第15話 Goog◯e

 体育倉庫まで急ぐ有と明理。一刻も早くこの学校から出たい有は、備品を持ちながら風のように走る。


 階段を駆け降り、人をするりと避けていく有。段々とそのスピードが心地良くなっていき、改めて明理の魔術の凄さを体感する。


 最終的に、とんでもない速さで校舎を駆け巡り、そのまま外へ飛び出す有。体育倉庫を目掛けて、一直線に走る。音を置き去りにし、流星のように光が流れる。


 走るのって楽しい。有の表情が生き生きとする。そんな有の表情を見る事ができ、明理は満足そうであった。有はスピードに乗って、体育倉庫のある体育館に入ろうとする。


 もはや彼にとってシューズすら邪魔であった。入館と同時にシューズを放り出すと、そのままの勢いで体育倉庫に向かおうとする。


 しかし、ここでシューズを脱いだ事が仇となってしまう。有の後ろで走る明理は、有がシューズを脱いで放り投げた瞬間、そのシューズに釘付けになった。


 このシューズの匂いを嗅がなくては。明理がそう思った瞬間、明理の意識は一瞬だけ魔術から

離れてしまう。


 その結果、有にかけられていた魔術は消え、力だけが残る。気づけば有は空中にいた。そのまま、体育館を飛び続ける有。有の靴を秘密裏にパクろうとした明理も制約上、有の方に引き寄せられる。


 有の学校の体育館には、トランポリンが置いてある。トランポリンは弾け飛んだ有を受け止めるようにその場に鎮座している。そして、いよいよ有がトランポリンに着地する。


 ヤバい、そう思った明理は、有にもう一度魔術をかけ直す。しかし、かけ直しのタイミングが最悪であった。有が跳ねるその瞬間。その瞬間に、明理は魔術をかけてしまった。


 信じられない勢いで、龍のように高く舞い上がる有と明理。2人はその勢いのまま、体育館の天井をぶち抜く。もはや、何が起こっているのかもわからぬまま、2人は無表情で青空の下、放物線を描く。


 長いようで短い空中散歩を終えた有はそのまま着地する。着地地点は、学校の屋上であった。屋上には、もちろん冬葉がいる。


「ちょっと有!?あんた、どっから...。」


 信じられないといった驚愕の表情で有を見つめる冬葉。有は、ふらふらとその場を彷徨った後、なんとか地面に足を固定する事ができた。


 空を飛んだ。ものすごく高い場所を飛んだという恐怖が徐々に有の中で現実感を帯びたものになっていく。ガクガクと震える足。


 いつの間にか、有のズボンには大きなシミができていた。あちゃー、と額に手を当てて反省する明理。そして、そんな有の様子を見て、私と放課後会えたのがそんなに嬉しかったのね!と胸の前で手を組みながら、キュンとした表情を浮かべる冬葉。


 そして、冬葉と明理が次に狙う物。それはシミのついたズボンであった。これからの人生でも、最後となるかもしれない有のシミ付きズボンとの邂逅。これを逃すほどやわな2人ではない。


「あの、お姉ちゃん...。漏らしたシミを消し去る魔術とかって...。」


 有がそう言おうとした次の瞬間には、明理はきっぱりと、ないわね。と有に答えた。絶望に伏す有。


「でも、代わりのズボンを出してあげる事はできるわよ。」


 明理は有にウィンクをする。顔が一気に明るくなる有。そんな有に冬葉が仕掛ける。まず、冬葉はポケットからスマホを取り出し、有の写真を撮る。パシャリという音と共に、有は自分が写真を撮られたことに気がつく。


 またもや絶望的な表情を浮かべる有。それを見ながら下卑た笑顔を浮かべる冬葉。


「ばら撒かれたくなかったら、ズボンを脱ぎなさい。」


 そう言った瞬間、冬葉のスマホが潰れる。冬葉は、唖然として床に落ちたペシャンコのスマホを拾い上げる。有の方を睨みながら、悪魔め..。と呟く、冬葉。しかし、どことなく冬葉には余裕の雰囲気が漂っていた。


「技術の進歩を舐めるんじゃないわよ。悪魔。」


 スマホがペシャンコになった時、誰よりも安心した有であったが、冬葉の言葉に背筋が凍りつく。


「ま、まさか...。冬葉ちゃん...。」


「そのまさかよ、有。あんたが漏らした写真は、私が送っておいたわ。Goog◯eドライブにねぇ!!!」


 膝をつき頭を抱えて、うわぁぁぁぁ!!と叫ぶ有。明理も悔しそうに冬葉の方を見る。明理の力を持ってすればGoog◯eのサーバーをぶち抜くことも可能ではある。しかし、そんな事をしてしまえば、世界にどんな影響があるか計り知れない。


「私の勝ちみたいね。さぁ、有。早くそのズボンを脱いで私によこしなさい。」


 冬葉は待ちきれないといった様子で、有のズボンを要求する。もはやこれまで、有は自身のズボンに手をかけ、ゆっくりとおろしてゆく。


 そんな様子を見守ることしかできない明理。もういっそ、Goog◯eのサーバーを破壊してしまおうかとも考えながら、明理は歯を食いしばって有を見つめている。


 徐々に有のパンツが見えてくる。冬葉の鼻の下は伸び、今か今かとスボンが渡される瞬間を心待ちにしていた。


「どうして僕がこんな目に...。」


 有が自分の置かれた状況を憂いた瞬間、突如、強風が吹いた。その風によろめく有。そして、冬葉も風で上がった髪で前が見えなくなる。


 有は尻もちをつき、その場で開脚をするような姿勢になっていた。さらに、何よりも問題なのは

倒れた時に、ズボンと一緒にパンツも投げてしまった事だ。これにより、有の「有」は、見事に冬葉の目前に披露されてしまうことになる。


 そして、冬葉の髪の毛が元の位置に戻った。


 まず、冬葉は自分が見ている物を認識する事ができなかった。それである可能性が一瞬頭をよぎったが、冬葉の理性は常識を考えた。常識的に「それ」が目の前に現れるはずがない。いってもパンツまで。そう信じていた冬葉の理性は、次の瞬間にはっきりと「それ」を認識する事になる。


「!?!!!?!?!?!???!」


 生まれて初めて見た「それ」に、冬葉は脳がジャックされる。感じたことのない感覚が身体中を駆け巡る。気がつくと冬葉は空を見上げていて、自分が倒れた事を知る。そこから冬葉の意識はブラックアウトしてしまった。


 なんとか事なきを得たが、自分の痴態に顔を真っ赤にする有と、有のポロリに動揺して思わずGoog◯eのサーバーを破壊してしまった明理がその場に残っていた。


「お姉ちゃん、僕の、その...、あれの形ってそんなに変なのかなぁ?」


 何か重大な勘違いをしている弟を何も言わずに明理は優しく撫でた。

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