第13話 虎の爪痕 Casuality Of Tigers

 サンクチュアリ。


 山麓に蓄積した大量の放射性物質から、第二世代は有り余るほどの電力を作り出す。その電力を使って気温や水温を調整しながら、神殿を覆う緑に偽装した光ファイバーで太陽光を地下へ採り入れ、植物を水栽培するハイポニカ・システムを地下に備えている。神殿を覆う蔦は衛星やドローンの探知に備えて、外部へ人体の赤外線が漏れないよう遮蔽する役割も果たしていた。

 かつてはアミューズメントパークだったこの一帯のレプリカが、ハイレベルな耐震技術で補強されていたのが第二世代に幸いした。シティ建築の際には、プロジェクトに潜入して新人類が必要とするインフラを構築できたが、無人の汚染地帯となると大ぴっらに移住計画を整えるのは不可能だ。土地を造成したり建物を作るわけにはいかない。偵察衛星や、今でこそ飛来しなくなったものの汚染状況を監視するドローンに察知されないよう、建築物の修理には最新の注意を払ったのである。

 耐震補強が必要ないと判明したからこそ、この地を本拠地に定めたのだった・・・


 この日も穏やかな日常を象徴するかのように、一階の大広間では第二世代が集ってブランチを楽しんでいた。地下の植物園で採れた果物、野菜、豆類、穀類、ナッツ、手作りの豆腐に納豆まで揃っている。 

 けれども、笑い声が絶えない日常は、地下から駆け上がって来た少女の叫び声に、突如として打ち破られた。

「みんな、コクーンに来て!キャットが・・・」

「アリエル、何があったの?」

「キャットがテレポートして戻ったの!でも。すぐに意識を失って・・・ひどい怪我をしてます!」


 神殿の地下、分厚いコンクリートに囲まれた「コクーン」には、冬眠に入った第二世代が納められている。その階上にあるデジタル機器室も、同じく分厚いコンクリートで覆われ、外部に電磁波が漏れないよう管理している。

 二つの部屋を当番が二十四時間体制で監視しているのだが、アリエルはこの日、もう一人の当番とコクーンでブランチを食べていた。


 アリエルの言葉に全員が色めき立った。まるでリスのように敏捷に石畳を駆け抜け、次々に階段を滑るように走り降りて行く。アリエルの後につけたアスカが尋ねた。

「キャットはアランフェスの塔の見張りじゃなかったの?」

「そうです!でも、また姿をくらましたみたい!」

「怪我の状態は?医務室に運ばなければ!」

 アスカはサンクチュアリのリーダーで内科医でもある。

「それが、気を失う寸前、キャットが医務室はダメって!追尾装置があるとか・・・怪我は打撲と、それに脱臼か骨折だと思います!脚に傷も」

 息を弾ませながらアリエルが答えると、アスカは叫んだ。

「先に行って!キーリンも外科医だから応急処置を頼んで!医務室に寄って備品を取って来るわ。あなたたち三人は私について来て!」

 アスカは地下二階で階段から通路へ出ると、後続の三人を従えて風のように走り去った。


 キャットは警備の第二世代が使う仮眠用寝台に仰向けに横たわっていた。顔が蒼ざめ呼吸は浅くせわしない。

 コクーンの監視当番のケイコが、キャットのビジネス・スーツを緩め黒いウィッグも取り外し、気づかわし気に見守っている。

 携帯用のホメオスタシス・モニターを使ってフィジカルをチェックしていたキーリンが口を開いた。

「体温と血圧が低下。麻酔薬のせいじゃないわね。内出血があるのかも知れない。左肩の脱臼。肩から背中にかけて打撲。右脚ふくらはぎの傷は・・・変ね、鋭い爪で引っ掻かれたみたい。出血は止まっている。傷の組織を採取して、毒物反応を調べるわ。大きな骨折はなさそうだけど、服を切り離さないと詳しくはわからない」

 医務室から持ち出した超音波検査器で、内臓の状態を調べたアスカが言った。

「ええ、内出血のショック症状のようね。肺や胃はこれではわからないけれど、他の内臓に損傷はなさそう。ひどい打撲で動脈が損傷したのかもしれない。内出血以外に血栓で肺梗塞を起こす恐れがあるわ」

 かなり深刻な症状とわかっても、第二世代たちは落ち着き払っていたが、それには理由があった。


「まず、追尾カプセルを取り出すわ」

 アスカは電波探知器をかざして、追尾装置の位置を確認した。

「ここだわ!たぶん振り向いたところを撃たれたのね」

 検知音が鳴ったのはキャットの左太腿だった。タイトなスカートを手術用メスで器用に切り開くと、アスカは白く艶やかな太腿のわずかに黒ずんだ注入口に、カプセル除去用シリンダーを当てがった。

 二本のサステイナーが自動的に左右に伸び、蛸の脚のようにキャットの太腿に巻き着いてシリンダーを固定する。装置のAIが、皮下のカプセルを感知した超音波プローブの信号を検知した。すると、シリンダー中央から、針のようなサクション・チューブが伸び注入口に侵入した。カプセルの先端に触れると、チューブは蛸の吸盤のように形状を変えて、先端部分をしっかり吸着する。そのままゆっくり引き抜いて、シリンダーの中にボンっとカプセルが収まった。

 広がった傷口を止血した後、アスカはカプセルをピンセットでつまみ上げ、念のため電波遮蔽箱に入れて蓋を閉じた。ほっとため息をついて言った。

「これで一安心だわ!ちょうど麻酔も効いているから、脱臼した肩を元に戻す。キーリン、お願い」


 キーリンが左腕を手際よく肩関節に嵌め直す間も、キャットは身じろぎもせずに昏々と眠っていたが、顔色は蒼白で苦しそうにせわしなく呼吸している。

「後はオーブを纏えば、この部屋で冬眠に入れる。一週間以内に外傷も内部損傷もすべて完治するはずよ!」

 アスカが言った。

「じゃあ、私がキャットに伝えます!」

 そばにひざまずいて見守っていたケイコが、キャットの手を握りテレパシーを送る。

(キャット、わかるわね?ケイコよ。あなたは重傷を負ったの。すぐにオーブを纏って頂戴!)

 ところが、キャットは応答しない。首を傾げたケイコがキャットの手を握り直して再度テレパシーを送った。だが、結果は同じだった。


「ダメです!なぜ、テレパシーが通じないの?大脳皮質が麻酔で眠っていても、意識は目覚めているはずなのに!」

 ケイコが叫ぶと、唇を噛んで見守っていたアスカが口を開いた。

「ナラニの話ではキャットは特異体質だとか。冬眠の後、脳が支配的になって人格まで過去生に戻っているらしいわ。たぶん、その影響だと思う・・・」

「それじゃ、自分でオーブを纏えないの?まずいわ、オーブの自然治癒力が使えないのは想定外よ!麻酔から覚めるまでに容態が悪化したら、ここの医療設備ではキャットを救えない!」

 キーリンの言葉に、ざわついていた第二世代たちはしーんとなって、コクーンは沈痛な空気に包まれた。


 第二世代は伝統的に自然志向が強い。脳を超えた超意識に繋がり、オーブを駆使して自らの身体を癒す。しかも、時間をかければ、全身を若返らせるさえできる。

 そのため、短時間で効果があっても副作用を伴う科学的な医療技術は、補助的にしか取り入れて来なかったのである。

 高度先端医療技術を導入しなかったばかりに、キャットという想定外の存在が現れた今、第二世代の自然志向が裏目に出ようとしていた。


「シティの総合医療センターに運べないかしら?廃線になったマグレブをシティ近郊の駅まで復旧させたでしょう?閉鎖した非常口さえ開ければシティの地下に繋がる。ホットラインのある場所よ」

 沈黙を破ったのはサブ・リーダーのマリヤムだ。しかし、アスカは即座に首を横に振った。

「ムリだわ!駆動車両を動かすだけでも、サンクチュアリの蓄電池では足りない。小型リニアーカーも、製造部品の調達が遅れてまだ完成していない。それに、監視の厳しいシティに運んだら、身元を探られて私たちの存在を知られてしまう」


「ホットラインでナラニに相談するわ!キーリン、キャットを医務室へ移して麻酔薬を特定して、解毒できないか調べて。医療班はキーリンに協力して!キャットは何者かに襲撃されたらしいわ。マリヤム、みんなを緊急時の持ち場に配置して、アランフェスの塔の見張りも増やして!」

 きびきびと指示を出したアスカは、脱兎のごとくコクーンから走り去った。


 高い危機意識と危機管理能力は、伝統的に第二世代のリーダーに不可欠な資質である。アスカもまた例外ではなかった。


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