第23話 モビール・スーツ Mobile Suit

 シティのガーディアン部隊から、米海兵隊のイワクニ航空基地に転属した大滝は、そこで意外な光景を目撃した。

 モビール・スーツ。基本装備だけで三百キロ、武器弾薬を含めると五百キロを超え、さらに小型ミサイルも携帯可能である。長身の大滝の場合、装備身長は二・五メートルに達する。(*)


「なんだって日本の米軍基地に、モビールスーツが配備されているのか?」

 大滝が疑問に思うのも当然だった。

 ワンマン・アーミーと称されるほどの破壊力と機動性から、軍事機密中の機密として厳重に管理され、機動歩兵の個人情報はもちろん、配備された基地の情報も秘匿される。新部隊長候補の大滝でさえ、中東の北米連邦軍基地とアメリカ中央統括軍の空母以外に、海外の米軍駐留地に配備されていると知ったのは初めだ。

 基本装備一着当たり日本円で三十億は下らない。整備管理点検には専門技術者が必要で、配備するとなれば装備以外に人員や設備に多額の税金を投入しなければならない上に、軍事機密が漏洩する危険が伴う。


 それなのに、なぜ日本の米軍基地にわざわざ運びこんだ?

 大滝にはどうにも合点がいかなかった。市街戦となれば機動歩兵一人でロボット兵一個小隊に匹敵する戦力を発揮する。日本国民に知れた日には、政権を揺るがす大問題に発展しかねない。

 と言って、北米欧州連合軍所属の機動歩兵を総動員したところで、大陸の超大国を相手取るには到底力不足だ。一機だけ配備したところで何の抑止力にもならないのである。


 基地司令官が直々に大滝を出迎えたのも異例の事だった。転属の挨拶もそこそこに、チャールズ・ルイス司令官が自ら付き添って、古びた格納庫の地下に設けられた特殊装備室へ案内したのである。


 大滝はそこで見慣れた顔を見つけてニンマリすると、顎をしゃくってうなずきかけた。機動スーツのエンジニアで民間人のジャッキー・ラウと、点検整備を担当する陸軍のフリオ・ロペス軍曹である。

 わざわざスペシャリスト二人を日本まで呼び寄せた以上、軍事作戦が絡んでいるのは間違いない。訓練ではなく実戦に備えた下準備で、予想される戦況に合わせて装備を調整するためか、と大滝はようやく察しがついたのである。


「君のインナースーツと神経電動ユニットも取り寄せた。ここで試着して調整してもらうが、その後はこの基地で待機せよとのお達しだ。ただし、命令を伝達するのは統合参謀本部で、極東の第五空軍もイワクニ基地も日米両政府も一切関知しない。意味はわかるな?」

 ルイス大佐は厳しい顔で大滝に伝えた。

 合衆国および北米連邦が誇る特殊部隊のエースを、極東の基地に迎えるにあたって、機密保持のため自ら奔走しなければならず、大佐は気苦労で憔悴しきっていた。

「わかります、大佐」

 大滝はキビキビと答えた。ピンときたのである。

 単独の特殊工作任務に違いない!化学生物兵器や核汚染対応であれば、単独任務はあり得ない。おそらく、機動歩兵が得意とする市街地の掃討作戦だろう。


「君の名前も身分も基地関係者には伏せてある。知っているのはここにいる我々だけだ。軍服は支給しないが、シティ自治政府が派遣した民間人スタッフとして、基地内は自由に動いてもらって結構だ」

「感謝します、司令官」

 大滝が礼を言うと大佐はうなずいて敬礼を返して、格納庫から急ぎ足で立ち去った。


 なるほど、シティのガーディアンの身分はそのままか・・・身元を隠すには好都合だが、シティ赴任以来の数々の謎には、やはり参謀本部が絡んでいるらしい。

 大滝は渋い顔になった。

 ワンマン・アーミー気質の機動歩兵は、一兵卒とは自負心の持ち方が異なる。自ら司令官を兼ねるのに慣れているのだ。この国に送られて以来、蚊帳の外に置かれて駒として使われてきた大滝は、すでに我慢も限界に達して、心密かに決意していた。

 プライム、暗殺未遂の標的、謎の襲撃者、マグレブで消えた詐欺師の女、虎部隊、おまけに、機動スーツときたか・・・必ず裏を突き止めてやる!


「マイク、元気だった?って聞く必要ないわね?」

 大佐の姿が消えるとジャッキーが声をかけた。中国系米国市民でまだ三十歳前だが、こと神経電動ユニットの調整にかけては、北米連邦には彼女の右に出る者はいない。もちろん厳しいセキュリティ・クリアランスの審査にもパスしている。


「よおッ、ジャッキー、まさかこんな所で会うとはな!ブラックイーグル作戦の後方支援以来か?」

 大滝にしては珍しく相好を崩して、ジャッキーとしっかり抱き合った。信用できると確認した人間にしか、愛想良く振舞わないところは徹底している。

「そうね~、もう一年半よ。ロボット兵が地下道へ突入した後、基地を占拠したわね。端から機動歩兵の出番かと思ってたら、噂じゃバンカーバスターを使ったそうね?」

「らしいな・・・」

 ただでさえ無口な大滝が、あの作戦の話となると極端に口数が少なくなる。自ら基地の地下に突入して、凄惨な現場を目の当たりにしたからだ。

 国際法で禁止された非人道的武器を自軍が使用したなどとは、たとえ仲間うちでも口にするわけにはいかない・・・(**)


「大尉、お久しぶりであります!」

 ひと回り年上のロペス軍曹が、直立不動で大滝に敬礼した。

 機動歩兵の能力も気質も知り尽くす数少ない現場関係者の一人で、世界最強と謳われる部隊の頂点に立つ大滝に深い尊敬の念を抱いている。熱狂的なスポーツ・ファンのように、大滝が新たに創設される機動歩兵部隊のリーダーに任命されるだろう、と軍曹は大いに期待していた。


「フリオ、久しぶりだな!元気そうで何よりだ。ようやく俺の出番が来たらしい。今回もよろしく頼む!」

 大滝は軍曹に敬礼を返すと固い握手を交わした。

「お任せください、大尉殿!」

 フリオは再び直立不動して、思い出したようにつけ加えた。

「なお、北米連邦部隊のメンバー全員から、大尉によろしくお伝えするよう申しつかっております。そう言えば、他の方からも伝言を頼まれていました。バクダッドのレストランのオーナーです。女性の方でお名前は・・・」


「大尉、軍曹、早速だけど始めましょうか?いつ出番が来るかわからないから」

 ジャッキーがロペス軍曹の話を遮って二人を促した。

 フリオは優秀だし記憶力も抜群だけど、堅苦しくてから、いつまで経っても挨拶が終わりゃしないわ。税金をつぎこんでいるんだから、費用対効果を考えてよね!

 民間企業から派遣されたジャッキーは心の中でぼやいた。


 事実、大滝の出番は彼女が思っていたより早く訪れたのである。



*「青い月の王宮」第28話「ワンマン・アーミー」

** 「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」

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