第4話 可愛い先輩

「先輩、何かあったんですか?」


 心配になって聞いてみる。


『ん、ちょっと……。ねぇ久我くん。あのさぁ、私の演技ってどう思う?』

「演技ですか? ん〜そうですね。俺は可愛いと思いますけどね」

『可愛いかぁ……。それ、今日言われたんだ』

「それは良い事なんじゃないんですか?」

『可愛いはね、演技じゃないんだって。可愛く見せるのが演技だって言われて良くわかんなくなっちゃって……』

「先輩……」


 俺には演技の事はよくわからない。だからこういう時なんて言ったらいいのか……。確かに俺が今言った感想は先輩の見た目有りきの言葉。それを褒められても演者としては納得できないってことなんだろうな。


『なんかゴメンね? いきなり電話して変な事言っちゃって。こんなこと言われてもわかんないよね』

「あ、いえ……その……」


 考えろ。何か先輩の力になれる事を。先輩はさっきなんて言った? 確かって言ってたよな……あ。


「先輩っ!」

『わ、な、なに? いきなりどうしたの?』

「参考になるかどうかは分かりませんけど聞いてください。さっき先輩は可愛く見せるのが演技って言いましたよね? それは俺達ラブコメ作家でも一緒です。俺達は【文字】だけでそれを読んでる人に伝えて、更にそれを頭の中で作って貰わなきゃいけないんです。だからキャラ一人の動きを書く上でどんな仕草を指の動き一つまでどんな描写で書けば可愛さが伝わるか、どんな言葉を言わせたら可愛いのかを考えて考えまくって書いてるんです! 多分ですけど、演技もそれと似てると思うんです。覚えたセリフ以外にもカメラにも映らない所まで全力で可愛いを作りましょう! そしてそれをただでさえ可愛い先輩がやったら最強! もう全力の可愛さで他の奴らを叩き潰してやりましょう!」

『…………』


 あ、あれ? 反応が無いぞ? 勢いで言っちゃったけど、やっぱ違うか? 元々自信はないんだけれども。


「せ、先輩?」

『ふ、ふ〜ん? 久我くんは私の事そんなに可愛いと思ってくれてたんだ?』


 しまった。やぶ蛇だった。もうこうなりゃヤケだ。


「何言ってるんですか? 昔からずっと可愛いと思ってましたが何か?」

『へぇ〜そうなの? そんなの初耳なんだけど?』

「聞かれてませんからね」

『そっかそっか。うん。それならしょうがないから、これからももっと可愛い所を見せてあげちゃおっかな?』

「え、いいんですか? そんな事されたらもっと可愛いって連呼しちゃいますよ?」

『っ……! へ、へぇ〜? まぁ別にいいけど? ほら、私って可愛いし?』

「あ、自分でいいおった」

『う、うるさいっ! ってかヤバい。急がないと近所のスーパー閉まっちゃうじゃん! 冷蔵庫に何も無いの忘れてた〜! ってな訳でまたね、久我くん』

「はい。気をつけてくださいね。転ばないように」

『確かに背は低いけども子供じゃないからね!?』

「はいはい」

『まったくもう! あ、それと…………ありがと。元気出た』

「…………へ? あ、あれ?」


 俺が間抜けな返事を返した時には既に電話は切れていて、聞こえるのはツーツーという音に混ざって耳に入る周囲の雑音だけ。


「最後の方、いつもの先輩の声に戻ってたよな。少しは力になれてたら良いんだけど」


 俺はそう呟くと、慌ててバタバタしてる先輩の姿を想像して少し一人で笑った。



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