第26話 忍者の里 Run For Her Life

 爆発の直前、機動スーツのAIが起爆装置の電磁波サージを感知した。

 大滝は瞬時に動いた。

 バンを軽々と持ち上げるなり縦に回転して、キャットの身体が車体と機動スーツの間にすっぽり納まるように抱えこむ。砂漠戦用の過熱防止フリーザーを起動すると、モビールスーツの表面が見る見るうちに霜に覆われて白く輝き出した。


「目を閉じて息を止めろ!」

 ヘッドギアのスピーカー越しにキャットに呼びかけた時には、すでにトップスピードに達していた。

 爆発の眩い閃光と激しい震動をものともせず、斜めに抱え上げたバン越しに前方を見据えて、迫り来る炎に向かって疾駆する。

 横転したトラックを飛び越え、軽々と十五メートルほど跳んだ。自らの手で破壊した車両が一面に散乱する中を、鮮やかにステップを踏んで風のように走り抜ける。目指すはアジト南側の排水口だ。破城槌でぶち抜いた壁が右手に見えた。

 壁まで残り三十メートルを半秒で駆け抜け、わずかに爆風に先んじて、横っ飛びに壁の穴を抜けて排水口に跳びこむ。高圧の爆風がブンっと耳元を掠めて壁際を走り、排水口に強烈な旋風が流れ込んだ。

 ヘッドギアのアイシールドは自動的に暗視モードに切り替わった。真っ赤に渦を巻く火炎を背後に従え、高熱の気流を追い風に機動歩兵は暗渠をひた走る。

 エアバンを盾に、青い瞳の娘をかとその胸に庇って・・・


 

 ズズーン、ドーンと立て続けに不気味な地鳴りが響き、助手席のアロンダはむっくり身体を起こした。全身がオーブに包まれている。見とがめられないよう座席を倒して、キャットにテレパシーを送っている最中だった。テレパスが居る恐れもなくはないが、手立ては他になかった。


「何が起きたの!?地震?」

「いいや、爆発だよ!あそこだ!」

 アキラが指さした方角を見てアロンダは息を呑んだ。谷あいに広がる集落の外れにある工場の廃屋から、細長い黒煙が幾筋も立ち上っていた。


「まさかキャットが!テレパシーを送っても、返事がないからおかしいわ!そんな・・・」

「大丈夫だよ、ビアンカ!キャットのことだからケロッとしてるさ」

 アキラは言葉とは裏腹にひどく動揺していた。うっかり米軍時代のアロンダの名を口にしたのにも気づかないほどだ。

 キャットが潜んだ虎部隊のバンが地下トンネルに入ったため、二人はやむなく尾行を断念したが、その後、アロンダがキャットの短いテレパシーを感知しておおよその方角を突き止め、ようやくここまで追いすがったばかりだった。


「心配だわ!でも、ミュータントの虎部隊が絡んでいるから、これ以上テレパシーは使いたくないし・・・」

「キャットのクリプトフォンは?」

「迂闊にかけられない。盗聴はされないけれど、電波を逆探知したら公安が飛んで来る!一応、伽耶にメールするわ。キャットが戻ったか尋ねる」

「暗号化メールだね?今度、画像化コードを書き換えて字数を増やすよ」

「アキラ、本当にありがとう。せっかくの休暇なのにこき使ってごめんなさい」

 アロンダが謝るとアキラは言った。

「いいんだ。戦闘機のパイロットもエンジニアも、僕のライフワークじゃないって母に言われた。その通りだと思う・・・」


 二人が話を交わす間にも、遠くパトカーと消防車のサイレンが聞こえ、自衛隊の高速ヘリコプターが姿を現わして上空を旋回し始める。


「まずいな。道路が封鎖される前にいったん抜け出そう」

「そうね。急ぎましょう」

 オーブを消したアロンダが同意すると、アキラはエアカーを発進した。目立たないよう法定速度を守って南下、国道163号へ向かう。

 アロンダは愛娘の身を案じて気もそぞろだったが、マグレブの時も伽耶がキャットを救い出した。今回も必ず手を打っているから大丈夫、と自分に言い聞かせ、深呼吸して心を落ち着け頭を整理した。

 あの伽耶が立てた計画に、どうして予想外の出来事が立て続けに起きたの?こんなことはこれまで一度たりともなかったのに!第一、アジトが壊滅したら、虎部隊の背後関係を突き止められなくなる。中東の時と同じように何者かに裏をかかれたのだろうか? (*)


「爆発したのが虎部隊のアジトなら、今回の計画自体がムダになるわね」

 アロンダが話しかけると、真剣な面持ちでエアカーを運転していたアキラが言った。

「うん。虎部隊を動かした人物を探るのが君たちの狙いだからね」

「そうね、何者かが私かキャットの情報を虎部隊に伝えたはず。変ね。米軍にいたわたしはともかく、キャットの存在をどうやってつきとめたのかしら?」

「キャットは西の都に頻繁に出入りしているんだろう?犯罪シンジケートのプラウドは虎部隊とやり合った過去があるから、見張られていたんじゃないかな?」

 関西出身のアキラは地元の事情に詳しい。そう言えば、キャットとシンは過去生で巡り会った仲、と伽耶が言っていた。偶然じゃないわ。伽耶がまた何か仕組んだのかしら?でも、二度も続けてキャットの命を危険にさらすはずがない・・・

 アロンダは助手席にもたれて物思いに沈んだ。

 晴れ渡った空の下、桜の花びらが紙吹雪のように舞い散る山道を、エアカーは滑るように下って行く。


 

「・・・忍者の里として知られる街は、突然の激しい地響きに騒然となりました。爆発は閉鎖された化学工場の地下で起きたと見られています。工場内は無人で死傷者は出ていないとのことで、現在、警察と消防が爆発の原因を調査中です・・・」

「・・・次のニュースです。先々週、マグレブがトンネル内で緊急停止した原因は、天井部分の劣化と判明しました。急激な気圧の変化で破損したものと見られます。これを受けてJR各社は、すべてのマグレブ車両の点検を・・・」


 プラウドのたまり場の一つ、バイクショップの地下にあるバーでコーヒーを手に、午後のニュースに見入っていたシンは、メールの着信音でふと我に返った。ホログラスを展開してテキストを読んだシンは、そそくさとコーヒーを飲み干して立ち上がった。


「おやッ、シン、来たばかりなのにもうふけるのかい?」

 昼番を務める恰幅のよいバーの女将おかみが声を掛けた。

「そうなんだよ、ママ。ちょっと急用が入ったんだ」

 シンは目配せしてニヤッと笑った。

「また、コレかい?あんまり女を泣かせるんやないで!」

 女将は笑顔で小指を立ててシンをたしなめた。

「肝に銘じるよ。ママも働き過ぎないでくれよ。後でまた顔出すよ!」

 シンは親しみをこめて女将の肩を叩くと店を後にした。

 西の都の親戚に引き取られたシンの幼い頃からの顔見知りである。養父母とはそりが合わず、関西弁も頑なに使おうとしないシンに目をかけ、何くれとなく面倒を見てくれたママには頭が上がらない。


 バイクショップを出るや、シンは油断なく目を光らせて通りを見渡した。あの盗聴事件以来、気が抜けないでいる。キャットにも会っていない。一度だけ「プラウドじゃない」とそっけないメールが来ただけだった。盗聴していたのが仲間ではなかったと知って、シンはひとまず安心したのだが、いったい何者が盗聴装置を仕掛けたのか、結局わからずじまいだった。(**)


 キャットの奴、突然また連絡してきやがった。だが、エアバンで来いというのはなぜだ?国道163号の県境トンネルの出口とは、妙な待ち合わせ場所を選ぶ奴だ。


 だが、キャットに会えると思うだけで胸が躍る。あのムードもへったくれもないキスで、不可思議な記憶が蘇ってからというもの、それまで頑なに認めようとしなかったキャットへの想いを、シンはようやく素直に直視したのだった。今では自分の気持ちに正直に向き合える。柔になったとも感じない。ただ、垣間見た中世らしい幻影をさっぱり理解できずにもやもやしていた。

 キャットの奴も幻を見たか、聞いてみるしかないか・・・


 シンは密かな確信を抱いている。

 あいつの目を見た時、生まれて初めて何か神聖なものに出会ったと感じた。これはただの片思いじゃないはずだ!



*「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第12話「一石四鳥」

** 「青い月の王宮」第46話 「シン」


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