第12話 冬葉の逆襲

 家に帰り、早速『願いを叶えるための悪魔の呼び出し方大全』を開く冬葉。じっくりと1行1行目を凝らして読む。思い返してみれば、有に感じた不自然はどれも超常的なものだった。また、有の図書カードの履歴から、きっと有は悪魔を召喚したに違いないと確信した冬葉。


『願いを叶えるための悪魔の呼び出し方大全』を読み進めていくうちに、彼女はあるページに目が止まる。そして、冬葉はニヤッとした。


「これね。」


 彼女が見たのは、悪魔と契約者の制約について書かれたページであった。




 そして、次の日。

 有と明理はいつも通り登校する。


「昨日はありがとうね。お姉ちゃん。」


 有は頭の中で明理と会話をする。明理は照れたように笑いながら、弟の頭を撫でる。グラグラと横に揺れる有の頭。


 その様子をじっと見ているのは冬葉であった。またあの動きだ。しかし、昨日ほどの恐れはない。なぜなら、冬葉は知っている。有が悪魔を呼び出したであろうということ。そして、悪魔は呼び出した人間から2m以上離れる事ができないということ。


 物陰から双眼鏡で有の様子をじっとうかがい、待ち伏せをする冬葉。彼女は、準備をする。スクールバックから棒状のものを取り出し、伸ばしていく。そして、先端に軽い浮きを取り付け、それを柔らかい布で巻く。完成したのは釣竿であった。


 有がポイントにたどり着くまで、じっと様子を観察する冬葉。そして、有がとうとうポイントにやってくる。見事な指さばきで釣り糸を有の方に投げる冬葉。


 それはそれは見事な軌道で釣り糸が宙を舞う。目標は一直線、有に向かって飛んでいく。そして、浮きは見えない壁に弾かれた。明理は浮きが飛んできた方をジロリと見つめ、有は突然の出来事に驚いている。


「やるじゃない。」


 そう言いながら、明理と有の前に現れたのは、マウンテンバイクに乗り、双眼鏡を首からぶら下げて、釣竿を担いでいる冬葉であった。有と明理は驚いた表情を浮かべる。


「冬葉ちゃん、どうしたのその格好!?それに冬葉ちゃん家って僕ん家と間反対だよね!?」


 有は率直な疑問を投げつけてしまった。顔を真っ赤にする冬葉。


「うるさい!あんたのためにパパのマウンテンバイクぱくってきたんだから感謝しなさいよね!」


 こほん。と咳払いをし、体制を整える冬葉。


「そんな事より有。あんたにひとつ聞きたい事があるわ。」


 何を聞かれるんだろうと、緊張が走る有。目を瞑り考え込む素振りを見せる冬葉。もちろん、何も考えてはいない。そして、冬葉の目が開く。さらに、有に人差し指を突きつける。


「すばり!あんたは悪魔を召喚したわね!!」


 脈絡のないまま、本題だけを有にパスする冬葉。もちろん、こんな言動をしてしまう冬葉こそが、この場ではヤバい人間になるのだが。


「な、な、な、何を言って、言って、その何を言ってるんだ!ふ、冬葉ちゃん!!あ、悪魔なんていないよ!!」


 有は嘘をつくのが下手くそだった。そんな有を見て満足そうに微笑む冬葉。むふー、と鼻息を荒くする。


「ほら、見なさい。あんたは悪魔を召喚し、私との時間をことごとく蔑ろにした。でも、そんなのは今日で終わりよ!」


 冬葉は高らかに宣言する。食らいなさい!そう言ってもう一度、冬葉は釣竿を振るう。有の方に一直線に飛ぶ、軽い浮き。そして、それは有には当たらず見えない壁に弾かれた。


「ここまでは、いいわ。でもね、私は知ってるのよ。悪魔の弱点を。契約者と2m以上離れられないという悪魔の弱点をねぇ!!!」


 遠距離から何度でも私の想いを受け取りなさい!!そう叫び悪魔のような笑い声で笑う冬葉。有と明理は顔を見合わせる。冬葉は完全に勘違いをしていた。


 冬葉は、この見えない壁こそが悪魔だと考えていた。しかし、それは違う。この壁は、悪魔である明理が魔術で作った壁だ。そう、明理は契約上、有から2m以上離れる事ができないが、魔術を使えるのだ。


 例えば、こんな魔術も。

 高笑いを続けながら、連続で浮きを有に投げつける冬葉。しかし、一瞬何か不自然さを感じた冬葉。この嫌な感覚は何?と足元を見つめる。すると、自分の足が徐々に有の方に引っ張られているのがわかった。


 ゆっくりではあるがどんどんと有の近くに引っ張られる冬葉。なんで!?なんで!?と言いながら、どんなに力を入れようとも、靴の裏をなんとかアスファルトに擦り付けても、ゆっくりと有の方に引っ張られる。


「負けるもんですか!!」


 そう言った冬葉は、マウンテンバイクに飛び乗り全力で漕ぐ。しかし、どんなに漕いだとしても、ずりずりと有の方に引っ張られる。


「なんぼのもんじゃい!!」


 とうとう冬葉は、マウンテンバイクを捨て、電柱にしがみつく、これでもかと歯を食いしばり、なんとか電柱に抱きつく冬葉。しかし、力及ばず、引きずられ、最終的には有の前に立つのであった。


 最終盤はもはや諦め、仁王立ちの状態でずるずると引きずられた冬葉。有の目の前で、その引力は止まった。目をパチクリとさせる冬葉。


「あら、有と悪魔さん。おはようございます!ほら、早く学校に行かないと遅れちゃうわよ!」


 有に可愛らしくウィンクをしてみせる冬葉。有は、えぇ...。と困惑し、明理は、そんな2人を見て腹を抱えて笑っている。


 お先失礼しま〜す。と言いながら、マウンテンバイクを立て直してまたがると、一目散に学校に走っていく冬葉。


 一体なんだったんだ...。と有が思った時、明理は有を包み込むように後ろから抱きしめる。


「お姉ちゃんと仲良く登校してるところを冬葉ちゃんにあんなに近くで見られちゃったね。」


 耳元で有にささやくと、有は顔を真っ赤にして、見られてはないもん。と反論した。それからの2人の登校はゆっくりと和やかであった。


 また、この日以降、冬葉は度々飛び道具を持って有達の前に現れる事になるが、この時の2人は知る由もなかった。

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