第12話 虎部隊 Tiger,Tiger
「なんと、これは!この戦闘服と武器からして、こいつらは虎部隊のようだ!二人一組で行動するんだが・・・いったい誰と争っていたんだ?」
倒れた二人に油断なく銃を向けたまま、中村はきれいに開いた円形の穴を見上げてつぶやいた。
レーザーで一気に焼き切ったらしく、床に直径一メートルほどの丸い金属片が落ちていた。マグレブはまだ毎時三百キロ超で疾走中だ。真っ暗なトンネルから天井の穴を抜け、冷たい疾風が金切声を上げながら、猛然とコンパートメントに吹きこんでいる。
「こいつらが、あのミュータント部隊か?確かか、ナカムラ?」
大滝が尋ねると、中村は緊張した面持ちでうなずいた。
「ああ、まず間違いない・・・見覚えがある。だが、信じられん、何者が倒したんだ?」
「さあな。だがこいつらが虎部隊なら、相手もただ者じゃなさそうだ」
大滝もまた中村を信用している訳ではなく、あの女のことはおくびにも出さなかった。
マグレブがさらに減速して、風を切る音が静まってくると、中村は落ち着かない様子できょろきょろと辺りの気配をうかがった。
意を決して大滝に声をかける。
「おいッ、俺はふけるぜ!この上、虎部隊にまで関わるなんてゴメンだからな!」
大滝の返事も待たず、足早にバスルームを抜け出して、騒然とした後方車両へ姿を消した。
しかし、中村の言葉は大滝の耳にはほとんど入っていなかった。
室内にオゾン臭は感じ取れない。軍用IDのモニターの時系列データにも、電磁波の異常は出ていない。
テーザーでも小型電磁パルス銃でもない・・・これは、俺がシティで食らったのと同じ武器じゃないのか?それにあの女、どこへ消えた?
屋根から逃げたか?
天井を見やった瞬間、不意を突かれた大滝の身体は宙に浮いていた。
虎部隊の一人が気絶から醒めたばかりとは思えない目覚ましい動きで、巧みに大滝の右足の踵をすくったのだ。
だが、大滝の反応速度は、相手の想像をはるかに超えた。
右踵に敵の手を感じた瞬間、反射的に左脚で床を蹴って、後方へ鮮やかにとんぼ返りを打つ。
虎部隊のエージェントが立ち上がって振り向いた刹那、軽々と着地した大滝は、レーザー銃で容赦なく左太腿を撃ち抜いていた。
エージェントはうめき声も上げなかった、
脱力した左膝が床に着く直前、右手で隠し持っていたレーザー銃を抜き出した。
が、銃口を向けるより早く、小さく弧を描いた大滝の右足が顔面に炸裂した。小刻みに揺れる車中だが、コンパクトな蹴りは正確無比だった。
黒装束の男は床に崩れ落ちて動かなくなった。
最初から銃を使われたら危うかった・・・戦場を離れて約一年、気が緩んで勘が鈍っていたようだ。
肝を冷やした大滝はレーザー銃を向けたままもう一人のエージェントに近づき、そばに落ちていた麻酔銃を取り上げた。
「一発、発射しているが、どこにあるんだ?」
つぶやきざまに麻酔銃を男の胸に向けて発射した。
身体の陰に隠れた左手で、男がレーザー銃をこっそり抜き出すのを、もはや見逃しはしない。
男は銃を取り落として、そのままこん睡状態に陥った。
即効性のある強力な麻酔薬だ!こんなものを打たれたのに、どうやって逃げたんだ、あの女は?
男の一人が接近戦用の鉤爪を指に付けているのも、大滝には合点がいかない。
現場から受ける印象がちぐはぐだ。二人組の目的が女の拉致か殺害か、それさえ判然としない・・・
大滝が首を傾げているところへ、マグレブ常駐の鉄道保安官が二名、慌ただしく駆けつけた。
「これは・・・何てことだッ!!何があったんだッ!?」
大滝が手にしたレーザー銃に気づいて、二人は血相を変えてレーザー銃のホルスターに手をやった。
だが、大滝は意にも介さなかった。中東の激戦場を飛び交う重火器や破壊兵器に比して、隙だらけの公安官が手にするレーザー銃など子供のおもちゃ同然だ。倒れた虎部隊エージェントに銃を向けたまま機先を制した。
「そいつらは虎部隊の連中らしい。目を覚ます前にさっさと拘束した方がいい」
虎部隊と聞いて、思わず生唾を飲みこんだ保安官たちは、あわてて手錠を引っ張り出した。レーザー銃を片手におっかなびっくり二人組に近づき、ぐったりした身体を裏返して後ろ手に手錠をかけた。
二人組を拘束し終えると、若手の保安官がマイクロフォンで鉄道警察隊に応援を要請した。車体損傷は事故ではなく「ミュータント部隊」と称される中国の恐るべき特殊部隊の仕業、と報告する声が上ずって、しどろもどろになっていた。
「ここで何があった?あんた、いったい何者だ?」
大滝がレーザー銃をホルスターに戻すと、年かさの保安官が詰問口調で迫ったが、大滝は肩をすくめてにべもなく言い放った。
「名前はマイケル大滝だ。上司に連絡して、内閣情報室とガーディアン総本部に身元を照会するよう伝えてくれ。言えることはそれだけだ」
二人の公安官は、大滝の巨躯の偉容と圧倒的な存在感に気圧された。顔を見合わせて、一も二もなく引き下がり大滝に道を譲った。
恐ろしい虎部隊を倒したとあっては、到底自分たちの手に負える相手ではない。その上、内閣情報室に照会しろと迫った・・・雰囲気からして、明らかにただ者ではない。悠然と立ち去る大滝の後ろ姿を見送るしかなかった
急停止騒ぎに動揺した乗務員や乗客に目もくれず、大滝は何ごともなかったように座席に戻った。
そもそも、あの女さえ関わっていなければ、ドアを蹴破って入るつもりもなかったし、レーザー銃を使ったのも行きがかりで、相手が危険極まりないプロとわかったからに過ぎない。
大滝の関心は、もっぱら失敗に終わった暗殺計画を巡る謎に向けられ、日本の捜査当局や諜報機関に協力する気などこれっぽちもなかった。
ほどなくして、マグレブがトンネル内の緊急避難サイトに停車すると、公安警察と内閣情報室の担当官が機動隊と共に駆けつけ、虎部隊エージェントの移送で、辺りは緊迫した空気に包まれた。
身分照会で上層部から釘を刺され、捜査当局が事情聴取を諦めるのは目に見えている。当の大滝は座席の背にもたれかかって、発車を待ちながら新たな謎に思いを巡らせていた。
なぜ、虎部隊は女を襲った?あの女は俺を尾行していたのか、それとも中村か?西の都で俺に近づいたのは、本当に金目当てだったのか?
遭遇したのは初めてだが、あの虎部隊までがしゃしゃり出て來るとは、ますます面白くなってきやがった、と言うのが、大滝の偽らざる本心だった。
しかも、ひょんな成り行きから、倒しそこなった標的の個人情報まで入手できた。
飛騨乃匠。睨んだ通り学生か・・・米軍や虎部隊がらみの大がかりな作戦行動に、なんだって、シティの大学生が巻きこまれたんだ?
深まる謎にますます興味を掻き立てられた大滝は、抑え難い戦士の闘争心に突き動かされ、行動の時を待ち焦がれていた。
中村は緊急避難サイトで騒ぎに紛れて下車したらしくそのまま姿をくらました。謎の女も座席に戻って来ることはなかった。
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