第3話 創作界隈に天使はいた。ホントにいた。
「来たばかりなのにお待たせしちゃってごめんなさい〜。それでもう運んで来てもらいますか? 一応コースで頼んであるんですよ〜」
これ、なんて答えればいいんだ? 俺、英語わかんないんだけど。まぁ、既に頼んであるならとりあえず同意しとけばいいよな?
「い、YES……」
「あははっ! なんで英語なんですか〜? ワタシ、ずっと日本語で話してますよ?」
はぅあっ! そ、そうだった! つい日本人離れした見た目に騙されてしまった!
「えーっと、あ、はい。じゃあそれで」
「は〜い」
繭梨先生が店員を呼んで何かを言うと、あっという間に目の前のテーブルに料理が並べられていく。
その全てが揃うと彼女は可愛らしく両手でグラスを持ち、そのまま前に差し出してきた。
「それでは、空園先生の作品の重版と最新刊発売にかんぱ〜い!」
「か、かんぱーい」
「じゃ、食べましょう。ここ美味しいんですよ〜♪」
くそう! なんだこのキラキラした感じは! 眩しくて直視できないんだが!? 何よりも未だに状況が上手く掴めてないってのに。
「あ〜……えっと、やっぱりびっくりしました?」
「……へ?」
突然の質問に美味いのかどうなのかよく分からない肉を口に運びながら返事をする。
「ほら、ワタシの外見ってこんな感じじゃないですか? 今回の挿絵の件で担当さんにお会いした時も驚かれちゃったんですよね」
彼女はそう言いながら金色のサラサラの髪を一束掴み、ハラりと落とす。その姿が様になっていてつい見入ってしまった。
「ワタシの名前、本当はサイラス・佐伯・オフィーリアっていうんです。祖父がイギリスの方の生まれなんですよ。それでワタシはその血が濃くてこの外見なんですけど、生まれも育ちも日本なので日本語しか使えませんし」
「あ、そうだったんですか。えっと……それならオフィーリアさん、でいいんですかね?」
「それだと長いのでリアでいいですよ? 親しい友人はみんなそう呼びますし」
「あ、はい」
よし、なるべくそう呼ばなくても済むようにしよう。いきなり名前で呼ぶなんてレベル高すぎ君だし。
だけど──
「そう! そうなんですよリア先生っ! あの胸の質感、下着の細かい書き込み! ほんっと最高でした!」
「わかってくれました!? 実はワタシも自分で描いてて「あれ? この子超可愛くない? 超えっちくない!?」ってなりましたもん!」
無理だった。無理に決まってる。
食べ終わったあと、現在テーブルの上にあるのは水滴の付いたグラスと軽いおつまみ。
そして会話はお互いの仕事の話とお礼。
妙にお互いの性癖が似ていることもあって、会話が盛り上がる盛り上がる。そうなったらもう止まらない。止められない。
最初は相手が女性ってこともあって躊躇したけど、そこはやっぱり仕事として描いているだけあって恥ずかしいとかそんな話は嫌だなんてこともなく、むしろ嬉々として向こうから話を振ってきたくらいだ。尊敬しかない。
確かに美少女なんだけど、邪な考えなんて一切浮かばず、むしろ穢してはいけないとまで考えていた。マジ天使。
「だけど空園先生の文章も上手ですよね! 担当さんから話を貰った時にWebで連載してるものを一通り読ませてもらったんですけど、なんていうかこう……ムラムラしました!」
「エロゲーを参考にしました。エロゲーは教科書です」
「それ分かります。ちなみになんてゲームなんですか? ワタシもやったことあるかな?」
エロゲーやってんのかーい。最高かよ。
「えっと、○○○○○○○ですね」
「……え?」
タイトルを伝えると何故か固まる繭梨先生。
「ど、どうしたんですか?」
「えっと、これは完全なオフレコになるんですけど、実はそれ続編が出るんです。そしてその続編の原画担当が実は……ワタシなんです!」
「まぁじで!? うわっ、絶対買います。予約して買います。そしたらサイン下さい」
「書きます書きますよー! あ、サインで思い出しました! 実は今日空園先生の本持ってきてるんですよ。よかったら先生のサイン貰えないかなー? って思いまして」
「え、買ってくれてたんですか? めちゃくちゃ嬉しいです。それでサインなんですけど……実は既に書いてある物を持ってきてるんで、それを差し上げます。だからと言うわけではないですけど、僕も先生の描いた同人誌持ってきているので、それにサインをいただけたらと」
「わぁ! ありがとうございます! 全然書きますよ〜。ってこれ懐かしいですね。まだ駆け出しの頃に描いたやつじゃないですか」
「はい。その頃からファンなんです」
「な、なんだか照れますね」
おい、照れ顔天使かよコノヤロウ。
サイン本を渡し、俺もサインを書いて貰ったところで気になっていたことを聞いてみる事にした。
「そういえばなんですけど、いつもは僕達担当さんを通しての連絡だったじゃないですか? それが直接だったのはどうしてかな? って思いまして」
「あの、じつはですね? 本当にお祝いの意味もあったんですけど、空園先生のイラストを担当してからラノベのイラストの依頼が増えまして、そのお礼も兼ねて誘ったんですよ〜。担当さんを通すとどうしても事務的になると思ってなんかそれは違うなぁ〜って。こんな風に誘うの初めてだったので凄く緊張しちゃいました♪」
なんてこった。天使はここに居たのか。
それからまたしばらく会話を続け、時間も遅くなってきたから解散することに。
「繭梨先生、今日は本当にありがとうございました。お金も払って貰っちゃって……。僕の方が歳上なのに」
そう。繭梨先生はなんと21歳だったのだ。若くしてこの才能。羨ましい。
「いえいえ。誘ったのはワタシですから。それにこういうのは歳上とか歳下とか関係ないんですよ? お互い一人の人間としてそこに差はないんです」
「確かに」
なんてできた子なんだ……。
「それと……」
「なんですか?」
「出来れば普段も名前で呼んで欲しいです。その、人前で【繭梨】って呼ばれるのはちょっと恥ずかしいというか、聞かれた人に眉毛が無いか見られそうじゃないですか?」
「ブハッ……あ、笑っちゃってすいません。けど確かにそうですね。じゃあ、リア先生で」
「はいっ! やった♪」
やめなさい。そんなに喜ばれると勘違いするでしょうに。俺は長男だから大丈夫だけど。
「じゃあワタシはそろそろ帰りますね。空園先生お疲れ様でした。ではまた」
「はい。リア先生もお気をつけて」
駅の方に歩いていく繭梨──リア先生を見送ると、自分の家へと足を向ける。
歩き始めた少し経った時、ポケットの中のスマホが震えた。取り出して画面を見るとそこには野杁先輩からの着信。俺は急いで通話をタップして耳に当てると……
「はい」
『あ……久我くん? 今、ちょっといいかな……』
そう言う先輩の声はいつもの元気さがなく、少し沈んでいた。
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