第15話 愛娘を救え! Pretty Little Lier

 緊急事態で神経が昂っているところへ、警報が鳴り響いたため、コクーンのアリエルとケイコは反射的に跳び上がった。

「個室に侵入者よ!」

「でも、あの部屋に出入口は一か所しかないわ!」

「テレポーターかも!味方ならいいけど・・・」

 二人はテーザー銃を手に駆け出し、個室のドアの左右にぴったり貼りついて息をひそめた。

 根っからの平和主義者の第二世代は、殺傷力が高い武器は持ち歩かないのだ。


 部屋の中では匠が目をパチクリさせ立ちすくんでいた。一瞬身体が揺らいだと思ったら、見知らぬ石造りの部屋に移動していた。つないだ手が震えていたが、見るとニムエが身震いしている。

「ニムエ、どうしたんだ?」

「テレポートするといつもなるの。あなたは大丈夫なの?」

「びっくりしただけ。身体は何ともないよ」

「それじゃ、テレポーターだけかしら?一緒に跳んだのは初めてだから」

「えッ、ぶっつけ本番だったのか!?僕が迷子になったかも知れないのに?」

 匠が文句をつけたが、アロンダははなから取り合わなかった。

「バカ言わないで、うまく行ったでしょ!それより、いい?話は私に任せて!伽耶のことは内緒よ。千年前と同じようにね」

「わかった!急ごう」

 ボケとツッコミの会話も千年前そのものに戻っていたが、不思議と二人とも何の違和感も感じない。まるで時が経過しなかったかのようだった。


 冬眠用カプセルの間を抜け、内開きの木の扉を開いた瞬間、アリエルが鋭く制した。

「止まれ!下がって両手を上げて!さもないと撃つ」

 女王の威厳を漂わせたアロンダはビクともしなかった。傲然と顔を上げてアリエルを見つめ返した。

「わたしはニムエアテナイア。トリニティよ。娘を助けに来た!」

「仲間だと言うなら証拠を見せて!」

 アリエルも負けていない。銃を構えたまま英語に切り替えて叫んだ。

「いいわ、御覧なさい!」

 アロンダがオーブを起動した。

 ほの暗い部屋にフワッと白光に包まれた姿が浮かび上がると、アリエルとケイコは顔を見合わせて銃を下ろした。


「あなたが初代の第二世代なのですね。そちらの男性は?」

 アリエルは目を輝かせてうって変わって丁重な口調で尋ねた。ケイコも神妙な顔つきになっていたが、奇妙な事に二人ともアロンダより匠に気を取られている。

 なぜ、僕を熱っぽく見つめるんだ、この子たちは?熱狂的な追っかけのようなまなざしに匠は少々まごついた。

 アロンダも二人の視線に気づいて、苦笑いを浮かべて言った。

「そう、彼が伝説の存在よ。後で紹介するわ。カタリーナはどこ?」

「医務室です。ついて来てください!ケイコ、見張りをお願い」


 走り出したアリエルの後を追って、アロンダと匠もコクーンから駆け出した。医務室に着くと、事情を聞いたアスカとキーリンは、余計な詮索に時間を無駄することなく、二人を診察台のキャットに引き合わせた。

「内出血と血栓を確認しましたが、ここでは治療できません。打たれたのは未知の強力な麻酔薬で、解毒剤の合成に時間がかかります。もしオーブを転写して冬眠に入ることができなければ・・・」

 アスカは言葉を切って、沈痛な面持ちでアロンダと匠を見つめた。二人の顔は見る見る青ざめ、あたふたと愛娘の側に駆け寄った。

「ビビ、絶対に助けるから!」

 匠はキャットの手を握って呼びかけた。現世の名はカタリーナだが、千年前のアトレイア公爵の意識が重なって、愛娘のアルビオラにしか見えない。しかも容姿も当時と変わっていない。肉体年齢こそ十六歳と二十二歳の匠には若過ぎる娘だが、不思議と何の違和感も感じない。

 アロンダは酸素マスクを着けた娘の顔に頬を寄せ、乱れた金髪を優しく撫でていた。アロンダのハシバミ色の目に溢れる涙を見つめながら、匠はタリスの言葉を思い出した。(*)


「今のあなたなら出来ます」

 覚醒してまだ五日しか経っていない。それでも、自分にはあるビオラを癒す力があるんだ!

 匠は揺るぎのない確信を抱いていた。自分でも説明はつかないが、確固とした思いが自然に湧いてきたのである。考えるまでもなく何をやれば良いのか分かった。

 まずオーブを纏わなければ!

 遠い昔、タリスが自分を包んだ光の記憶に意識をフォーカスすると、数日前の夜、自力でオーブを起動したあの感触が脳裏に鮮烈に蘇った。

 最愛のニムエとアルビオラは今この場にいる。二人の姿がトリガーになり、フワッと手足が暖かくなると同時に、頭の中に白い光が炸裂した。

 次の瞬間、思考がピタッと止まり、淡い光が見る見るうちに匠の身体を包んだ。

「ニムエ、オーブを纏って僕の手を握るんだ!」

 自らの意図も理解できないまま、言葉が勝手に口をついて出た。

 アロンダは瞬時にオーブを起動させて匠の手を握った、瞬間、衝撃が走って二人はビクッと身体を震わせた。


 こんなオーブは初めて見る!

 未知の現象を目の当たりにした第二世代たちは、固唾を呑んで二人を見詰めていた。匠は青、アロンダは赤。二人のオーブに混じって、鮮やかな色彩が揺らめきながら帯状に輝きを放ち始めたのである。


「僕がアルビオラの手を握ったら、テレポーテーションの自己イメージを描く要領で、三人の身体を繋げるんだ!」

 アロンダは自動人形のように無言でうなずいた。すでに意識とイメージだけの世界に深く入りこんで、テレポートできない匠が、なぜ自己イメージについて知っているのか、という疑問さえ頭に浮かんでこない。

 匠がキャットの手に触れた瞬間、アロンダと匠の身体が再びブルっと震え、二人は足を踏みしめて衝撃に耐えた。同時に、匠が握ったキャットの手を金色の光が包んだ。アロンダの意識がイメージする三位一体の最後のひとつが金色に染まってゆくに連れて、キャットの身体も金色を帯びたオーブに覆われてゆく・・・


 今度は金色だわ!

 第二世代は身じろぎもせずに視線を釘付けにして見入った。


 数秒とも数時間とも感じられた時が流れ、アロンダと匠の身体から突然力が抜け、二人は床に崩れるように座り込んだ。と、同時に二人を包んでいたカラフルなオーブもフッとかき消えた。

 だが、金色を帯びたオーブは輝きを失うことなく、キャットの身体を包んだまま残った。

 息を止めて立ち尽くしていたアスカは、いち早く気を取り直して、アロンダと匠に駆け寄った。他の者も我に返り二人に手を貸して助け起こした。


「成功したの?・・・アルビオラは?」

 仲間に支えられて立ち上がったアロンダが、蒼ざめた顔で尋ねた。匠は足元がおぼつかないほど消耗していたが、キャットの身体がオーブに包まれているのを見て、ほっと深い安堵のため息をついた。

 良かった!アルビオラはもう大丈夫!


「血圧と脈拍が上昇している!内出血と血栓の状態を検査をするわ。でも、たぶん問題ないはずよ!」

 キャットのフィジカルをチェックしたキーリンは、目を輝かせて「信じられない」とつぶやいた。

 その場の第二世代は口々に感嘆の声を上げて、誰ともなく拍手を始めた。そして、アロンダと匠を代わる代わる抱きしめて祝福した。匠とアロンダの目にも喜びの涙が浮かんでいる。

 オーブの転写は見事に成功した。

 まるで「自分」は消え去って、何か高次元の力に導かれるように、匠はオーブを自在に操ることができたのである。



 その夜、念のため医療班はキャットを徹夜で見守り、匠とアロンダは隣の部屋で休んで、時おり医務室を訪ねて娘の様子を窺がっていた。

 再会した途端、二人の関係はすっかり千年前に戻ってしまった。感慨も感動もない慌ただしい再会劇の後、匠は見事に愛娘の命を救ったと言うのに、男を上げるどころかアロンダには毟られっぱなしだった。

「第二世代に進化したからって、女王のおもちゃにされるお人好しの公爵という立場は変わりそうもないな・・・」

 我ながらおかしくなって笑ってしまうほど変わらない。

 こうして、第二世代特有の温和で冷静な心境にあっさり立ち戻ったのだが、サンクチュアリの女性たちの熱いまなざしには悩まされっぱなしだった。


「ニムエ、ここのみんなは、なぜ僕をうっとりと見つめるんだろう?」

 匠は尋ねた。今生の名はアロンダと聞いたものの、覚醒したばかりでニムエの印象が根強い。つい千年前の名で呼んでしまう。外見も同じだから無理もなかった。

「サマエル、第二世代は女ばかりだったのよ、千年もね!初めて男性が加わったらどうなると思う?・・・あなたを第二世代に取られてしまうわ!」

 アロンダが深刻な顔で嘆いて見せると、匠はまさかと笑い飛ばした。

「冗談だろう?だって、第二世代には独占欲なんかないんだよ。もし、仮に僕に惹かれたって、恋愛で争ったりしないだろう?」

「だから、怖いの!皆が平等にあなたを追いかけるわ。第二世代だけじゃない、人類の女たちも異種の蠱惑こわくに引きつけられるの、否応なしにね。進化の過程で必ず起きることよ!」


「い、否応なしだって!?そんな・・・」

 アロンダが真顔で言いつのるものだから、女たちに追い回される場面をつい想像した匠は、悪寒が走って背中がぞくぞくしてきたのだった。

「ウソだろッ?脅かすなよ!皆に追っかけられるなんてまっぴらだよ。君さえいれば僕は・・・」

「シぃー、黙って!」

 アロンダは唇に触れるか触れないほどソフトな口づけをしてささやいた。

「お帰りなさい、サマエル。愛してるわ!アルビオラを助けてくれてありがとう!」

「ビビのオーブは君のおかげだ。愛してるよ、ニムエ!でも・・・僕はあの時とは違う姿なのに?」

「魂は同じだもの。東洋人のあなたも素敵よ!惚れ直しちゃう」


 アロンダはふと不思議に思う。

 アキラも日本人だし、伽耶も日本から中世イタリアに渡ったと聞いたわ。千年前、この国で伽耶の身に何が起きたのだろう?

 その伽耶がキャットをコクーンに運んだに違いない。アロンダは確信していた。

 キャットが自力で跳ぶには、打たれた麻酔が強力過ぎるわ。それに、兄サウロンが自決した三日月刀をキャットは持っていたはず。

 敵はわたしと誤ってキャットを襲撃したの?それとも、あの短刀を狙ったのだろうか?



* [青い月の王宮] 第44話「月の暈」



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