自由人のアイツへ

山本あかり

自由人のアイツへ

「あれ?そんな小さいのもあるんだ?」


スタッフが食べているカップ麺を見てつい声をかけた。

緑色のフタが目に飛び込んできて昔の思い出が鮮明に蘇ってきたのだ。


「あ、はい。弁当一個じゃ足んなくてもう少し食べたいときに丁度いいんすよ。ヨシさんでもカップ麺とか食うんすか?」


「そうだなぁ。最近はあんま食わなくなったけど昔は良く食ったな。それ、ダシが東日本と西日本で違うの知ってる?」


「知ってるっすよ。CMでやってるんで」


「今はCMもやってんのか。俺は昔友達から教えてもらって知ったんだよな……」


若い奴らに昔の話なんてしたことなかったのに緑のフタの色に触発されたのかついつい昔語りなんてしちまった。


あれはそう……

こうやって人前で演奏するなんてできなかった頃、当時の俺とアイツはギターでプロを目指していた。


ネットで知り合った友人、ハンドルネームは「のろQ」って言ってたなアイツ。

俺のハンドルネームは「ヨシ」ってそのままで、たまたまチャットで出会ってギターの話をしたら意気投合してついつい話し込んだらお互いプロを目指すギタリストだって知ったんだ。


共に目指すもんは同じだったが俺は東北の片田舎でアイツは横浜に住んでいた。

毎晩のようにチャットで他愛もない話をしたり、お互い練習中の演奏を録音して送りあって感想を言い合ったりしていた。感想つっても、練習不足をお互い貶しあったりしてそりゃ酷いもんだったさ。でも、その時間は繰り返すうちに俺にとってかけがえのない時間でもあったんだ。


のろQがある日のチャットでカップ麺のダシが東日本と西日本で違うって教えてくれた後で俺にとって衝撃的な一言があったんだ。


[カップ麺の東西味比べができるんだぜ。ヨシに送ってやるよ]


[へぇ、嬉しいね。のろからのプレゼントで旨いの食えるってのが嬉しい]


[ふふん。もっと敬えばいいと思うぜ。俺、この間作った曲がとあるアイドルグループの曲として採用されたんよ。だから少し金が入ってきたからな]


この一言は俺と同じようなレベルだと思っていた相手から大きく水をあけられちまったことを知った瞬間で、その一言で自分に腹が立つのとのろQに嫉妬をしちまったことを自覚した。それでも取り乱すわけにいかずこの場を収めなきゃと平静を保つのに必死だったなぁ。


[そうなのか、おめでとう。なら遠慮なく奢られるぞ]


[あぁ。味比べしたら感想教えてくれよ]


[わかった。じゃ、今日はこれでな]


[おお!じゃぁな]


数日後に家に2箱の荷物が送られてきた。

中には「赤いきつね」と「緑のたぬき」が東西半分ずつ詰められていた。

きっと半分はアイツ、のろQが自分で食ってみて感想を言い合うつもりだと思った。


どうせ今は食っても嫉妬が勝って味なんぞわからんと思っていったん放置した。

こういう時に賞味期限が長い食品てのはありがたいと思ったね。


数日して気持ちに折り合いがついた俺は改めて食べ比べをしてみたらインスタントだけど旨い。

好みは人それぞれだが俺の好みは西のほうに軍配を上げたいと感じた。

色が薄く香りが強いダシで七味の香りも複雑でよく合ってると感じた。

東もうまかったがこれは好みの問題だろう。


その後、俺はのろQが不在のチャットへ顔を出してチャットの常連にのろQへ食べ比べの感想を伝言してもらい、その後もチャットには行かずひたすら練習をした。

嫉妬からくるものだったが本当に寝食を忘れてしまうほど練習に没頭して少しずつだが演奏は上手くなっていたようだった。


のろQと同じように、本来のプロへの道を目指してやっと始動した感じでいろんなコンテストや楽曲の応募と人からの伝手も。使える手段はすべて講じていたら見ている人ってのはいるもので、運よく某テレビのプロデューサーから声をかけられテレビやラジオの仕事を紹介してもらうことになり、フリーのスタジオミュージシャンとして活動することができた。


それも最初のころはフリーミュージシャンの相場がわからず苦労したし、なにより高度な技術を要求される割に実入りが少ないのが玉に瑕とも言えたがなんとか生活できたのは良かった。


「ってことで、今もこうしてギターで飯が食えてんのはあの時の嫉妬があったからだと俺は思ってるんだ」


「へぇ、そうなんすね。ヨシさんの嫉妬する姿って想像できないっすよ。で、その、のろQさんって今何やってるんすか?」


「あぁ、アイツは多彩な男でな、ギター以外にも絵を描いたり建築デザインなんか手がけててな、何かしらの商売で年間通して自分の目標額を稼ぐと働くのをピタッとやめて遊び歩くんだ。まぁ、自由な奴で見てて飽きないし面白いぞ」


「ある意味天才っすね。俺には到底真似できないっす」


「そりゃ俺もだよ。アイツの自由さは真似できるもんじゃないよ」


「っすよね。じゃ、ヨシさん、そろそろ時間なんで……」


「おし!行くか」


その日のステージを無事にこなし、今日のことを思い出して今度は俺が味比べをさせるべくカップ麺を送ってやろうと帰りがけに思ってスーパーで箱買いをした。


アイツへの嫉妬が消え去った今、俺はアイツの味比べを聞いてどう受け止めるんだろう?


胸にちょっぴりのほろ苦さとたくさんのワクワクを感じながらこうして送り状を書き込むのだった。


--了--

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