第6話 さらば、ビアンカ Farewell, Bianca Swan

「攻略するには、核攻撃しかない!」


 そう囁かれていた中東の難攻不落の地下要塞が、一機の米軍機の捨て身の速攻をきっかけに壊滅したのは、今から一年ほど前の出来事である。

 だが、その劇的な戦果を挙げた英雄は、先月末の深夜、搭乗した偵察機が謎の空中爆発を起こし、日本の南海上で若い命を散らした。

 太平洋で行われた北米連邦軍の総合演習に参加した空母リチャード・ローズは、管轄の中東海域への帰路、日本に立ち寄った。そこで、たまたま妨害電磁波を探知、対応に発進したのが、スワン中尉の偵察機だった。

 ヘルメットと脱出装置兼用の内部与圧ピットの残骸が海上で発見され、緊急脱出できなかったと判明、捜索は打ち切られた。

 二週間におよぶ捜索もむなしく、ビアンカ・スワン中尉の遺体は発見されなかったのである。


 そして、今日、半旗を掲げたUSSリチャード・ローズは、星条旗で覆った空の柩を海中に投下して、弔砲と弔銃で中尉の魂をしめやかに見送った。


 フルドレスの制服の喪章を付け替え、サービスカーキ姿に戻ったジョン・ミッチェル中佐は、ゆったりと執務室の椅子にもたれて物思いにふけっていた。

 エネルギッシュでいかにも押しの強そうな中佐の顔からは、部下を失った上官の沈痛な表情はきれいさっぱり消えている。中佐が巧妙に隠している素顔、自己愛に取りつかれた野心家の虚ろで冷酷な目の輝きが戻っていた。

 しばらく、頑強そうな顎に頬杖をついて何やら考えこんでいた中佐は、おもむろにデスクの操作パネルに手を伸ばした。

 ホログラムモニターに呼び出したのは、偵察衛星の録画映像だった。

 今日の水葬では、アメリカ合衆国大統領の弔辞が真っ先に読み上げられた。

 その時、直属の部下だったスワン中尉の二度目の叙勲が、ホワイトハウスへの招待だったと思い起こした中佐は、ふと何か重要なことを見落としているような胸騒ぎを覚えた。

 どうしたことか、当時の記憶の一部が曖昧模糊としているのに気づいた。

 そこで、コールサイン「ブラックスワン」ことビアンカ・スワンの記録を見直そうと思い立ったのである。


 ブラックスワンが受けた最初の叙勲は二年前に遡る。

 アメリカ合衆国本土の長距離核ミサイル発射基地を標的に、大規模テロを目論んだ一味が、超高速無人攻撃機とロボット兵部隊をハッキングした。

 高速偵察機MX25-Rのテスト飛行のため、たまたま同じ砂漠地帯の試験飛行基地に居合わせたビアンカは、通信妨害装置を積みこみ緊急発進した。

 ハッカー集団を巧みに挑発して、圧倒的な性能を誇る無人機をおびき寄せ、見事に撃退したのである。(*)


 二度目の叙勲こそが、中東の地下要塞を壊滅させた伝説の「ブラック・イーグル作戦」通称「ミッション・インポッシブル」だった。(**)


 ミッチェル中佐は衛星画像を拡大して、急襲作戦の成り行きを見守った。MX25-Rの機体重量は、改造を加えても十トンを下回っていたが、搭載したバンカーバスターは小型とは言っても一トンを超えていた。

 衛星録画を見終えた中佐は、よくもあれだけのマニューバを発揮できたものだ、とあらためて感嘆しながら、止めていた息を吐き出した。

 何度見ても目を疑う映像で、特に最後の十秒ほどは、思わず息をのんで見入ってしまう。


 残念ながら、作戦の目標だった記憶探査装置は、完全に破壊された無残な残骸となって発見された。

 その場所は、バンカーバスターが命中した中枢部から五百メートルほど離れた地下の研究施設で、残骸のそばには軍用レーザー銃で頭を撃ち抜かれた開発チームの科学者とエンジニアたちが遺体となって転がっていた。

 機密保持のために開発チームを抹殺して、研究データを持ち出そうとした地下基地基地の国家防衛軍機密小隊は、地下トンネルで先回りした連合軍のロボット兵に追い詰められ、データを破壊して全員が安楽死カプセルをあおって自害した。

 データが地下ケーブルを通して送られた形跡はなく、連合国側の手に渡る前にすべては闇に葬り去られたのである。


「あの装置かデータのせめて片方が手に入っていたら、俺は大佐に特進していたものを!俺が推薦したスワンの攻撃は、一分で大成功したってのに、いまいましい侵攻部隊の連中がノロノロしやがって!」

 中佐は心中穏やかでなかった。

 この男は計算高くずる賢いが、物事を深く考えるのは苦手だった。利己的で押しの強い性格にありがちなことだが、およそ自己内省とはほど遠い。

 歴史に残る「ブラック・イーグル作戦」は、俺さまがスワンの天才的な能力を見抜いて司令部に直談判したから成功をおさめた、と公言してはばからない図々しい性格だった。

 出世のためなら小賢しく頭を働かせて、表向きはそつなく振舞う才覚の持ち主だが、実は根っからの女性差別主義者でもある。


「よりによって、あんなにいい女が爆死するとはついてないな!」

 中佐は舌打ちした。

 ビアンカは若いに似合わず世間ずれした女だった。すっぴんに地味な髪型の軍服姿でも、エロティックなフェロモンを発散して男たちを魅了した。セクハラは日常茶飯事だったが、騒ぎ立てるどころかまるで気にも留めず、男たちを適当にあしらって平然と振舞っていた。

 その神経の図太さには、押しの強さでは定評のあるミッチェル中佐も、内心舌を巻くほどだった。


 パイロットとしての跳び抜けた技量と明るい性格に加えて、目を見張るほどのラテン系美女ときていたから、本気でビアンカに入れこんでいた乗員は、二等水兵から上級士官まで数えきれないほどいた。

 その英雄にしてアイドルが、自機の爆発で行方不明になったとあって、水兵も士官も目の色を変えて捜索にあたった。

 それだけに、甲板で行われた水葬の儀式では、男女を問わず必死に涙をこらえている姿が目立った。男性クルーの中にも泣いている者がいたぐらいである。


「軍人のくせに情けない!いくらいい女でも死んでしまえばそれまでだ。まあちょっと惜しい気はするが、たかが女だ」

 あっさり頭を切り替えた中佐は、先月の爆発事故の報告書を見直しにかかった。

 モニターは視線に合わせて自在に文書をスクロールして行く。瞬きを使って静止させたり、逆スクロールに切り替える。

 事故前の空母管制塔とのやりとりを読んでいた中佐は、突然、身を乗り出して目を凝らした。



 *「デザート・イーグル~砂漠の鷲~」

 **「ブラック・スワン~黒鳥の要塞~」

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