼はその子に渡せばいい?」
「あまり大金を渡されても子供の成長によくありませんからな。できれば子供には少額の小遣い程度で、あとは孤児院に寄付していただければ」
言われてみればその通りである。
さっそく孤児院への寄付として金貨1枚を差し出してみた。
「いけません、多すぎます」
困った顔で拒否されてしまった。
本気で困っていそうな当たり、ここの孤児院の経営はまっとうで安定しているのだろう。
「子供たちの将来のために使ってもらえるなら構わない」
「……ありがとうございます」
ネックレスについている
この宗教ならではの感謝の作法だろうか。
「しかし、子供への報酬は1回銅貨数枚までにしてください」
「分かった」
キチンとくぎを刺されてしまう。
しかしここまで来て良い人にしか巡り合っていない。
そのことを告げ、神の思し召し? とおべんちゃらを述べてみる。
「ここは辺境の都市ですからな。悪い人間は自然と淘汰されるのですよ」
日々を生きるのに一生懸命な中で他者の足を引っ張るような人間は、周囲から袋叩きにあうのだという。
むしろ助け合いを行うことで、信頼を築くことが重要視されるのだと。
言外によそ者のわたしがここで暮らしていくならば、そうした方が良いのだと教えてくれた。
「それではご案内しましょう」
リーマスさんに案内され、教会裏の孤児院に案内される。
昔の木造校舎のような建物で、年季は入っているがまだまだしっかりした印象を受ける。
中に入ると大きな広間があり、幾人かの子供たちが掃除をしていた。
「院長せんせー」
「せんせー」
「お客さんー?」
幼稚園児くらいの子供たちが駆け寄ってくる。
人見知りしないのか、そのうちの一人がわたしに近寄り見上げてくる。
その子供に目線を合わせて頭をなでると、きゃー、とくすぐったそうに喜んだ。
「ソロンはいるかい?」
「いるよー」
「あたし呼んでくるー!」
年長者の子供が奥へ走って行っていく。
お兄ちゃんー! と聞こえてくることから、ここにいる子供たちよりも年上の子供なんだろう。
待っている間に、近寄ってきた子供を一人一人抱き上げながら体つきを確かめる。
ある程度ふっくらとしていて、栄養状態は悪くないようだ。
むしろ子供なのに力があるように見える。
着ているものも古びてはいるがみすぼらしくはない。
子供たちを通じて孤児院の評価をしていると、廊下の奥から駆けてくる足音が聞こえてきた。
「お待たせしました!」
「こんにちは、ソロン」
ソロン、と呼ばれた赤毛の少年は大体小学生高学年くらいに見える男の子だった。
長袖を肘までまくっているところから、水仕事でもしていたのだろうか。
「今回ご用事があるのはこちらの方です」
「ルーナ、よろしく」
「ソロンです。よろしくお願いします」
右手を差し出して握手をする。こちらの世界でも握手というやり取りはあるようだ。
「実はルーナさんは外国から来られた方でして、この国の字を教えてほしいとの事なんです。毎日お願いしたいとの事なのですが、手を開けても大丈夫な子はいますか?」
「ちょっと待ってください……」
考え込むソロン少年。
リーマスさん曰く、彼が院内の仕事の振り分けをしているらしい。
院外で仕事をしている子供を除くと最年長なのだとか。
「セレネはどうでしょうか」
「ええ、いいと思います。どうです、一度顔合わせをしてみては」
「お願いします」
わたしが返事をするとソロン少年は奥に一度戻り、一人の少女を連れてくる。
水色の髪と眼の少女が頭を下げると、後ろでくくられたポニーテールがぴょこりと揺れた。
「セレネです。よろしくお願いします」
「ルーネ。こちらこそよろしく」
ぱっと見で10歳くらいだろうか。顔だちも整っていて可愛らしい限りだ。
肝心の語学に関しても、読み書きに困らない程度には修めているとのこと。
「じゃあ、今日から早速始めますか?」
「いや、明日からでいい」
まずは宿屋くらいは確保してからでないと。
「では、明日のお昼からでいいですか?」
「この街には時間を知る方法があるの?」
「あ、はい。中央の鐘が朝と正午と夜に鳴りますから」
ちなみにとても高価だが時計もあるところにはあるらしい。
時間については探索者協会が標準時を定めているとか。
……
「ところで、今日は勉強の代わりに街を案内してもらっていい?」
「案内ですか?」
「看板が読めないからどこが何の店かわからない」
ああ……と周りのみんなから納得された。
「とりあえず宿屋と衣類の店をお願い」
「お兄ちゃん、行ってきてもいい?」
セレネちゃんの問いかけにうなずくソロン少年。
セレネちゃんに手を差し出すと、おそるおそる手をつないでくれた。
「よろしくお願いします、ガイドさん」
「はい、任されました!」
セレネちゃんの歩幅に合わせながら、ゆっくりと歩きだす。
この世界の宿屋というものに、期待と不安を抱きながら。
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