第115話 アナーキスト Anarchists

 大滝は悠然とスラム街の歩道を闊歩した。全身にほとばしるほどの新鮮なエネルギーを感じる。コンクリートジャングルの蒸し暑さも苦にならない。

 この一年というもの、何の因果か、機動歩兵の新連隊長候補とは名ばかりの場違いな研修に、この極東の島国に留められてきたが、ついに人生の主導権を自らの手に取り戻した感があった。しかも、この六年、曖昧模糊として捉えどころのなかった焦燥感が、何やら確固たる方向性を伴う使命感めいた感情へ形を変えつつある。

 何にせよ、流れに任せると決めたからには、犬も歩けば棒に当たるだ!

 トラブルに巻きこまれるにせよ、新たな発見が生まれるはずだ、と確信していた。


 今朝も、シティでのカウンセリングが火災警報で中断された旨を、参謀本部に報告したばかりだ。面談の途中で記憶が途切れていては、火災報知器が鳴ったと知る由もなかったが、そこは情報マニアの軍曹が頭を働かせた。シティ行政府の日報を調べて、当のビルで火災報知器が誤動作したと探り当てたのである。

 時間帯がピッタリ一致する。フリオのやつは実に得難い人材だ。

 大滝は改めて感じ入ったのだが、同時に参謀本部に対する疑念も深まった。

 火災報知器の誤報は偶然か?・・・そもそも、なぜ特殊部隊専任の心理調査士官が来日しない?シティの民間機関に行かされた挙句、よりによって深山貴美がカウンセリングを担当するとはな・・・

 汚染地帯とシティで我が身に生じた謎めいた現象はさておき、参謀本部は何か重大な計画を企んでいる、と結論付ける他なかった。この一年、蚊帳の外に置かれた身として、もはや記憶を喪失したとありのままに報告する気など毛頭ない。

 元より上層部の意向に忖度する大滝ではない。機動歩兵の特徴でもある独立独歩のワンマンアーミー気質に加え、権威に対する生来の反逆的な傾向が、ここに来て一段と強まった。

 新たに掴み取った事実を手掛かりに、数々の謎を解明すべく執念を燃やしていたところへ、軍曹から西の都までドライブを持ちかけられたのである。

 ジャッキー・ラウの助言に従う形になったが、気晴らしが目的ではない。行き会ったりばったりだろうが、動けば何か掴めるに違いない、という大滝の密かな確信は、すぐさま現実のものとなった。


 イワクニ基地を出た後、しきりに運転席の前面パネルを操作していた軍曹がこう言ったのだ。

「サーベイランスアセンブリを購入したので、試しに車のAIに接続したのですが、何者かがGPSを仕こんでいます。盗聴装置はないようですが・・・」

 盗聴器の電波やGPS信号をピンポイントで探知する装置か?

 フリオは闇市とやらでニッチな機器を手に入れているらしい、とピンときたが、ありふれたGPSを気にする理由が分からず、大滝は怪訝な顔で尋ねた。

「だが、こいつは市販車だ。当然、GPSが付いているだろう?」

「それが・・・車ではなく大尉殿のようです。これで位置が特定できます」

 軍曹が短い柄が付いた小型プローブを差し出した。

「なんだと、俺にか!?」

 大滝は眉をひそめ、受け取ったプローブを足元から身体の前面に沿ってかざした。腰の辺りまで来た時、「ピピッ」という警告音と共に赤いランプが点滅し始めた。腰回りに沿ってゆっくり動かすと、突然「ピーッ」と長い反応音が響いてランプの点滅が止まった。

 3D画面を確認した大滝が唸り声を上げた。

「こいつは驚きだ。ワークパンツの後ろポケットのボタンだ。基地のランドリーに洗濯に出して、昨日受け取ったばかりだ。なぜ基地の探知機に引っかからなかった?」 

「基地を出た後、何者かが起動したようです。おそらく内部犯行です・・・どうします?」

 米軍基地内にスパイが潜んでいるとなると油断も隙もない、と心配性の軍曹は不安気だったが、大滝は平然とうそぶいた。

「何もしない。泳がせて相手の正体を突き止める」

 スパイがいると知っても、歯牙にもかけていなかった。


 軍曹は真顔でうなずいた。

 大尉にとってはむしろ歓迎すべき展開らしい・・・

 さもありなんと察しはついていたものの、このところ、大滝の強靭な精神力がいや増しているように思えてならない。新たなトラブルの予感に、軍曹はやや緊張した面持ちでエアカーのハンドルを握っていた。

 高速道に入ると自動操縦に切り替えた。エアカーの制限時速は二百キロと、タイヤ式車両の二倍だ。高度差を設けてAIが通行量を管理する高速は渋滞もなく、一時間半ほどで西の都に到着した。

 北の都心と南のスラム街の境で、軍曹は米軍専用の駐車場にエアカーを乗り入れた。大滝の身分秘匿のため、基地が手配した民間のレンタカーには「U.S. Marines」のナンバープレートが付いていない。米軍や各国公使の車両とは異なり、スラム街に乗り入れると、ラガマフィンの検問に引っかかるのだ。


「俺は南に向かう。何かあればイヤーモジュールで連絡する」

 大滝が声をかけると、軍曹は車のトランクから金属製のスーツケースを取り出し、盗難防止装置の付いた自走式キャスターに載せた。

「私は波動砲の基盤を探します。電撃を受けたせいで、頻繁にフリーズするのです。ステーツから調達すると時間がかかるので、ここで見つけます」

 大滝は鷹揚にうなずいた。例の闇市に向かう気らしい、と気づいたが詮索はしなかった。

 軍曹もまた、大滝は自分を巻きこまないよう配慮していると気づいているが、やはり無駄口は叩かなかった。性格も能力も大きく異なるが、二人は以心伝心の仲で、ジャッキーの言うところの名コンビなのである。


 規格外の接続端子を合わせるためとは言え、波動砲を街中へ持ち出すとはな・・・

 軍用兵器の持ち出しは、基地内外で重大な違反行為だが、機動歩兵ユニットは言わばアンタッチャブルだ。発見したところで、当局は見て見ぬ振りをする他ない。

 権威に反抗的なアナーキスト気質は、どうやら筋金入りのようだ。フリオと俺はやはり似た者同士だ。

 大滝は感嘆とも苦笑ともつかない笑みを浮かべた。



「こいつは、おれらが前にボコボコにした野郎でんがな!懲りもせんと舞い戻ったんかいな。物好きなやっちゃな~」

「諜報管理室」とは名ばかりの殺風景な事務室には、汎用AIに接続した高解像度の大型モニターだけが異彩を放っている。

 このところ、ラガマフィンは街角の監視を一段と強化したが、その甲斐あって、スラム街に立ち入った大滝の姿を監視カメラが捉えていた。虎部隊員発見の通報を受け、AIを使いタオの動向をトレースした後、予想される行動範囲から、半時間ほど前にプラウドの縄張りに入域した大滝を割り出したのである。


「お前、この男を知ってんのか?」

 伊藤がじろっと留守番役のラガマフィンを見据えた。

 伊藤は四十がらみの無口な男だ。中肉中背だががっちりした体型で、地味なグレーのスーツを纏っている。一見どこにでもいそうな地味な中年男だが、荒仕事にかけてプラウドにこの男の右に出る者はいない。慎重で頭も切れる始末屋である(*)。

 伊藤は改めて静止画像を見つめた。街角の監視カメラが捉えた男は、姿勢や動作から見て明らかに軍人でしかも大柄だ。ラガマフィンごときに簡単に叩きのめされるような、ひ弱な手合いには見えない。


 伊藤の隣に立つ中村も驚いて、思わず口を挟んだ。

「本当か?この男を痛めつけたのか?何人で襲った?」

「へえ、昨年のことですねん。シンの兄いに痛めつけたれ、と言われまして、五人でかかりましてん。でけえくせに手ごたえのねえ野郎で、一発でひっくり返りましてん」(**)

 何だとッ!?

 唖然とした中村は、即座に伊藤に耳打ちした。

「話がある」

 伊藤はうなずいて、ラガマフィンに向かって軽く顎をしゃくった。

「ほな、後方支援策が決まりましたら、呼んでくれまっか?よろしゅう頼んます」

 丁重に頭を下げた男は、そそくさと監視室を出て行った。

 なんせ伊藤さんは、あのレッドマンデーの生き残りや・・・地元出身とちゃうが、今はプラウドの上級アドバイザーやて。わいらラガマフィンは、誰ひとり頭が上がらへん。雰囲気からしてえろうおっかないわ・・・

 強面こわもての伊藤に、心底恐れをなしていた。


「プラウドの標的はこの男か?」

 中村は深刻な表情を浮かべていた。

 二十年来の知古だが、タフな中村がこんな表情をするのはよほどのことだ・・・

 訝しく思った伊藤は重々しい声で答えた。

「いや、この男は標的が尾行している相手らしい・・・お前の知り合いか?」

「ああ、シティで一度組んだことがあるんだが、恐ろしい奴だ・・・米軍の特殊部隊員らしい。できれば関わらない方が身のためだ。この男を追っているのは何者だ?」

「虎部隊だ」

 伊藤は簡潔に言った。

 虎部隊だと!?大滝を追っているのか?・・・マグレブの一件と関係がありそうだが、いずれにせよただ事ではすむまい。国家間の謀略が絡んでいるはずだ。

 中村は直感した。

 とてもじゃないが、ガーディアンやプラウドが出る幕ではない。手ひどい目に遭うだけだ・・・

 だが、逃亡中の中村には他に行き場所はなかった。背に腹は替えられない、と迷いを打ち捨てた。動揺を押し殺して遠慮がちに口を開いた。

「まだ事情もろくすっぽ知らない俺が言うのも気が引けるが、応援を送った方がいい・・・攻撃ドローンはどうだ?」

「だめだ。警察との取り決めでな。航空兵器の類いは使えん」

 伊藤は無表情に言った。相手が誰であろうと、ぶっきらぼうな物言いは変わらないが、頭の中は常に冷徹で緻密だ。感情のない殺人マシンのようだ、と冷酷苛烈なプラウドの仕事人たちでさえ恐れをなしている。

 中村とはかつて海外の傭兵部隊で知りあい、共に戦火を潜り抜けた仲だ。しかし、ガーディアン部隊から逃亡した中村に救いの手を差し伸べたのは、友情と言うよりビジネスだった。中村は優秀な傭兵にして信義にも厚い。得難い人材を見逃す手はなかった。


 中村の言うことには必ず一理ある・・・そう言や、中東ではドローンの遠隔オペレーターもやっていたな。

 がっちりした顎を引き締めて思案した後、伊藤は言った。

「考えがある。一緒に来てくれ」

 虎部隊の男を発見したと一報を受けて駆けつけてみれば、ここはすでにもぬけの殻だ。ラガマフィンの若造どもが先走りやがって!・・・たかが一人と甘く見たら、全滅だ。おまけに、奴が尾行している相手も危険な手合いらしい。

 頭に血が上りやすいチンピラがくたばるのは勝手だが、これ以上、警察と公安を刺激しては、プラウドのビジネスに支障を来たすだろう。虎部隊員の恐ろしさは、身をもって体験した。かつて、総がかりで虎部隊員一人を倒したのは、ほとんど奇跡に近い出来事だったのである。

 運が良かっただけだ・・・だからこそ、俺は海外に出て傭兵部隊に身を投じたのだ。強くなりたい一心だった。

 滅多にないことだが、伊藤はわずかに過去を振り返った。


 一方、中村も首を傾げていた。

 噂には聞いていたが、やはりプラウドは軍用兵器を所有しているのか。鎌をかけたら、伊藤は攻撃ドローンがあるとあっさり認めた。シティ行政府の支配下にあるガーディアンとは当然だが随分と趣きが違う・・・

 だが、郷に入っては郷に従えだ。妻と娘に再び会うまで何としても生き抜く、と決意を新たにしていた。


 経験から急を要する事態を察知した二人は、押し黙ったままそそくさと部屋を後にした。



* 「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」 第10話 「ストリート・ファイター」

** 「青い月の王宮」 第8話 「機動歩兵の憂鬱」

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