第7話 秘密の集まり


***




 目的のビルの前で送迎の車から降りた頼朝は、黒く聳えるビルを見上げて目を眇めた。普段は滅多に出てこない市街の中心地だ。忙しそうなビジネスマンやOLが足早に通り抜けていく。そのうちのかなりの割合の人々が、佇む頼朝を見て驚いて振り返る。彼らは頼朝の気品溢れる整った容姿に顔を赤らめたりぽかんと口を開けて見とれたりするのだが、頼朝はそんな視線をまったく気にも留めずにビルのエントランスへと足を踏み入れた。

 きらびやかなロビーを一瞥し顔を顰めると、頼朝は今から会う連中に浴びせる最初の一言を心に決めて拳を握った。


 エレベーターが最上階に着き、軽い振動と共に扉が開かれる。広いフロアーには一室しかなく、気密性を保つための分厚い扉が開かれて頼朝を迎えていた。

 普段は会議場として使用されることが多いのだろう。立派なオーク材の円形テーブルを囲んだ十数人の男達が、入ってきた頼朝に恭しく礼をした。


「お待ちしておりました。お久しぶりです、殿」


 居並ぶ面々を前にして、頼朝は口を開いた。


「お前達……入り口に貼られていたこの「源頼朝ファンクラブ御一行様」っていう垂れ幕はなんだ!? 秘密の集まりだっつってんだろ!!」


 頼朝はロビーで目にするなりむしり取ってきた紙をテーブルに叩きつけた。

 一同の中で一番年若い青年がしゃあしゃあと言った。


「セッティングする際にやはりそこは譲れないと思って」

「やっぱりお前の仕業か義時」


 なんら悪びれることのないその態度にこめかみを引きつらせて睨み付けると、北条義時は心外だといった様子で肩をすくめてみせた。びっしりと上まで留められた詰襟の学生服からは生真面目さと優秀さが漂ってくるが、言っていることは多少ずれている。


「侮らないでください。俺一人の独断じゃありません。ちゃんと皆に連絡して同意を得ました」

「極力接触は避けろと命令してあるのに、なんでそんなくだらないことで連絡してんだっ!」


 思わず声を荒らげて突っ込む。こんなことなら自分で予約して場所を借りるんだった。ここは部下の一人が所有するビルではあるが、今日は秘密の会合なのだ。目立たずにやりたいから誰かの屋敷に集まるのは避けたというのに、頼朝一行が集まっているとバレるような真似をしないでもらいたい。

 ここに集まったのは前世から最も信頼できる部下達ばかりなのに、何故こんなくだらないことで煩わされなければならないのか。

 そんな頼朝の心中を無視して義時は胸を張って言う。


「いくら頼朝様でも聞き捨てなりません。このファンクラブをくだらないと言いたければ、源頼朝親衛隊会員番号一番の俺を倒してからにしてください」


 元凶は完全に義時だが、他の者達がなんら異を唱えなかったところを見ると全員同罪だ。

 まだ何もしていないというのに、すでに充分疲れた頼朝は「帰ろうかな」と心の中で呟いた。


「おいこら義時! いつまで殿を独占しているんだ! 家子の専一だからって調子に乗るなよ!」


 義時の隣の仕立てのいいスーツ姿の若者が痺れを切らせて口を挟んだ。義時はそちらに目を向けもせずにうざったそうに言う。


「クズ原クズ時はどうせ年中隠し撮りしてるんだろ。黙れ」

「誰がクズだ! それにあれは隠し撮りじゃない! 芸術だ!」

「いい加減にしろ! 殿の御前だぞ!!」


 言い合いを始めた若者二人を、義時の父、時政が怒鳴りつけた。二人は時政に怒鳴られて、というよりも、疲れた様子でテーブルに突っ伏す頼朝の方を見て口を噤んだ。


「殿〜、しっかりしてください」


 安達藤九郎が席を立って頼朝の背中を叩く。部下の励ましに、頼朝は痛むこめかみを押さえて立ち上がった。

 頼朝が立つのを待ち構えていたように、その場で一番年長の壮年の男が問いかけた。


「それで、殿。我らを集めたということは、いよいよ本格的に動き出すと思ってよろしいので」


 動く、という言葉に、全員の表情に緊張が走る。一気に緊迫した空気の中で、頼朝は全員の顔を見渡しながら告げた。


「その通りだ広常。知っている者もいると思うが、先日、天狗の転生を確認した」


 この場にいる者の多くは、前世で天狗の凶暴さを多かれ少なかれ目にしている。人ではない、魔の者。古来より、魔物に殺された人間は魔物の魂に取り込まれ、成仏することも生まれ変わることも出来ぬと言われている。

 取り込まれずに済んだのは、御霊を持っていた者だけだ。

 殺されずとも、魔物に負わされた傷は永遠に言えぬとも聞く。

 頼朝も、他の誰も、前世ではあの魔物を倒すことが出来なかった。


「今生でこそ、あの天狗を葬ってやる」


 頼朝はそう宣言して拳を握った。いつもは穏やかな彼の表情が、今は厳しくも冷たいものに変わっている。

 それはまさしく、天下人源頼朝の顔だった。

 居並ぶ男達は、ぞくりとした悪寒にも似た高揚が湧き上がってくるのを感じた。

 梶原景時が感極まって真っ先に声をあげた。


「ああ! とうとう始まるのですね! 景時は最期まで殿に従います! この身が魔物に引き裂かれようとも、殿のためならば喜んで真っ二つになりますとも!」

「キモいんだよ藁クズ野郎」


 あからさまな興奮を隠そうともしない景時に、義時が心底嫌そうに顔を背ける。

 若者二人が再び険悪になりかけ、時政が息子の義時を諫めようと口を開きかけるが、その前に頼朝に透き通るような眼差しを向けられて、義時と景時はびしっと姿勢を正した。

 前世から父親の言うことよりも頼朝の方に素直に従う義時に、時政は内心複雑な心境になった。

 静かになったのを確認すると、頼朝はゆったりと言い聞かせるように語り出した。


「ここにいるお前達は、俺が前世から最も信頼する郎党であり、御霊に認められた強者どもだ。今生においてもあらゆる面で俺を助けてくれて、感謝している」


 この機会にと、頼朝は心からの本心を口にする。この場にいる者達全員が前世で最期まで団結していた訳ではない。利害の対立から滅ぼされた者もいれば、頼朝自身の命により粛清された者もいる。

 だが、前世の遺恨を捨てて再び頼朝の足下に駆けつけてくれた。かつて、挙兵した頼朝の元に集った時と同じように。

 全ては頼朝の目的のため。この国のため。

 頼朝は揺るぎない決意を込めて口にした。


「千年の呪いを解き、この国が滅ぶのを食い止められるのは俺達しかいない。八百万の神々を解き放ち、この国を再び神宿る地とするのだ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る