第10話 カミの正体 She Is The One

 貴美の前まで歩み寄ったナラニは、片膝をついて目線を合わせた。小さく首を左右に振って優しく微笑みかける。

(驚いたわ、カミ!あなただったのね・・・もうひとりのトリニティは)


 貴美は長い睫毛に縁どられた目を大きく見開いた。ナラニがテレパシーで伝えた衝撃的な内容に息が止まりそうだ。

(わたし?・・・わたしが第三世代!?そんな・・・じゃあ、あれは夢じゃなかったのね!わたし、見たの。あのビビという名の子と一緒に居るのを・・・)


 テレパシーを返すと、ナラニは大きくうなずいて両手を差し伸べた。

 貴美は、しかし怯えて両手で膝を固く抱えたまま、激しく首を振った。

(お願い!触らないで!)

と、テレパシーで叫んでいた。

(もう大丈夫よ、私のオーブは消したから。初めての双方向コンタクトだから無理もないの。びっくりしたでしょう?思わずリープしたのね。後であなたのオーブを消す方法を教えるわ。まず、そこから始めましょう!)

 ナラニは安心させるように優しく伝えてから、

「さあ、私の手を取って!」

と、言葉に出して励ました。


 貴美はおずおずと両手を伸ばして、おっかなびっくりナラニの両手に指先をそっと添わせた。

 今度は激しい衝撃もなく、温かいナラニの両手がふんわりと貴美の手を包みこんだ。両手を握ったままそっと貴美を立ち上がらせると、ナラニは貴美の肩に両手を回してしっかり抱きしめて言った。

「カミ、この一ヵ月、予想外の出来事が続いて、さぞ辛かったでしょう?本当によくやったわ!」

 その言葉に、貴美は思わず嗚咽おえつをもらして、ナラニの肩に顔を埋めた。

 しばらく経って、ふーっと深い安堵の溜息をもらした。

 ナラニの癒しの力を直に体験するのは初めてだ。冬眠から目覚めた二日前から、あんなにもかき乱されていた心がすーっと静まって、身体の中で暴れていた未知のエネルギーが穏やかに収束していく。

 不思議なくらい身体が緩み、気持ちも柔らかにくつろぐ。


 ナラニは貴美の髪を片手で撫でながら、

「もう大丈夫よ。安心して・・・そう。何が起きたのか思い出して」

と、耳元でささやいた。

 貴美は心地よいやすらぎに身を任せ、あの夜の出来事を脳裏に蘇らせた・・・


 そのまま、しばしの間、ナラニはテレパシーを介して、貴美の脳裏に途切れ途切れに蘇るあの夜の体験を探った。

 二人は彫像のように暮れなずむ南国の浜辺に立ち尽くす。貴美の身体はまだ淡い光に覆われたまま、その光がナラニの身体をほんのりと照らしていた。

 ややあって、ナラニが口を開いた。

「カミ、あなたの脳はまだ冬眠から完全に覚めていないの。だから、オーブをコントロールできないんだわ。よほど強力なオーブとコンタクトしたのね?あなたは相手を目撃していないけれど、あなたが見た過去生と深い関りがある人に違いないわ」


 この数日で、初めて人心地がついた貴美は、涙に濡れた目を上げてナラニを見た。

「あの夜、突然、家に現れたの・・・そして、わたしは自分が子宮の中で成長して生まれるのを感じた。その後、あの中世でビビに会ったの・・・」

と、ようやく言葉を紡ぎ出した。

「目覚めたらタクは血まみれだったから、ショックだった。でも、どこも怪我はしていなかった。ただ、服とベッドシートに乾いた血が・・・」

 そこまで言うと、貴美はまた泣き出しそうな表情を見せた。

 ナラニは再度貴美を抱きしめて、鈴のような軽やかな声で言った。


「そうね、ビジョンが見えたわ。タクは自力で覚醒できたの。第二世代だから、あなたのように不安定になることもない。とりあえずひと安心よ!」

「ホント!本当にそうなのね・・・?あーっ、良かった!私、タクを置いて飛び出して来たから、気が気じゃなかったの!」

 貴美は小さく安堵の叫びをあげた。ようやく普段の自分を取り戻し、ふーっと深いため息が出た。


「今夜は家でぐっすり眠ってちょうだい。一両日で冬眠の影響は消えるから、ゆっくり休んでね。話はその後でしましょう。それからあなたがシティに戻るまで、出来る限りの訓練をすれば大丈夫よ!」 

 ナラニは笑顔で貴美の肩を軽く叩いた。

「ありがとう、ナラニ」

と、答えた貴美は尋ねた。

「あなたはこうなるって知っていたの?」

 ナラニはかぶりを振った。

「いいえ、わかっていたのは、トリニティのコンタクトをきっかけに、タクが覚醒するということだけよ。あなたたちトリニティが第二世代と根本的に違うことも、他にもうひとり、桁外れに強いオーブを持つ者がいるのも知らなかったわ・・・」

 ナラニは何やら思慮深げな表情でそう告げると、貴美の手を取って腕を組んだ。

「行きましょう。ここはプライベートビーチで人目につかないけれど、偵察衛星が接近する前に家に入らないと、あなたのオーブを探知されてしまうわ」


 貴美とコンタクトしたナラニは、謎の人物は貴美を覚醒させたのではないと知った。封印を解いただけと悟って、内心では激しい衝撃を受けていたのである。

 第二世代は、預言を読み違えていたのかも知れない・・・

 いにしえの言い伝えを思い出す。

「トリニティが再臨して、オメガは目覚める」(*)

 オメガはタクではなく、カミを指していたのでは?

 ふと、疑問が沸いたのである。

 けれども、貴美をこれ以上混乱させるのは忍びない。当分自分の胸に秘めておこう、とナラニは決心した。


 一方、心底ほっとした貴美は、同時に嬉しくてたまらなくなった。

 あの週末、何が起きたにせよ、そして、コンタクトした相手が誰であったにせよ、自分もナラニたちと同じ先天的な第二世代、いえ第三世代かしら?ともかく、オーブをまとえるようになったんだわ!

 そう実感できたのだった。ようやく、第二世代の皆や覚醒したタクと肩を並べて未来に羽ばたけそうだ、という希望が湧いて、混乱の極みにあったのが嘘のように元気づけられた。

 この数週間の苦悩から解放された喜びを、しみじみと噛みしめていた。


 ヤシの木立を縫って柔らかな草地を裸足で歩む二人の頭上には、満天の星々がきらめき、天の川がくっきり浮かび上がっている。東の水平線から下弦の月が姿を現わし、光り輝くムーンリバーが海面を銀色染めて流れ出した。

 ハワイ・アリューシャン標準時三月末日。アイランドの夜の静寂しじまに、穏やかに打ち寄せる波と、夜風にざわめくヤシの葉擦れの音だけが遠く響いていた。

 ビアンカ・スワン中尉のMX-25Rが、シティ沖合で空中爆発してからちょうど五週間。日本より一足早く南国の夜は深々しんしんと更けてゆく・・・



* 「青い月の王宮」第25話「トリニティ」

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