未知なる世界へ
第6話 現地生物との遭遇
「ヴォフッ、ヴォフッ!」
大きな鼻息を上げて対峙するトラック並みに巨大な猪。
濃密な魔素を纏う尋常ならざるその猪は、まさに魔猪とでもいうべき存在だった。
魔素に干渉し宙に浮きあがった私は、山の中腹にあった洞窟から一気に飛び降り森へと舞い降りた。
地球の常識では考えられないような巨樹の森。
その中心まで3分の2程といったところに滑空しながら辿り着いたまではよかったのだ。
地面に足をついた矢先、15メートルほど先の横合いから巨大な猪が顔をのぞかせるまでは。
もちろん猪はわたしに気が付き、こちらへ向かって歩を進め――――
「フゴッ、フゴッ!」
――――鼻息荒く、懐いてきたのだった!
「なんでさ」
わたしは最初戦う気でいた。どこからどう見ても人類に対して友好的な存在に見えなかったのだから。
何となくだがわたしより弱い存在であると感じていたし、返り討ちにしてやろうかな、なんて考えていたのだ。
それが一転、鼻息荒くこちらの匂いを嗅いだかと思えば、ゆっくりと近寄ってきたのだ。
突進してくるかと身構えていたわたしはついそのまま観察してしまい、なんとなく友好的な意思を感じ取って今に至っている。
「というか、口が臭い!
まあ、口だけでなく全身が獣臭かったが。
とりあえず猪の全身を魔素で覆い、浄化の魔法を使ってみた。
汚れ、悪臭の成分を中心に、体表の余分な成分が白い砂のような結晶となった。
次いで猪が全身を震わせると白い結晶が飛び散り、残されたのは見事な毛艶の猪であった。
「ん、よし」
鼻の頭をなでてやると、嬉しそうにフゴルルーッ!と鳴き声を上げる猪。
「ところで、人間がどこに住んでるか知らない?」
「フゴッ?」
なぜか読み取れる猪の意思。それは否定というよりも疑問であるように感じられる。
どうやら人間という生き物自体を知らなかったようだ。
そうなるともうこちらとしては用はない。
連れ歩くにもこの巨体である。餌の準備にも困るだろうし。
「バイバイ。元気で」
「フゴッ!」
何度かなでられて機嫌よくなった猪と別れ、森を突っ切る方向に歩きだす。
空を飛んでいけば早いのかもしれないが、やはり命のあふれる森の中のほうが良い。
というのにも理由がある。
わたしを接合点として、わたしの世界へと魔素が、大気中に満ちた星の生命力というべき『気』が、そして浮遊する魂が送られているからだ。
どうやってそんなことが分かったのか? ウインドウに吸収なんて項目が追加されていて、魔素と気と魂というバーが表示されていたからです。
これらは何もない空中よりも、森の中にいた方が圧倒的に吸収量が増加するのだ。
あとは人類と接触した時のために、換金性の高そうな動物でも狩れればなお良し。
「だったんだけど……」
気が付けば、人間より大きなオオカミの群れに懐かれるわ、それよりも大きな虎に懐かれるわ、小鳥の群れに埋もれるわ。
「この世界の動物、人懐っこ過ぎる」
懐いてくる動物たちを浄化魔法で適度に匂い消ししてから存分に戯れ、結局1匹も狩れないまま森の中心にたどり着いた。
とはいえも中心だからといって何があるわけでもなく、変わらぬ森の風景があるだけだ。
そこからいったん空を飛び、方向を確認。ぐるりと見渡すと、進んできた方向からやや左にそれたところが山のない開けた方面となっている。
他に当てもないので、そちらに向かってみようかと思った瞬間――――
強い衝撃とともにわたしは炎に飲まれた。
「~~~~なに!?」
衝撃を感じはしたものの、突然わたしを襲った爆発の威力より体を宙に固定している力のほうが強かったみたいで、わたしは空中で微動だにしていなかった。
むしろその爆炎はわたしに触れることなく散っていってしまった。
見回してみると右方向、はるか上空に影が見える。
巨大な胴体に長い首、2対の羽根を持つその姿は
「ドラゴン!?」
そう、アニメなんかでよく見る、あるいはゲームで何度も討伐してきた西洋型のドラゴンだ。
よくよく見ればその白い体表は黒いオーラに包まれており、なんとも強大な雰囲気を漂わせている。
ペロリ、とついつい舌なめずりしてしまった。
「初めての戦闘がドラゴンか」
少なくとも、勝てない、とは全く思わなかった。
そんなだから、異世界初の戦闘に緊張どころかワクワクしている自分がいた。
何せこれまで出会う生き物全てが友好的過ぎて、狩るなんてもってのほかだったのだ。
敵対してくれるなら遠慮なく倒してしまってもよいだろう。
「行く」
魔素を全身に回し、さらに急加速しながらドラゴンへと接近する。
大きく息を吸い込む様子から、定番のブレスだろうと当たりをつけ、魔素による力場の防御を追加。
細長い炎が強く吹き付けられるものの、その只中を突破する。
開けた視界には間近に迫ったドラゴンの姿。
そのまま進み、ドラゴンの首へあと少し、というところで―――――
「キュオォォォン!」
ドラゴンが鳴いた。
同時に思念が伝わってくる。
それはこちらに助けを求める悲痛な叫びだった。
慌てていったん攻撃を取りやめる。が、勢いまでは殺せない。
元より戦いなんてこれが初めてだ。訓練(と称したステラとの遊び)のおかげでそれなりには動けるものの、魔素支配による絶対的な力でごり押しできるだけで、瞬間的な判断能力なんて養われていない。
結果として、わたしとドラゴンは空中で衝突した。
「ギャンッ!?」
「キャンッ!?」
つい品のない悲鳴が漏れる。
一方可愛らしい悲鳴を上げてのけ反るドラゴン。
ドラゴンは頭を振って痛がっている。
一方わたしは身体強化に加えて防御の力場を張っていたため実はほとんど痛くなかった。
首を振って気を取り直し、改めてドラゴンを観察してみる、すると――
「なんか、変?」
どうもこのドラゴン、ひどく苦しんでいるようだった。
さらに言えばかっこいいと思っていた黒いオーラも、どことなくドラゴンを蝕んでいるようにも見える。
とりあえず支配した魔素でドラゴンを包み、特に黒いオーラに浸透させる。
「なに、これ……?」
分かる。何故かは分からないが分かってしまう。
この黒いオーラはどこか別の空間、あるいは位相からの干渉であり、浸食である、と。
そして、その解決法まで分かってしまった。
「――いただきます」
そうつぶやいて、黒いオーラを通じてその先に在る存在を魔素で浸食する。
次いで、浸食したそれをギュルン、と吸い取って吸収する。
そのとたん、得も言われぬ腹が満たされるような感覚、そして全能感ともいえるような幸福感で意識が満たされた。
「っはぁぁ……」
官能混じりのような声がもれる。
きっとこの時のわたしを自分で見ていたら、とてもだらしのない顔をしていたことだろう。
「……キュウ」
しばらくの間恍惚としていたわたしを、目の前のドラゴンの小さな鳴き声が呼び戻した。
送られてくるのは感謝の念。見ればその体表を覆っていた黒いオーラは消え去っていた。
しかしよくよく見ればその白いウロコはくすみ、息遣いはとても弱弱しい。
「
魔素をドラゴンの体に浸透させ、魔法を思いっきりぶっ放す。
ピュリファイによってその体表は輝くような美しさを取り戻し、リカバリーとヒールが体の内部を癒し整えた。
魔法の光が収まった時には、生命力にあふれ存在感を大きく増したドラゴンがいた。
「キャウ!」
鳴き声とともに、さらに強い感謝の思念が飛んでくる。
「ん。別にいい」
「キュウ、クルルルル」
繰り返し感謝の念が送られてきた後、頭をこちらにこすりつけてくるドラゴン。
また懐かれた、とため息をついてから、その頭を横から抱きつくようにして眉間のあたりを撫でてみる。
すべすべとしたウロコは存外に冷たくはなく、むしろほんのりと温かかった。
「クルゥ」
「お礼がしたい?」
なんでも巣にある宝物を分けてくれるそうだ。
ドラゴンの宝なら、人里で換金すれば当面の生活費にはなるだろう。
そう思ってドラゴンの背に乗せてもらい、巣まで連れて行ってもらうこととなった。
雲海を超え、ひときわ高い山の山頂近くにある洞窟。
そこがドラゴンの巣であるようだ。
そこで見せてもらったのは――
「犬かな?」
よく分からない動物の巨大な骨、骨、骨。
どうも噛んでいると楽しいらしい。
そもそもこのドラゴンは人間と戦ったことは一度もないのだとか。
少なくともここは少なくとも人類圏のはるか外なのだろう。
まあ、そうなると貴金属だの宝石だの、金目の物の入手経路自体がないわけだ。
実はこの世界には人類が存在していない、なんて可能性も考えなければいけないか。
「これ、もらってもいい?」
代わりにもらったのが巣の外に落ちていたドラゴンのウロコ。
生え変わったそれらはごみとして外に尻尾で掃き出していたのだとか。
なのでそんなものを欲しがることを不思議がられた。
むしろ骨推しがすごかった。
「いいの。その骨はわたしの口には大きすぎるから」
そう言うと納得してくれたらしく引き下がってくれた。
巣の外にあったウロコは割れたものを含めて数百枚に及ぶ。
集めたものを魔素で包み、包んだ魔素ごと自分の中へと流れ込むように意識を向ける。
次の瞬間、ウロコの山は目の前から消えていた。
わたしは『わたしの世界』との接合点だ。
つまりわたしは世界を連れ歩いているとも言える。
だから実はいつでもソル達のところに帰れるし、こうやって物を送り込むこともできる。
まあ、自分以外の生き物は世界の壁を越えて出入りはさせられないのだけれど。
何はともあれ、生きていないものであればこうやってしまってしまえる。
まあ、時間経過まではいじれないので、食べ物なんかはしまえないが。
(むしろ取り出そうとしたらソル達に食べられてたとかありそう)
クッキーをほおばりその欠片をほっぺにくっつけたソルを想像して小さく笑う。
(人類と接触できたなら、美味しいものを送ってあげよう)
そんなことを思うものの、結局その日はウロコ集めで時間を取られすぎたせいもあって、ドラゴンの巣で一泊することになった。
ドラゴンもわたしが傍にいることが嬉しいらしく、寄り添って眠るその時まで終始ご機嫌でしたとさ。
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