第16話 ロボティック・マウス Robotic Mouse

 虎部隊はなぜキャットを襲撃したの?

 同じ頃、伽耶もまたアロンダと同じ疑惑を抱いていた。


 襲撃前日の午後、キャットはシーダハウスで伽耶と過ごしていた。

 覚醒した匠が自ら動き出すまで待つよう伽耶がいくら諫めても、早く父親に会いたい一心で、キャットは時間を見つけては、毎日のようにテレポートしてシティにやって来たのだった。

 その日、伽耶はラボの担当者から朗報を受け取ったばかりだった。

 シティの物流を一手に担うカヤ・コープだが、その創業者オーナーは、公の場に姿を見せない正体不明の存在である。非上場の同族会社となると、実態を把握するのは難しい。まさかオーナー本人が、配下の小売り店でレジ係や配達員として働いていようとは、人々は想像もしていなかった。


「ロボティックマウスの分析が終わったの。三日月刀はプラウドの金庫室にあるわ」(*)

「伽耶が睨んだ通りだっちゃね!じゃあ、わたし、取りに行って来る。口実を作ってシンに頼んで入りこむっちゃ!」

 今日も匠に会えそうにないと凹んでいたキャットは、有り余るエネルギーを発散したくてムズムズしていたから、今にも飛び出さんばかりの勢いだった。


「シンに頼む必要はないわ。テレポーテーションが使えるから。アキラがエンジニアを装って定期点検に入り細工をしてくれたから、侵入前に監視カメラも止められる」

 伽耶がそう言うと、キャットはさも意外そうに聞き返した。

「えッ?何で?わたし、テレポートできないよ。だって、金庫室には一度も行ったことないもん」   

「ロボティックマウスに、感覚シミュレーターのセンサーを組みこんでおいたの。あなたの脳に疑似体験をインプットしたら、テレポートできるわ」

「へえ~、そんなことができるの?聞いてないっちゃ!」

「最新技術よ。このヘッドギアを着けてね。インプットは数分で終わるから」


 伽耶がこじんまりしたヘッドギアを手渡すと、キャットは物珍しそうにひっくり返して仔細に眺めながら言った。

「良かった!シンに嘘をつくのが、だんだんイヤになってたから・・・」

「無理もないわ。何か思い出したのね?」

 シンとの過去生の記憶が蘇ったと伽耶に感づかれ、キャットは少々きまり悪そうにうつむいた。

「最近、シンの話になるとソワソワしているのはそのせいね?」

「・・・うん。まだ一部しか思い出せないけど」

「素敵な思い出なのね?」

 伽耶が微笑むと、キャットはうなずいた。

「ちょっと照れくさいっちゃ・・・シンに会うのが。これまでみたいにクールになれないもん。でも、やることはちゃんとやるっちゃ!」

と、付け加えたキャットはヘッドギアを被った。



 伽耶の予想通り、今日の未明、プラウドの金庫室へテレポーテーションは成功した。ところが、首尾よく三日月刀を手に入れたキャットは、いったんシーダハウスに戻った後、運命のいたずらで、マグレブで西の都へとんぼ返りすることになる。

 金庫室から戻った直後に、シーダハウスのトランシーバーにアロンダから通信が入ったのだ。

「キャット、伽耶は?」

「いないっちゃ!今、戻ったんだけど姿がないっちゃ」

 キャットが答えると、アロンダは素早い決断を下した。千年前の女王の人格に戻っている。イニシアティブを取るのは慣れっこだ。

「あの機動歩兵を見つけたわ!中村が尾行してる。でも、ここ何日も中村を張りこんでるでしょう?悟られているかも知れないから、プロトコル通り尾行を代わる方がいいわ」

「わかったっちゃ。ママ上、今どこ?」

 キャットは即座に答えた。あの男が絡むと伽耶にも事態の予測がつかないらしいが、シティを離れるという情報なら入手していた。ガーディアンと接触するなら監視が必要だった。

「シティの地下鉄の駅よ。この時間帯だと、あのガーディアンは静岡で十時発のマグレブに乗り換える。機動歩兵に接触するか確認して!」

「あの駅ならテレポートできるよ。じゃあ、交代するね。ママ上はこの後、どうするっちゃ?」

「わたしはピザの宅配に戻るわ」

「それじゃ、この短刀はうちが持って出るね!この家、誰もいないから不用心だっちゃ」


 西の都で大滝を欺いた時と同じ変装をしたキャットは、三日月刀をスーツに忍ばせ、静岡駅の地下街の一角へテレポートした。事前に監視カメラの死角も把握している。

 目論見通り、大滝はキャットに気づいて後を追って来た。その大滝を中村が追いかける。

 中村の靴には伽耶が追尾装置を仕こんだが、隠れ家を突き止めた直後、アロンダは装置に感づかれないよう、用心のため遠隔操作でオフにしていた。キャットは二人が隣のバスルームに入るのを待って、装置をオンにして盗聴機能を使った。

 そこまでは万事計画通りに運んだのだが、思いもよらず虎部隊の襲撃を受ける。


 レーザーが天井を焼き切る音は、トンネル内のマグレブが風を切る音に紛れて、キャットの耳には届かなかった。切り取られた天井部分が落ちた金属音と、吹きこむ風に振り向いた瞬間、屋根から麻酔銃で狙い撃たれたキャットは、戦う前から劣勢に立たされた。

 その上、相手は二人、しかも遺伝子操作を受けたミュータントで超人的なスピードとパワーの持ち主だった。

 二人組は天井に開いた穴から軽々と降り立つと、間髪を入れず攻撃をしかけた。

 一連の動作は流れるように一瞬の遅延もなく、化粧室の壁際に立っていたキャットは、繰り出された足払いをやむなくジャンプでかわす他なかった。無防備になる上に、着地で動きが一瞬止まる・・・

 動きを読んでいた虎部隊は、着地の瞬間を狙って二人がかりでキャットに組みついた。その動きは、文字通り虎のように敏捷で人間業ではなかった。

 異常を感知したマグレブが急減速したはずみを利用して、二人は組み討ったまま反対側の壁にキャットを叩きつけた。

 強烈な衝撃に上半身に激痛が走り、キャットは悲鳴を上げ心の中で叫んだ。

(助けてッ!!)


 麻酔薬で薄れゆく意識の中、三日月刀を奪われまいと左手で懐を押さえ、最後の力を振り絞り、敵の背後に回した右手から闇雲に衝撃波を数回放った。衝撃波は運よく敵の後頭部を直撃したらしく、二人組は不意にぐにゃりと力を失ってつんのめるように床に倒れた。

 だが、男の一人は倒れながらも右手の鉤爪を展開して、キャットのふくらはぎを引っ掻いた。その痛みも感じないほど朦朧としたキャットは、壁に背中をつけたままずるずると床に崩れ落ちる・・・


 しかし、騒ぎに気づいた大滝がドアをけ破る寸前、どこからともなく現れた伽耶がキャットの身体を抱き止め、瞬時にテレポートをかけたのだった。サンクチュアリのコクーンに移動した後、カプセルの陰で伽耶はキャットにささやきかけた。

「追尾装置があると伝えて!」

 キャットが半ば無意識にうなずくと、

「大丈夫よ!パパ上が来るから」

と、励ました伽耶は、カプセルを叩いて素早くその場を離れた。

 物音を聞きつけてアリエルとケイコがキャットに駆け寄る姿を、伽耶はコクーンの一角から見つめていた。その手には、キャットの懐から抜き出した三日月刀が握られていた。



 虎部隊が動き出したと伽耶が感づいたのは、つい先週末のことである。

 シンの盗聴に使われたボタンを、キャットは持ち帰っていた。(**) ところが、カヤ・コープのラボで分析したところ、CIAやNSAが使う装置とは仕様が異なる中国製の盗聴器と判明したのである。

 

 念のためにキャットを追って来て、本当に良かった!

 あやまつことのない直感のおかげだった。伽耶は胸をなでおろしたのだが、新たな謎に直面した。

 CIAが追うとしたら、標的はアロンダしかいないはずだ。(***) では、虎部隊の標的は?アロンダ、キャット、それともこの三日月刀?それに、なぜ虎部隊にキャットの存在を悟られたのだろう?

 この時、伽耶は自分の能力を以てしても、未だに解けない千年前の謎の出来事を今回の襲撃に重ねていた。

 二つのミレニアム計画の発端にあの男が絡んで、予想外の出来事が起きた・・・

そして、ふと思い至ったのだった。


 いいえ、あの男の得体の知れない力が、ミレニアム計画を発動させているんだわ!

 中世イタリアのオパルで起きた予想外の出来事は、未だに伽耶の頭にこびりついて離れない。

 ミレニアム計画がのっけから攪乱された記憶は生々しく残っている・・・


 しかも、あの男には私だけではなく、新人類の存在を推測したプライムとの間にも、何か繋がりがあるらしい。

 謎は深まるばかりだった。



* 「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第9話「ストリートファイター」

** 「青い月の王宮」第46話「シン」

***「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」第11話「一石四鳥」

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