　学校での時間はいつものように過ぎていく。しかし、有は妙な倦怠感と失われた記憶の感覚に苛まれていた。今日はどうしてこんなに疲れてるんだろう？と不思議に思いながら机に突っ伏す有。

　そんな有の頭を愛おしそうに撫でる妙につやつやと血色の良い明理。頭を撫でられる心地良い感触を感じながらも、とある視線に気がつく。

　有はその視線の方に目をやる。すると、その視線はパッと下を向いた。また、視線を戻す有。すると、また視線が有の方を向く。この視線の主はもちろん冬葉であった。

　朝とは異なり、なんだか熱い眼差しで有を見つめる冬葉。冬葉に見られる事は何度もあったが、こんなに熱を帯びた視線は初めてで、有は戦慄していた。

「絶対になんか悪い事が起きるよ...。」

　頭を抱える有に、明理は悪い事からお姉ちゃんが守ってあげるから大丈夫だよ。と有の頭を撫でる。

　そして、冬葉の熱視線を浴びながらも学校生活はすすんて進んで行き、給食の時間を迎えた。今日の給食ではデザートとしてプリンが出る。

　有にとって、そんな日は最悪であった。理由はもちろん冬葉である。デザートにプリンが出る日は、いつものように牛乳を押し付けられるだけにとどまらず、プリンを一口だけ食べさせられた後、スプーンごと没収されてしまうのだ。

　しかし、今日は違う。有には明理がついているし、冬葉も手出しはできないはずだ。そう考えていた有であったが、給食の時間の始まりとともにズンズン近づいてくる冬葉。

　そして、冬葉は有の目の前に立つ。恐る恐る冬葉の方を向く有。

「あのさ...有。これ、あげるわ。」

　そう言って、冬葉はプリンを有に手渡す。驚きのあまり何も言葉が出てこない有。

「あと、あんた牛乳苦手でしょ。飲んであげるわ。」

　冬葉は有の席から牛乳を取る。有は大きく目を見開いた。あまりにも衝撃的な出来事に頭が混乱している。そんな有を見て、えへへへ。と笑う冬葉。そこには、ただの天使のような完全な美少女が立っていた。

　そして、有にとってはその事実がただただ恐ろしかった。冬葉に一体何が起こってしまったのか、そして、絶対にこのまま事が終わるわけがないと有には確信めいたものがあった。

　そんな衝撃的な給食を終え、さらに学校生活は進んで行く。そして、有のまわりで何事も起きぬまま、とうとう放課後を迎えた。

　おかしい。あまりにも平穏すぎる学校に有は不信感を覚える。これ以上、この学校に滞在していたら絶対に危険な目に合う。有がそう思い、席を立ち上がった瞬間。廊下の方から声がした。

「有。その...、屋上で待ってるから。」

　普段とは明らかに声色が違う冬葉がそこには立っていた。そして、冬葉は小さく有に手を振った後、えへへへへへへへへ。と緩んだ笑みを浮かべながら、屋上へと駆け出した。

　絶対にヤバい。有の動悸は極限まで高まっている。いくら明理がいるとはいえ、絶対に無事では済まない何かが起こってしまう。有は恐れた。

「お姉ちゃん、なんか移動速度を早くするみたいな魔術ってないかな？一刻も早く学校を出たくて...。」

　そんな弟の頼みに、任せなさいと胸を張る明理。すぐさま有の体は羽のように軽くなった。ダッシュで帰ろうとする有。しかし、ここでまたもや声をかけられる。声の主は体育教師であった。

　依頼内容は、体育倉庫への備品の運搬。状況的に断ろうかとも思ったが、人の頼みを無碍にはできない性分の有。それに、明理もなぜか絶対に断らない方がいいよ！と念を押してくる。

　わかりました。としぶしぶ承諾する有。早く帰らないと、と体育倉庫まで急ぐ。そして、体育倉庫と聞いて黙っていられないのが明理であった。歳の離れた姉と弟では絶対に叶わないと思っていた近親密室体育倉庫。それが今や目の前に存在している。このチャンスを逃すような悪魔は存在しない。

　冬葉、有、明理、体育教師。それぞれの人間の思惑が学校中を駆け回る。果たして、有は無事に帰宅する事ができるのだろうか。

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