第10話 徳子と教経
放課後の徳子は忙しい。
「昨日はサッカー部の田中先輩を鑑賞したから、今日は野球部の服部先輩を眺めつつ新入生のイケメンチェック〜」
イケメンは生で観るに限る。が信条の徳子は、テレビに映るイケメンには興味がない。やはり今そこに存在しているイケメンを、同じ大地を踏みしめて生きていることを実感しながら眺めるのがイケメン鑑賞の醍醐味だ。
ウキウキしながら玄関を出て、軽い足取りでグラウンドに向かう途中、よく見知ったイケメンの姿を見かけて徳子は足を止めた。
桜の木に登って、枝の間に器用に座り込んでいる少年。いつになく物憂げな様子は桜の風情と相まって絵になるが、どこか寂しい気がする。
徳子は一つ溜め息を吐いて方向転換した。
「教経!」
桜の木に足を掛けながら声をかけると、樹上の教経は驚いたように目を開けた。気配に敏感な教経がここまで接近に気付かないのは珍しい。
「何やってんの?」
「徳子! お前、制服で木に登ってんじゃねえよ!」
そう言うと、教経はひらりと桜の木から飛び降りた。
「ほら!」
地面に降り立った教経は、中途半端な高さで木にしがみつく徳子に向かって両手を広げる。その呆れたような表情を見て、徳子はへへっとはにかんだ。
木の幹を蹴って飛び落ちると、教経はしっかりと徳子の体をキャッチしてくれる。この一つ年下の従兄弟は、いつも徳子を守ってくれる。
「まったく……」
ぶつぶつ言いながらも丁寧な手つきで徳子を立たせる教経の首に腕を回して、徳子はにっこり笑って提案した。
「今からイケメンチェックに行くんだけど、一緒にどう?」
「アホか! 俺にイケメン眺めて喜ぶ趣味があるわけねぇだろ!」
「えー、しょーがないなー」
徳子はしぶしぶ腕を放した。
「じゃあ、一緒に帰ろうよ。ね?」
「……イケメンチェックはいいのかよ」
教経は目を逸らしてぶっきらぼうに言う。それが照れ隠しだということを、徳子はよく知っている。
「たまには身内のイケメンにも構ってあげないとねー」
徳子は強引に教経の腕を取って歩き出した。教経は一瞬何か言おうとしたが、徳子に腕を引かれると諦めたように口を閉じて歩き出した。徳子は腕を振り解かれなかったことに、内心ほっとした。
「ねー、教経」
「あん?」
腕を組んだまま校門に向かいながら、徳子はなるべく声が震えないように尋ねた。
「こないだ、学校サボってどこに行ってたの?」
教経の腕がぴくりと動いた。それに、徳子は気付かない振りをする。本当は、自分の方こそ震えてしまいそうだ。出来るなら、震えて泣き出してしまいたい。
ちらりと教経を見ると、苦り切った表情で徳子から目を逸らしている。適当に嘘を吐くことも出来るのに、教経はそれをしない。
「父上に、何か命令された?」
いや、と小さく否定が帰ってくる。徳子はほっとした。
「じゃあ、何やっていたの?」
教経が徳子に嘘を吐かないことを知っていて、こうしてそれを利用して問い詰める自分を卑怯だと思う。だが、
「教経」
掴んでいた腕を放して、徳子は教経の真正面に立った。
「八百年前の戦いは、まだ終わっていないのよね」
そのために、皆同じ時代に生まれ変わってきたのだ。御霊の持ち主が同じ時代に集まったのは偶然などではない。徳子はそれをよく知っている。
そして、己自身もまた、御霊を宿す者として今生で果たすべき役割があることも。
最後まで、逃げ出すわけにはいかないことも。
「でもっ、でも、それでもっ」
徳子は教経の胸に飛び込んで、背中に手を回した。教経の動揺が伝わってきたが、徳子は離れなかった。
「またあの時みたいに、あんたが目の前で死ぬのは嫌!」
前世で見た光景が、まぶたの裏に蘇る。揺れる船の上、海に飛び込む一瞬前、教経は確かに徳子を見た。徳子を見て、子供の頃と同じように笑って、そうして海に沈んでいった。
もう、あんなことは繰り返したくない。せっかく平和な世に生まれ変わったのに、また失いたくはない。
「徳子……」
真剣な声音と共に、徳子の肩に手のひらが降りてくる。その温かさを感じて、徳子は目を閉じる。
「徳子……俺は……」
教経の手に力が込められる。徳子は黙って教経の次の言葉を待った。
「徳子……ぁあああんなところにすっげぇイケメンがいるーっ!!」
「えっ!? どこどこどこーっ!?」
肩に置かれた手でぐるっと方向転換され、道の向こうを指差して言われた言葉に、思わず目を輝かせる徳子。
「どこよ教経!? どの程度いい男だった!?」
「まあ、兄さんには及ばないかな」
「アンタ結構ブラコンよね!」
徳子は先程と同じように、教経の腕を掴んで走り出した。
「ほら、行くわよ! イケメン探しの旅に!」
「だから、俺はイケメンに興味ねぇっつーのっ!!」
ふざけ合いながら、二人はお互いの心の中で謝っていた。教経は徳子に応えられなかったことを。徳子は、感情を抑えられずに教経を追い詰めてしまったことを。
早すぎるのだ。まだ、何もかも。
徳子は涙をこらえて教経の腕を引っ張る手に力を込める。前世では放してしまったこの腕を、今度こそ放さずにいられるように。
徳子の願いは、それだけだ。
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