第31話 猫は九生 Cat Has Nine Lives
「おいッ、何だ、今のはッ!?」
辺りを不意に照らし出した閃光に、シンは手錠をかけられた身体を捩じって後ろを振り向いた。
「さあ、何かしら?また爆発なら物騒ね」
「爆発だとッ?バカ野郎、お前、警官だろう?すぐ戻れ!あの車にはオレのダチが乗ってるんだぞ!」
キャットの身に何か起きたのでは、とゾッとしたシンは殺気だったが、婦警は動揺した様子もなかった。
「キャットね?」
「そうだ、あいつに何かあったら俺がこの手でお前を・・・おい、なぜ、あいつの名を知ってんだッ!?」
こいつ、本当に警官か?
頭に血が上ったシンが叫んだその時、再び眩い光が立て続けに二度、後方から車内を不気味に照らし出した。
婦人警官はホログラスで後方を確認するなり、唐突に車体を右に傾けて急激にターンをかけた。反対車線も乱暴に飛び越えて、その先のサービスエリアに乗り入れてから、ミニパトを急停止させた。
「くそッ、ミニパトのくせに、滅茶苦茶な運転しやがって!」
後部座席でもんどりうって身体を打ちつけたシンが憤って喚いたが、警官はシンを振り返って平然と言った。
「キャットがここで待ってるわ」
イヤーモジュールに触れると、シンの電動手錠がカチャっと音を立てて外れた。護送用デバイダーを降ろし、座席越しに押収したクリプトフォンを手渡した。
「よく聞いて下さい。キャットは死んだのです・・・意味はわかりますね?」
急に丁重な言葉遣いに変わっている。展開の早さについていけず、シンはホログラスに隠れた婦警の目を呆然と見つめたが、すぐにこの女は真実を告げていると確信が湧いて来た。
死んだことにしろと言うんだな?つまり、あいつは無事ってことか!この目で無事を確認したい!
シンは婦警にうなずくと、そそくさとドアを開いて外へ飛び出した。
ミニパトは浮上するなり、急加速して国道を東へ取って返した。見送ったシンは、途中でふっとその姿がかき消えるのを目撃して、思わず目を擦った。
「消えやがった?いったい、どうなってんだ?何者だ、あいつ!?」
けれども、キャット絡みの謎の出来事にはもう慣れっこだった。いちいち頭を悩ましていたら身が持たない。
気持ちを切り替えキャットの姿を探しにかかったのだが、あいにくサービスエリアの駐車場には、交通規制で足止めを食った輸送車や一般市民の車両がひしめいている。
おまけに今しがた付近で起きた新たな爆発で、行きかう緊急車両のサイレンの音は一段と高まり、サービスエリアを通り過ぎて、慌ただしく東へ飛び去って行く。
自衛隊の戦車までが、時速百キロほどで轟音を立てて走り抜けて行った。上空には米軍の無人偵察機が、無人攻撃機を援護に従えていち早く到着した。爆破された三台の車の位置から、AIが弾道と射程を割り出し、発射地点を中心に逃走経路を推定して、小型ロケットを発射した二人組を求めて赤外線捜索を開始した。
シンは辺りを見回してキャットの姿を探したが、サービスエリアは騒然となった人が溢れて、まったく見分けがつかない。
「くそッ、これじゃ
キョロキョロしていると、不意にアーミージャケットの袖を引っ張る者がいる。サービスエリアのカフェテラスの女子店員だった。
「お客さん、これを渡すよう頼まれました」
「おッ、すまないな」
礼を言ってシンが手渡されたナプキンを開くと、中には何も書かれていなかった。焦って裏返して眺めたがただのナプキンだ。
なんだ、こんな時にいたずらか?
シンがしきりにナプキンを眺め廻していると、フワフワとフリルの付いたピンクの可愛らしいエプロンを着けて、カフェテリアの制帽を被った店員は、黒い大きな瞳でシンを見つめ、あきれたと言わんばかりにささやきかけた。
「シン、うちだっちゃ!」
「な、何だッ、お前か!?その目はカラーコンタクトか?萌え系の服を着てるからどこの女子高生かと思ったぜ!・・・どうやってバンから抜け出した?何でここに先回りできたんだ?顔も洗って服も着替える時間なんかよくあったな?」
「シーっ!話は後だっちゃ。レストランの裏に駐車場があるから五分後に来て」
ほっとした反動で立て続けに問いただすシンに向かって、指を唇に当てて見せると、キャットはくるっと背を向けて人混みの中を歩き去った。
シンはホッとしてテラスの椅子に腰を下ろした。フーッとため息をもらしてぼやいた。
「良かった。あいつが無事で。しかし何て日だ・・・あの婦警、キャットは死んだと言ったな。つまりあの閃光はオレの車が爆発したってことか?まるでピカドンだったがキノコ雲は出てない。その後も二発。いったい何が起きてんだ?戦争だぜ、これじゃ!」
キャットは途轍もない謎に関わっていそうだとは思っていたが、今日の出来事はシンの想像をはるかに超えていた。キャットを狙った攻撃だとしたら事態は深刻だ。不吉な予感がする。
だが、俺は日本の首都メガロポリスを牛耳るプラウドの幹部だ。キャットをかくまう算段ぐらい立てられるはずだ!
シンは己を励ました。持ち前の闘志が湧き上がって来る。たとえ戦争に巻き込まれようともキャットを守る。この若者の覚悟は微塵も揺らいでいなかった。まるで遥か昔からそうして来たかのように。
五分後、シンはレストランの裏手に回った。サービスエリア従業員の車がずらりと並んでいた。キャットは黒塗りのエアバンの中でシンを待っていた。運転席にはアキラ、助手席にはアロンダが座っている。
「早く乗るっちゃ!」
キャットの言葉に、シンは素早く後部座席に滑り込んだ。
「アキラとアロンダだっちゃ。こちらはシン」
と、キャットが紹介すると、アキラとアロンダはホログラスを収納して後ろを振り向き、笑顔でシンにうなずきかけた。アロンダが手を差し出した。
シンは初対面の人間には決して警戒心を解かないのだが、西欧式のマナーはひと通り心得ている。如才なく笑みを浮かべてうなずき返して、アロンダの手を握り、次いでアキラとも握手をかわした。
温かい歓迎に戸惑うと同時に「妙だな、この二人には見覚えがある」と思う。
シンが頭を捻っているとアロンダが口を開いた。
「今の爆発で西の都に通じる道路は全面封鎖されたわ。突破するしかない」
「でも、自衛隊と米軍が飛び回ってるっちゃよ。ドローンだって!」
「カメレオン迷彩を使えば、ヘリや偵察機に探知される心配はないよ。だけど、念のため森の中を抜けて、西の都まで君たちを送る」
三人の会話にシンは耳をそばだてた。
カメレオン迷彩だと?噂に聞いていたが実用化されていたのか?そう言や、あのミニパトも途中で不意に姿を消した!
「それじゃ、あの婦警ともつるんでるのか?あんたたち、いったい何者だ?」
勢いこんで尋ねたが、アロンダが口を開く前にキャットが声を掛けて制した。
「その話は後でね。ほら、シートベルトをするっちゃ」
六点支持のシートベルトを扱いかねているシンに、キャットが手を貸して手際よく座席に固定した。
「赤外線シールド起動。離陸する」
アキラはしかつめらしい顔で重々しい声を出すとエアバンを浮上させ、レストランの駐車場を抜けて、人気のない木立ち沿いにそろそろと進んで行く。
「カメレオン迷彩起動。発進する」
と、言うなりエアバンは唐突に右旋回した。
スルスルと木立ちの間を抜け、サービスエリアの敷地外に出ると、速度を上げた。シンが思わず身をすくめたほど、無謀なスピードで森林に突入する。
山肌を縫うようにして右に左に目まぐるしく車体を傾けながら、丈高い植林の間を縫って山腹を上昇して行く。左右にほぼ百八十度クルクルと回転しながら、信じ難い速度で飛び去っていく森の樹々を見ているうちに、シンは次第に気分が悪くなって吐き気を催して来た。
こんな無謀運転をやってのけるドライバーは、名うての犯罪シンジケート、プラウドにも一人だっていやしない!
だが、キャットはケロッとしていた。
「さすがだっちゃね~、アキラさん」
その言葉にシンはハッと気づいた。連想記憶が蘇ったのだ。
トップガンのミヤザキアキラか!?道理で見覚えがあるはずだ!そう言えば、女の方は例の軍人じゃねえか!写真で見た・・・去年、メガロポリスの駅で尾行を巻いた女だ。すると、ロボティックマウスを残したのもわざとか? (*)
けれども、激しく揺れ動くエアバンに翻弄されて、口を利く余裕はおろか考えを巡らす余裕もない。吐き気と戦いながらシンは内心でぼやいた。
「まったく、何てヤツらだ!」
と、不意にキャットが片手を滑りこませてきた。
こんなふうに手を握られるのは初めてで驚いたが、反射的に温かい小さな手を握り返していた。
いつもの近づきがたいハイブリッド美少女とは違い、黒い目に黒のウィッグに萌え系コスプレのキャットは、あどけなく可愛らしい。シンが見つめ返すとニコっと微笑んだ。
揺れ動く視界も激しい揺れも車酔いも忘れ、不意に湧き上がった温かい想いに突き動かされて、シンの粗削りなワルらしい顔に、はにかんだ少年のように純真な笑みが浮かんだ。
* 「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」 第10話「ストリート・ファイター」
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