第30話 燃焼爆弾 Ultraheat Bomb
丸みを帯びた流線形の車体は、ハイウェイ警察隊のミニパトだった。甲高い警告音の後、ファンファンとどこか間の抜けた軽いサイレン音を鳴らしながら、シンのエアバンを追って来た。
「ちッ!」
ついてないな、とシンは舌打ちをした。が、すぐさま路肩に車を止めて、後部スペースに寝かせたキャットを振り返り、手を伸ばして毛布を顔まで懸けた。
車内を調べられたら最後、誤魔化しきれっこないが、幸いこちらも一般市民ではない。よくある話だが、プラウドと西の都の警察は一種の持ちつ持たれつの関係にある。うまく話をつけられるはずだった。
「免許証を!」
ミニパトをバンの前にピタッと止めてホバーを切ると、警察官は運転席の窓を開けたシンに話しかけた。婦人警官だが初めて見る顔だ。しかもやけに若い。小柄で童顔だから、子供が警官のコスプレでもしているように見える。
顔見知りの警官なら簡単に話をつけられるのに、とシンは内心ほぞを噛んだ。
民間人はIDに免許証を登録しているのだが、犯罪組織のプラウドはIDなど持ち歩かない。シンがデジタル免許証を差し出すと、婦警はテキパキと小型スキャナーをかざして言った。
「降りて!後ろを向いて!」
ただの不審尋問じゃなさそうだ。
シンは顔をしかめたが、後部座席さえ調べられなければ、逃げおおせるかも知れないと望みを繋いでいた。
ところが、シンが車から降りるやいなや、婦警はいきなりシンの左腕をねじ上げてミニパトに押しつけた。
「痛ててッ!おい、何の容疑だッ?善良な市民に暴力を振るう気か?」
ちびのくせに力は強いし、おまけにやけに乱暴だ。シンは面食らって文句を言った。
「善良じゃないでしょ!プラウドの幹部のくせに。クリプトフォンを出して!」
「そんなもん持ってるわけねえだろッ!禁制品じゃねえか?」
くそッ、ちゃっかり俺の正体を知ってやがる。
食えない婦警だ、とシンはますます頭に来た。
「いいから、早く出して!」
しぶしぶ右手で懐からクリプトフォンを取り出して婦警に渡した。
「もうひとつあるでしょう?コンパートメントの女のが。それとも身体検査されたいの?ブーツの隠しポケットや靴底の中から、他にも禁制品が出てきそうね?」
何でこいつはキャットがいると知ってる?ブーツのことまで知ってやがる!
唖然としたシンをしり目に、婦人警官は二台のクリプトフォンを受け取ると電源を切って、容赦なく右腕もねじ上げて手錠をかけた。
「あなたを逮捕します。法的権利は言わなくても知ってるわね?常連でしょう?」
「うるせえッ!余計なお世話だ。くそッ、オレをどうする気だ?」
ふて腐れて罵るシンを婦警は涼しい顔で見返した。
「とりあえず連行するわ。プラウドが動いてすぐ保釈になるでしょうけど。さあ乗って!ガールフレンドは別のパトカーが保護するわ」
「おい、何でミニパトなのにロボットが乗ってないんだ?パートナーなしで警邏していいのかよ?」
後部座席に乱暴に押し込まれたシンが、腹立ちまぎれに難癖をつけたが、婦警は無言でミニパトを浮上させると、サイレンを鳴らしながら国道を西へ向かって加速した。
ミニパトが動き出すと、後方約二キロの地点で待機していた平凡なエアカーとタイヤ式のトラックが、路肩に残されたシンのバンに向かって接近を開始した。
CIA特殊作戦グループSOGが、衛星画像で一部始終をモニターしていたのである。化学工場の爆発事故を受けて、公安警察が半径十キロ圏内の電波傍受を強化したため、ロペス軍曹がキャットのクリプトフォンから送ったメールが探索網に引っかかった。暗号化されているため、自動的に警戒リストにピックアップされたのである。
公安警察から情報を得たCIAは、電波を追跡して軍曹のカーゴを特定したものの、相手が米軍と判明したため手が出せない。ところが、そこへ若者が現れて、謎の女を引き取ったため突破口が開けた。
作戦グループの指揮を執るミユキ・コウサカは、CIA極東支部所属、年の頃は三十台前半のキリリと引き締まった顔立ちの和風美人で有能なオフィサーである。
ミユキは窮地に立たされていた。
マグレブでの事件を機に、CIA長官から直々の命を受けて謎の女を追い続けるうちに、虎部隊のアジトを突き止め、順調に事が運んだかに見えた。ところが、米軍特殊部隊と思しい何者かがアジトを急襲したため事態は一転する。
虎部隊の二重スパイがCIAに潜んでいたところへ、米軍が虎部隊のアジトを襲撃したとあって、事態は日米中を巻きこむ国際問題に発展しかねない重大な局面を迎えていたのである。
CIAは諜報機関であるが故に活動は隠蔽され、世論の矢面に立たされることはないが、日本政府から非難と圧力を受ければ、極東支部は大打撃を被る。
ミユキは冷静かつ果断に状況に対応した。こうなっては謎の女を捕らえ、マグレブ事件に端を発する一連の騒ぎの切り札を握り、今後の交渉でCIAの優位を確保するしか手はない。降って湧いたような幸運で若者はミニパトに拘束され、残されたバンに例の女がひとり残っている。この千載一遇のチャンスを逃す手はなかった。
「チーフ、見て下さい!」
若者のバンまで約三百メートルの距離にまで迫った時、エアカーのドライバーが緊迫した声をあげた。
ミユキは目を疑うような光景を目にした。宙に灰色の煙の尾を曳いた物体が、ノロノロと低速飛行で山間からシンのバンに接近して行く。
激突した瞬間、盛大に火花が散って、目を向けられないほど眩しい閃光がバンをおし包んだ。爆発音らしい音も衝撃もなく眩い光が消えた後、バンの姿は完全に消えていた。後には浅く陥没した黒焦げの穴ができている、車体はフレームまで溶け落ちて金属の瓦礫しか残っていない。
しかし、閃光で網膜にダメージを受けたミユキと部下は、その様子も確認できなかった。
「燃焼爆弾だわ!目が見えない、アルファチーム、応答せよ!」
ドライバーが車を急停止するやいなや、ミユキがイヤーモジュールで後続のトラックに英語で呼びかけた。
「こちら、アルファ。目をやられた」
後続のトラックのドライバーが答える。
「作戦チームはトラックから降りて緊急退避!敵を確認して!反対側の山よ!」
自動操縦に切り替え引き返そうかと一瞬迷ったが、車両に留まるのは危険と判断したミユキは、運転席で目を押さえているパートナーに声を掛けて、手探りで助手席のドアをスライドして開いた。
後続のトラックの幌から、武装した四人組が次々に飛び降りた。全員が普段着を纏い、レーザーライフルや軽機関銃を肩に掛けている。虎部隊に対応するため、パラミリタリー部隊員が参加していたのである。
「来るぞ!ドライバーを助け出せ!オフィサーもだ、急げ!」
国道の反対側に広がる山林に、ミサイルランチャーを構えた黒い人影を視認した作戦チームのコマンダーが叫んだ。
トラックの運転手を二人がかりで連れ出す。前方の車からミユキとドライバーが転がり出ると、残りの二人が駆け寄って素早く助け起こした。
と、その時、低く短い爆裂音が立て続けに大気を揺るがせ、二基のロケットランチャーがほぼ同時に火を噴いた。
コマンダーは迅速に動いた。レーザーカッターをベルトから取り出し、高さ二メートルほどある道路脇の鉄柵を紙切れのように切り取って、脱出路を確保した。
「行け!下は斜面だ、飛び降りろ!来るぞ!ホログラスは効かない、着地したら目を閉じて転がれ!」
まだ視力が戻らない三人を道路脇から転がすと、アルファーチームも後に続いて斜面に飛び降りた。
閃光が立て続けに煌めいた時、七人はすでに草地にうつ伏せになり、しっかり目を閉じていた。
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