第7話 辺境の街


「キュオォォン!」


ご機嫌な声を上げながら、わたしを乗せて空を行く白竜。

人間が見つかるまで乗せてってくれないかな、とお願いしたら快諾してくれたのだ。

自分で飛ばなくても良い空の旅というのはとても楽ちんだった。

山に囲まれた巨樹の森を抜けた先には、だだっ広い平原が広がっていた。

見渡す限りにおいて、人工物なんて見当たらない。


「このまままっすぐ行ってみようか」

「キュン!」


大きな川が流れる平原を通り過ぎ、初めに見たものよりかなり低い山脈と森をいくつか飛び越し。

飛行機もかくやという速度で2時間は飛んだだろうか。

強化した視界の先に、壁に囲まれるような家々が見えた。


「減速、減速して」

「キュゥゥン」


飛び越してしまわないよう飛行速度を抑えてもらう。

徐々に大きく見えてくる街は、森に向けて堅牢な壁を備えている。


「ありがとう、ここまででいいよ」

「キュウ?」


どうして? と問いかけるような声が響く。


「ここから先は、あそこに住んでいる小さな生き物の縄張りだから。あなたと争ってほしくないの」

「キュウゥゥゥ」


残念だと声を上げる白竜の上から飛び立ち、その頭へ回る。


「元気でね」


連れてきてくれたお礼として、いい事がありますようにとおまじないをかけることにする。

やり方については不思議と自然に頭に浮かんできた。

人差し指の先から浮き出るように血液が浮かび、それを白竜の額にある1枚のウロコに塗り広げる。


「あなたに紅月の加護を」


呟いた瞬間、白竜との間に小さなつながりが生まれたのを感じる。

血液は額のウロコを染め上げ、ルビーのような真紅に輝いていた。


「キュゥン」


その生命を良い方向へと導いてくれる、ちょっとしたおまじないだ。

白竜も喜びの声を上げ、顔をこすりつけてくる。


「じゃあ、またね」


手を振ってから白竜を振り切るように飛び立つ。

来た方向へと帰っていく白竜を尻目に、街を大きく回り込むように飛んでいく。

壁には開いている門があったが、森側から入ろうとするのは悪手だろう。

人間が住んでいない方向から初めての人間がやってきては目立つというものじゃない。

街の反対側には草原が広がり、その中に一本の道が通っていた。

その道に誰もいないのを確認して、上空からその道に降り立つ。

何度も踏み固められてできたような土道だ。

そこを街に向かって歩いていくと、壁に囲まれた門が見えてくる。

門には皮鎧姿の兵が4人、門の中央で談笑しているようだった。

そのうち兵の一人がこちらに気づいて、こちらを指さしたかと思えばあっという間に散らばった。

2人は門の向こう側へ行き、もう二人は門の両脇へ立ち、立てかけてあった槍を手に取る。

そんな様子を見て、よっぽどここは普段暇なんだな、と悟った。


「ようこそ、アネキセートの街へ」

「身分証はありますか?」

「ない」


やや緊張したように尋ねてくる二人の男性兵。

不思議に思いながらも正直に言うと、二人は顔を見合わせて首をかしげる。


探索者シーカーの身分証もありませんか?」

「シーカー?」


耳慣れない単語を口にされ、オウム返しに聞き返す。

ちなみにここまで日本語に聞こえているが、口の動きは明らかに違っている。

わたしも日本語で話しているが、それを向こうも疑問に思う様子はない。

念話オラクルのおかげなんだろうな、と思いながらも説明を聞いていく。


探索者シーカーというのは、未知を求め旅をする者たちを中心とする集団らしい。

国を超えて活動をしており、その活動は多岐にわたるのだとか。

その身分証は探索者協会シーカーズギルドが発行しているのだという。

探索者が重罪を犯せばあっという間に協会ギルドに粛清されてしまうので、その身分証も信頼できるのだと。

創作でよくある冒険者ギルドみたいなものだろうと勝手に納得する。やや物騒なようだけど。


「そういえば身分証以前に何も持っていないな」

「お嬢さん、荷物はどうした?」


二人の視線にやや険が混じる。


「こうしてる」

「「んなっ!?」」


『わたしの世界』から白いウロコを一つ取り出して見せる。

二人には虚空から物を取り出したように見えたのだろう。ひどく驚いた顔をした。


「な、なあ、お嬢さん。今のは一体なんだ?」

「わたしはこうやって物をしまったり出したりできる」

「危険なものを持っていたりしないだろうな」

「ない。むしろ必要なものも何もない」


胸を張って物騒なものは持ってませんよと宣言する。

様式美としてドヤ顔を浮かべてみたくはあったものの、さすがにそれはロールから外れてしまうので我慢した。

しかし門兵二人からは可哀そうなものを見る目を向けられてしまった。解せぬ。


「どっから来たんだ?」

「人里離れた山の上」

「どうしてそんなところに?」

「気がついたら山にいた」


一切噓をつかないように話す。

一応こちらが嘘をついていないことが伝わったのか、二人はまた顔を見合わせた。


「この街には何の用で来た?」

「街に用事があるわけじゃないけど、人間のいるところで生活したかったから」

「どうやって生活する気なんだ?」

「シーカー? っていうのになってみる」


わたしの答えに二人の兵士はため息をついた。


「探索者っていうのはこれだから」

「探索者は変人しかいないと思っていたけど、こういう変人だから探索者になるんだな」

「変人とはひどい」

「「変人だろう」」


美人に生んでくれた親御さんに謝れ、とまで言われた。

よほど変人が多いのだろうか、そのシーカーとやらは。


「まあいい。協会ギルドまでついて行ってやろう」

「ありがとう」


兵士に付き添われ、門を入って大通りを歩いていく。

どうも街を十字に大通りが通っており、中央には大きな鐘楼がある。

まっすぐ行けば森側の門にたどり着き、途中で曲がれば役場にたどり着くのだとか。

大通りにはいくつもの店が面しており、様々な人が歩いている。

赤だったり青だったり、様々な色の髪の人がいて日本とは全く違うのだと実感する。

さらに、その中には割合は低いものの普通の人間ではない人が混じっていた。

獣の耳が頭から生えている人、耳だけでは犬だか猫だかわかりづらいが、尻尾からして猫の獣人だろうか。

背が低くがっしりとした体形の髭もじゃな男性。あれは定番のドワーフかもしれない。

残念ながら耳のとがったエルフみたいな人は見当たらない。

きょろきょろしながら大通りを歩く。

馬車が走ることもあるので道の真ん中は避けて歩かねばならないそうだ。

店の看板は未知の言語で記されており、文字は読めないのだなと気づいた。

そして反対側――森側の門のそばにある大きな建物の前に立つ。


「ここだな。待っているから手続きが終わったら登録証を見せに来なさい」

「了解した」


兵士に見送られながら建物のドアを開いた。

建物の中は予想していたよりもこざっぱりしていた。

入って正面に受付カウンターがあり、向かって右手の壁には依頼表らしきものが張られたボードがある。

左側はいくつも丸テーブルと椅子があり、何人かの人が机を囲って話し合っている。

飲食の提供はしていないようで、各々の持っている飲み物や食べ物は各自持ち込みのようだ。


「いらっしゃいませ」


きょろきょろとしているわたしを見かねたのか、受付の女性が声をかけてくれた。

声をかけてくれた女性のもとへと歩み寄る。


「本日は依頼の申し込みでしょうか?」


どうやら客だと思われたらしい。


「違う。登録」

「登録証の発行ですか?」


詳しく聞いてみると、登録証発行のための登録と、シーカーという職業に就くための登録があるとのこと。

一般の職業の人でも自分のスキルなどの評価のために、登録証発行をしてもらうのだとか。

なんでも登録証発行のための登録でも自分のステータスが分かるようになるのだとか。

とりあえず、シーカーになりに来たのだと訂正すると、女性は驚きに目を見開いた。


「大丈夫ですか? 探索者は荒事も多い仕事ですよ?」

「大丈夫、問題ない」


即答すると女性は目をぱちくりと瞬かせ、その次の瞬間にはとても愉しげな笑みを浮かべていた。


「それでは、探索者シーカー協会ギルドの役割について説明します」

「お願い」


そこで受けた説明は以下の通りだ。

シーカーとは探索者、世界の未知を探索するもの。

ギルドでは探索者の持ち帰った情報を売り買いし、また民間から依頼を受けそれを探索者に斡旋している。

基本的に世界を旅する者たちのための組織だが、その下支えのために様々な業務を請け負ってもいるのだとか。

その中には銀行としての役割もあり、国を超えてお金のやり取りができるのだそうだ。


「すごい」

「ありがとうございます」


ただし身内から出た犯罪者にはとても厳しく、その情報はすぐに共有され罪の重さに応じて捕縛、もしくは殺害のため探索者たちが動き出すのだそうだ。

ちなみにこの場合の罪とは国ごとの法律による、と。

逆に冤罪だったりよほど理不尽に罪に問われた場合は、協会が保護してくれるのだとか。


「ご理解いただけましたか?」

「はい」

「ではこちらにサインをお願いします」


何らかの書類を差し出されるが、読めない。

右下にあるサイン欄らしき場所に、Lunaと表記する。


「……ええと」

「ルーナ、と読む」


向こうにもこちらの文字が読めなかったようだ。


「とりあえず、こちらの登録装置に手を置いていただけますか?」


そう言って女性が机の下から取り出したのは、白いセラミックのような光沢をもつ四角い物体だった。

幾何学的な模様が描かれており、その中心には丸い円が描かれている。

言われたとおりに、中央の円の上に右手を乗せる。


「私の言葉を繰り返してください。アクセス」

「アクセス」


呟いたとたん、手を中心に幾何学模様の溝が虹色に光り始める。

そして次の瞬間、わたしの目の前にウインドウが開かれた。


『外部システムからのアクセスがあります。許可しますか? Y/N』


イエスと念じると、次の画面が開かれる。


『コンバートを開始しますか? Y/N』


(ここでNoを選択すると大変なことになるのかな)


そんな好奇心を押し込め、イエスと念じる。


『Npw Converting・・・』

『Completed』


数秒後、改めてわたしの前にのウインドウが開かれた。




Name:ルーナ

Race:吸血鬼【真祖】

Age:3歳

Job:聖女

Blessing:――

Skill:吸血、吸精、飛行、血装術、魔素支配、魔力回復、状態異常耐性、回復魔法、神聖魔法、身体強化




慌てて閉じるよう念じると、ウインドウは消えてしまう。

幸い、女性にはウインドウは見えなかったようだ。

やがて光も収まり、次いで何かを打ち付けるような振動と音が机に響く。

それが収まると、女性が白い装置から銀色のカードを取り出した。


「はい、こちらがルーナさんの探索者証となります。失くさないようにご注意ください」


渡されたそれは鋼鉄でできたカードのようで、読めない字がいくつも並んでいる。


「ここは買い取りはやってる?」

「素材の買い取りですか? それは隣の建物で受け付けております」


素材の買い取り、獲物の解体を行っているのは隣の建物だそうで、ここでは現金精算を行うだけだそうだ。


「ありがとうございました」

「ご活躍を楽しみにしております」


何が琴線に触れたのか、楽し気な笑みを浮かべる女性に見送られ、建物を出る。

待っていてくれた兵士さんに銀色のカードを見せるとため息をつかれた。


「とりあえず、危ないことをするなよ」

「善処する」


なぜか微妙な目で見られた後、もう一度ため息をつかれた。心外だ。


「じゃあな。くれぐれも問題を起こさないでくれ」

「ん、ありがとう」


ぶっきらぼうな言い方だが、心配されているのは伝わってきたので笑顔を浮かべてお礼を言う。

なぜか顔を赤くして視線をそらされた。


「くそ、これだから美人は」


小さな声で呟いているが聞こえている。どうやら照れたらしい。

男の照れ顔なんて嬉しくないなと思うものの、その一方で何となく優越感のようなものを感じる自分に驚く。


「じゃあな」

「またね」


挨拶を交わすと兵士さんは踵を返し、足早に去っていった。

それを見送った私は、改めて隣の建物――素材の買取所へと向き直るのであった。

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